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たまひめ!!  作者: 大滝タクミ
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【第五章】信頼関係

玉姫は傷ついた体を起こし、ふらつきながら歩き出そうとする。思うように動けず倒れそうになり、咄嗟に忠興が支えた。

「チャーリーの屋敷へ行こうとしてるのか? この体じゃ無理だ。何かあれば連絡してくれるはず。大人しくしていろよ」

 玉姫は俯いたまま強気の口調で返す。

「今が最大のチャンスかも知れぬ……のんびり休んでなどおれぬわ。たとえ何が起きても全てを受け入れよう」

 忠興は屈み込んでじっと玉姫の顔を見詰め、躊躇い無く背に抱えて歩き出した。

「なっ、何をするのじゃ!?」

「主の為に尽くすのが臣下だろ? 俺が足になってやる」

 玉姫は「バカッ……」と呟き、頬を赤く染めながら忠興の背中に顔を埋めた。その後ろを頼れる仲間が追いかけていく……


※※※


 公民館での戦闘から十日ほど経った朝、忠興と珠子は無言で朝食を取っていた。美味しそうな焼き魚やたまご焼きが並んでいるが、どれを口にしても味がしない。重苦しい雰囲気に耐えられなくなった珠子は箸を置き、忠興の様子を横目で窺う。

「玉姫ちゃん、帰って来ないね」

「……そうだな」

 負傷した玉姫は病院で治療を受けた後、そのまま姿を消していた。

「利家さんと茉ちゃんにも会えないし、なんだか寂しいな」

「……」

珠子に真実を伝えられず、利家は怪我をして茉が看病していると告げている。そんな嘘がいつまでも通じるはず無いのは分かっているが、それでも今は話す気になれない。

「タッくんは今日も講習休むの?」

「ああ、体調が悪くて」

「ゆっくり休んで早く治さないとダメだよ。じゃあ、私は学校に行ってくるね」

 珠子は制服を揺らして明るく玄関を潜る。独り残された忠興は呆然とし、暫く経ってから食器を片付け始めた。食事をとり眠るだけの日々。そんな毎日を繰り返していると、何かを考えることすら馬鹿らしく思えてくる。これ以上関わる必要は無いと玉姫も言っていた。利家に続いて珠子も失ったら立ち直れないだろう。だったら……

 絶対に考えてはいけないことが頭を過り、忠興は頭を左右に大きく振る。気晴らしに散歩でもしようか? そう思ったところで玄関のチャイムが鳴った。

「チャーリーじゃないか」

 扉を開けると相変わらずの不愛想なチャーリーが立っている。

「渡したい物があるんだ。上がってもいいか?」

 断る理由も無いため部屋へ通し、テーブルを挟む形で座った。チャーリーは忠興の用意したお茶を一口飲み、鞄の中からノートを取り出す。

「明紫という飛緑魔の情報だ。ブラボーが調べてくれたよ。この飛緑魔は古くから活動していたらしく、多くの情報が残されている。中には信じられないような内容もあったぞ。まあ、デルタも同じようなことをしていたけどな」

「……これを見せて俺にどうしろと?」

 忠興はノートを一瞥しただけで手に取らず、チャーリーからも視線を逸らした。

「別に何もしなくていいさ。ブラボーに言われて届けただけだから」

 チャーリーは残ったお茶を流し込んで立ち上がる。そのまま玄関へ向かい、振り返らず「ガラシャから伝言を預かっている。心配するな、珠子のことを頼む……だそうだ」と言葉を残し出て行った。

 忠興の鼓動が少しずつ速さを増していく。頭の中に浮かび上がったのは斎藤利三の散り際。あの時、利三はなんと言った? 何も取り柄のない男に、志が同じ仲間と言っていた。あの時、玉姫に何を誓った? 全て終わらせると誓ったはずだ。自分の情けなさに吐き気を催しうずくまり、無力な自分を殺してしまいたいとまで思ってしまう。

顔を上げるとテーブルに置かれたままのノートが視界に入った。忠興はよろよろと立ち上がり、「利家……」と呟いてノートを手に取る。ここで逃げたら利家は何という? 叱責するのだろうか? 利家は明紫に「次は忠興が勝つ」と言った。逃げては一生後悔する。そう自分に言い聞かせ、震える手でノートを開く。そこに書かれていた内容は、チャーリーの言う通り衝撃的なものだった。


遡ること百五十年ほど前の明治時代。飛緑魔としての能力が低かった明紫は、いつも仲間が残した生命力のお零れにあずかり命を繋いでいた。生きる意味を見出せず絶望のまま消え去ろうと思っていた時、義家という名の陰陽師が現れる。経緯は不明だが、義家は明紫の命を救った。そして月日は流れ、明紫は敵であるはずの義家と恋に落ちた。

「飛緑魔と陰陽師が? 有り得るのか? そう言えば、チャーリーはデルタの名前を出していた。それに、明紫はあの時……」

 明紫は飛緑魔たちと決別し、義家のところへ身を寄せる。そんな幸せな時間は続かず、仲間の陰陽師が明紫の存在に気づき義家を処刑してしまった。明紫も捕えられ処刑される寸前で、始姫が助け出したと記されている。


「人の心を持つ飛緑魔か……そう考えれば、明紫の捻くれた考えも納得できる。自らの欲望に忠実なのが飛緑魔。そんな先入観があったから俺は騙された。分かっていれば対処可能だ。でも、これ自体が飛緑魔の罠だとしたら……」

 ノートの最後のページを捲るとメモ書きが挟まれていた。そこにはチャーリーの字で、フォックス、デルタ、エコー、アルファ、ブラボーの電話番号が書かれている。忠興はスマートフォンに全員の番号を登録し、その中の一人に電話を掛けた。

「忠興だ。今から会えないか? 場所は……ああ、そこでいい。じゃあ、一時間後に」

 通話を切って「見てろよ、次は勝つからな」と呟き、電車を乗り継いで海辺にあるレストランへ向かう。そして、一時間後。レストランに着き店内を見渡すと、奥の席に座っていた男が立ち上がった。

「忠興、ここだ」

手を振っているのは、汚れた作業着姿のデルタだ。

「デルタ、その恰好は?」

「お前が話をしたいっていうから昼休憩で抜け出してきたんじゃないか」

「仕事をしているのか?」

「そう、立派な社会人なんだぜ。他のみんなは大学へ行ってるけどな。ほらっ、外に工場が見えるだろ? あの造船所が俺の働いてるところだ。いつか自分の作った船で世界を回るのが夢なんだよ。凄いだろ? それで、話って?」

 会社の昼休憩では、ゆっくり話す時間はない。忠興はノートを渡し、読んでくれと促す。デルタは食事をしながら目を通し、読み終えたノートをテーブルに置いてため息を吐いた。

「裏切り者について聞きたいのかと思ってたんだけど違うみたいだな」

「裏切り者?」

「ブラボーに聞いたんだよ。俺たちの中に裏切り者が居るかも知れないって言ってたんだろ? 一番馬鹿そうな俺に探りを入れようとしてるのかなって」

 忠興は驚いた表情を見せ、その後にクスクスと笑い顔を見せる。

「なんだよ」

「いや、悪い。笑うつもりは無かったんだ。デルタたちの中に裏切り者なんて居ないことは分かってる。素性の知れない玉姫や俺を助けてくれる、お人よしの集団だってね。聞きたいのは、この情報が本当かどうか。チャーリーが言ってたよ。デルタも同じようなことをしていたと」

 デルタは窓の外に視線を移し、一呼吸おいてから口を開いた。

「この情報が正しいかどうかなんて分からねーよ。でも、俺は確かに飛緑魔と恋をした。信じられないだろうけど本気で好きだったんだ。子供好きのやつでさ、めちゃくちゃ優しい顔するんだぜ。最初は敵同士だったのに、気づいたらお互いかけがえのない存在になってた。消える寸前まで、出会えてよかった……ありがとうって……」

「そうか」

「疑わないのか?」

「ここでデルタが嘘を吐く理由なんてない。俺もその飛緑魔に会ってみたかったな……ありがとう、参考になったよ。仕事の休憩時間を使わせちゃって悪かった」

 忠興は時計を確認し、伝票を持って立ち上がる。そのまま店を出ようとしたところで、後を追ってきたデルタに呼び止められた。

「待てよ。明日は休みなんだ。昼飯を奢ってくれた分は協力するぜ」

「助かるよ。できればフォックスにも協力して貰いたい」

「分かった、フォックスには俺から連絡しておく。明日、もう一度ここで会おう。それまでに元気出しとけよ。今の忠興は辛気臭くて堪らないからな。ハハッ」

 デルタの陽気な雰囲気に利家の影を重ねて忠興は思う。絶望からは何も生まれない。立ち止まっていては何も始まらない。大切な仲間が作ってくれた未来≪みち≫を進んで行く。与えられた命を絶対に無駄にはしない……と。


 翌日、忠興は待ち合わせのレストランへと向かった。着いたのは予定の十分ほど前だったが、中へ入って見渡すと既にデルタとフォックスの話す姿が見える。

「忠興くん、ここだよ」

 爽やかに手を上げて知らせるフォックスに対し、対面で不機嫌そうに横を向くデルタ。忠興が「どうかしたのか?」と問うと、フォックスはクスクス笑い出した。

「ごめん、デルタが不機嫌なのは僕のせいなんだ。昨日、弟たちに無理やりホラー映画を見せられたらしくてね。怖くて一人でお風呂に入れなかったって……想像したら笑っちゃって」

「デルタはホラー映画が苦手なのか? 意外だな、飛緑魔は平気なのに」

「悪いかよ。飛緑魔だって最初は怖かったんだぜ。でも、あいつらは美人ばかりだからなあ」

 チャーリーの仲間たちは何気ない会話に心地よさを与えてくれると感じる。良い意味で緊張感がほぐれた忠興は少しだけ口角を上げ、ブラボーの記したノートをフォックスへ手渡した。フォックスは目を通し、暫く考えてから口を開く。

「なるほどね、デルタを呼び出した意味が理解できたよ」

「俺は飛緑魔を間違って認識していた、本能のまま生きている怪物だと。目的を遂行するだけじゃなく、人間のような考えを持っているなんて思わなかったんだ。だからこそ読み違えたと思っている。慢心じゃない……利家が教えてくれた。次は勝つから手を貸して欲しい」

「勿論、僕たちにできることなら協力する。それで、何をすればいい?」

「利家の件で玉姫は責任を感じているはず。放っておけば一人で明紫に戦いを挑むだろう。その前に俺たちの手で倒したい。フォックス、どうにかして気配を察知できないか?」

 要望を聞いたフォックスが突然立ち上がり、鋭い目つきで窓の外を見詰めた。

「どうした?」

「不味いかも知れない。昨夜遅くから飛緑魔の気配を遠くに感じていたんだ。まるで、僕たちを挑発するかのようにね。世の中に潜む飛緑魔が気配を表に出すのは二つのパターンしかない。一つは戦闘中、もう一つは敵を誘い出す罠。忠興くんの話が終わったらチャーリーと一緒に調べるつもりだったんだけど……」

 忠興たちの脳裏に玉姫の顔が浮かび上がる。三人はレストランを飛び出し、フォックスを先頭に駆け出した。

「忠興くん、もう少しスピードを上げても大丈夫?」

「ああ、飛緑魔の力を得られるって丸薬にも慣れてきた。ついて行くだけなら問題ないから可能な限り急いでくれ」


 風を切り、力の感じる方角へ走り抜けていく。その頃、テスト期間中の珠子は授業が半日で終わり、特にすることも無く街中を歩いていた。

「タッくんを元気にするにはどうすればいいかなあ。やっぱり美味しいスイーツとか……あれっ? 茉ちゃん」

 視線の先に茉を発見し、嬉しそうに駆け寄った。しかし、茉は俯いて反応しない。

「茉ちゃん?」

「ゥゥ……ゥァ……」

「具合が悪いの? だったら、早く病院へ行かないと」

「ゥゥ……」

 珠子が心配そうに顔を覗き込むと、甘い香りが漂い意識が遠退く。そして、二人は神隠しに遭ったかのように忽然と姿を消す。その場には珠子の鞄だけが取り残されていた。


※※※


 力の発信源へと向かっていた忠興たちが足を止める。その先には、廃園となった遊園地が広がっていた。

「デルタ、忠興くん、ここから力を感じる。僕たちの接近に気づいて力を抑えたみたいだけど間違いない」

「ゲッ!? 何か出そうな場所じゃねーか」

 誰も手入れをせずに放っているらしく、入場口の寂れ具合だけでも相当酷い状態だと見て取れる。意を決して中へ入ると不自然に横たわる玉姫が視界に飛び込んできた。フォックスが触れた途端に玉姫の体はボロボロと崩れ落ちて行く。

「これは……」

「明紫の仕業だ。あいつが玉姫そっくりの泥人形を作って挑発してるんだろう。つまり、玉姫は既に捕まっている。フォックス、玉姫の力を感じ取れないか?」

「ガラシャさんの力は感じるけど、小さすぎて場所までは特定できない」

 辺りを見渡すと、賑わっていた頃の遊園地をイメージさせるくらいの人で溢れかえっていた。勿論、全て泥人形だから動かない。入り口に置かれた噴水は枯れ、マスコットキャラクターの銅像は赤く錆つき、売店やレストランの中は崩壊している。今にも動き出しそうな泥人形たちと壊滅した建物や設備が相容れず、余計に気味悪さを増長させた。

「忠興、あそこにもガラシャがいるぞ」

 よく見ると、玉姫の泥人形が何体も紛れ込んでいる。デルタが近づいて触れると、玉姫の形をした泥人形は崩れた。

「この中からガラシャを探せってことか。でも、作りが良すぎて触れるまで本物かどうか分かんねーぞ。片っ端から探していくか?」

「少しだけ考える時間をくれ。デルタとフォックスは他のメンバーへ連絡を」

 忠興は目を閉じて外部の情報を遮断し考察する。


この中から本物の玉姫を探すのは時間が掛かり過ぎる。俺たちを分断させる、又は疲れさせるのが目的なのか? だとしたら連携を取り、見つかりにくい場所を重点的に探せば……駄目だ。そんな単純なことで解決できる相手なら悩む必要は無い。敵の立場になって考えろ。明紫ならどうする? 敵を混乱させ地に突き落とし、その一部始終を観察して、絶望する相手を嘲笑う。寝ている珠子に扮していたあの時のように。


思いつく限りの推測を生み出せ。キーワードは絶望と観察。そもそも、本当に玉姫は居るのだろうか? フォックスは玉姫の力を感じると言っていたけど、もし泥人形の中に本物の玉姫が居なかったらどうする? 散々探し回った挙句に絶望するはず。それを眺めて楽しむには? 近くで観察する、又は園内が一望できる高所から見下せばいい。


目を開いて、もう一度当たりを見渡す。視界に入る建物の中に泥人形は見当たらない。建物の陰にも泥人形は確認できない。何故、泥人形を外だけに配置した? 建物の陰に作らなかった理由は? 答えは、建物の死角に入られると俺たちを観察できなくなるから。つまり、明紫が居るのは園内全てが見渡せる高所……観覧車の頂上だ。そこに玉姫も居る可能性が高い。玉姫は人質という明紫の切り札。大事な人質だからこそ、目に届く範囲へ留めておく。後は最初に目にした違和感を繋ぎ合わせて……

「フォックス、一つ確認させてくれ」

 忠興が耳打ちすると、フォックスは小さく頷き姿を消す。

「忠興、分かったのか?」

「確証は無いけど、たぶんな。デルタ、ついて来てくれ」

 障害物を飛び越え一直線に走り出す。観覧車に辿り着き左右に分かれ登っていくと、頂上のゴンドラの上に人影が見えた。

「待ってたよ、忠興。早かったじゃないか。飛緑魔の力を有した坊やは新顔だね」

「玉姫を返してもらうぜ」

 明紫の足元のゴンドラには、気を失っている玉姫の姿が見て取れる。忠興の推測は間違っていなかったようだ。

「おっと、それ以上近づくなよ。ガラシャの入ったゴンドラごと落下させるぞ」

 依然として明紫の優位は変わらない。さすがのデルタも落下するゴンドラを支える自信は無く、その場に留まり忠興の指示を待った。

「さあ、どうする? 一か八か私に攻撃を仕掛けるか?」

「明紫、お前の要望を聞かせろ」

「二人とも、そこから飛び降りて自決しろ」

 明紫は表情を歪ませ嘲笑う。

「力を最大限に抑えれば、私たちから奪った力を有していても死ねるはずだ。そうだな……見返りとしてガラシャの子孫には手を出さないでおいてやる。ガラシャ自身も生きたまま始姫様に献上してやろう」

クックッと嘲笑しながら足元の玉姫を見遣り「万に一つだが、生かされる可能性はあるだろう」と吐き捨てた。忠興は地上に視線を落とし、改めて明紫を睨みつける。

「断ると言ったら?」

「このゴンドラを落下させると言っただろ。お前たちは無駄だと分かっていてもゴンドラを支え、ガラシャを救おうとするだろう。奇跡的に助かったとしても、そんな状態では私の攻撃を避けられない。もう、お前たちに選択権は無いんだよ。ハハッ、足が震えているね。地上を見て、あまりの高さに怖くなったのかい?」

「……ああ、怖い。利家あいつの言葉が無ければとっくに逃げ出してる。でも、今回は俺の勝ちだ。ゴンドラを落としたいなら落とせよ」

 恐怖を飲み込み精一杯の虚勢を張って見せると、それまで笑っていた明紫の顔色が変わる。

「頭がおかしくなったのかい? 私が負けるだって? いいだろう、その根拠を聞いてやる」

「ここにおびき出された時点で、俺とお前の騙しあいは始まっていた。罠を看破しようと様々な情報から導き出した答えは二つ。まず、玉姫は人質として目の届く範囲に捕らわれている、これが一つ目。俺たちの行動を監視する為、園内を見渡せる観覧車のてっぺんに明紫は居る、これが二つ目だ。でも、冷静になって考えれば罠自体に大きな意味なんて無いと気づいた。玉姫を人質に使って追い詰めたいなら、最初から観覧車の上で待つと伝えればいいだけ。デルタ、明紫は何でこんな周りくどい罠を張ったんだと思う?」

 突然会話を振られて驚いたデルタは、頭を使い必死に答えを絞り出す。

「えっと……俺たちが罠に嵌る姿を見て楽しむ?」

「それもあるだろうけど、もっと大事なことがある。それは、真実を隠す為に別の情報を刷り込むこと。俺は玉姫が明紫の近くに居ると仮定した。実際に捕らわれている玉姫を見て、それは確信へと変わる……そう仕向けられていた。それが、お前の張った本当の罠。そのゴンドラに乗っている玉姫は偽物だ。何故、そうしたのか? ゴンドラを落として人質を失えば、俺たちの仲間が駆け付けた時に使えないからな。その点、泥人形なら何度でも作り出せる」

「……それは推測だろ? このガラシャが偽物だなんて確証は無い。強がりは止めておけ。このゴンドラを落とせば、お前たちは助けに行くしか無いんだ」

「さっきまでの余裕の表情が消えてるぜ。お前が何を焦っているのか教えてやる。俺たちは三人で遊園地に乗り込んできた。でも、今は二人しかいない。それが、お前の焦りを生む原因。俺が地上に視線を落とした時、怖くて震えているって言ってたよな? 下を見てみろよ。あれは怖かったんじゃない、玉姫が無事だったことに安堵して震えたんだ」

 明紫が地上に視線を落とすと、フォックスが玉姫を抱きかかえ見上げている。

「下に居るフォックスは気配を察知する能力に長けている。だから聞いてみた、玉姫が建物の中に隠されている可能性を。フォックスは言ったよ、ガラシャの気配は外からハッキリと感じるってね。それで気づいた、玉姫はマスコットキャラクターの銅像の中に居ると」

「グッ……なぜ、銅像に目を付けた?」

「錆だよ。銅像は青銅で作られているものが一般的なんだ。あの銅像も青銅で作られているのに、赤く錆びている部分が幾つもあった。赤錆は鉄に発生して、純粋な青銅には発生しない。玉姫が隠された場所を素通りして、真っすぐ観覧車へ向かってきたから安心しただろ? あれはお前の目を欺くフェイク。先に玉姫を見つけてしまっては逃げられる可能性が……」

 最後まで話を聞かず、明紫は観覧車から飛び降りる。即座に反応したデルタも飛び降りて道を塞いだ。

「逃がさねーよ。往生際が悪いぜ」

 フォックスは近くのベンチに玉姫を寝かせ、明紫を逃がさないよう囲む。忠興も加わり、一転して窮地に追い込まれた明紫は身動きが取れなくなった。

「敢えて人質を遠ざけたのは流石だった。人形を玉姫と信じ込ませる流れも見事だったよ。でも、お前が俺を知っていたように、俺もお前を知っていた」

「知った口を利くな! 貴様は仲間が居なければ何もできなかっただろ!?」

「それだよ。俺には信頼できる仲間が居る。それが勝敗に繋がった決定的な差だ」

 明紫は膝から崩れ落ち、悔しさのあまり何度も地面を叩いた。緻密に張り巡らせた罠の全てを看破されたことが、プライドの高い明紫には耐えられなかったのだろう。そして観念したかのように空を見上げた次の瞬間、懐から取り出した小瓶の中身を全て飲み干した。

「フフッ……フハハハハ……アーッハッハッハ! 認めてやる。知恵比べでは私の負けだ。だが、勝敗はまだ決していないぞ!」

 禍々しいオーラが立ち昇り、異常なまでに力が膨れ上がっていく。それは忠興が始姫と対峙した際に感じた力よりも大きかった。本能で危険だと感じたデルタは無意識に『SIX』を発動させ飛び掛かるが、軽く受け流されてしまう。

「無駄だ、今の私にはどんな攻撃も効かない」

「フォックス、『SIX』で弱点を見つけて教えろ!」

「やってるよ……でも、見つからないんだ。その飛緑魔は生命力を削り力に変えている。命尽きるまで耐えるしかない」

「フフッ、その通りだ。もう私は助からない。一分と持たず体が灰になっていくだろう。だが、お前たちを皆殺しにする時間はあるぞ。その『SIX』と呼ぶ能力、あと何秒持つ?」

 デルタの『SIX』でかろうじて相手ができるほどの強さ。フォックスや忠興では動きについて行くことすらできない。

「クッ……」

「時間切れだな」

六秒が経過したデルタの体は通常の状態に戻り吹き飛ばされてしまった。助けに入ったフォックスも強烈な一撃を鳩尾に喰らい、悶絶して倒れ込む。明紫は硬直して動けない忠興の前に立ち、首筋に鋭い爪を突きつけた。

「……や……やめるのじゃ」

 掠れた声が耳に届き目を向ける。視線の先では気絶していた玉姫が目を覚まし、必死に傷ついた体を起こそうとしていた。明紫は忠興を突き飛ばし、玉姫の前へと瞬時に移動する。

「忘れてたよ。先ずはお前から殺さないと絶望を与えられないよな」

「玉姫、逃げろ! 逃げてくれ!」


 恐怖を飲み込み、強く地面を蹴る忠興。だが、間に合わない。鋭い爪がゆっくりと玉姫の体にめり込んでいく。勝利を確信した状況が覆され、全てが無駄に終わろうとしていた……刹那、明紫の腕を何者かが止めた。




「言ったはずだ、次は忠興が勝つと」




 明紫は有り得ない状況に驚いて飛び退き、忠興は目を見開いて呆然と立ち尽くす。玉姫の命を救ったのは、そこに居るはずのない利家だった。

「とっ、利家……貴様、何故生きている!?」

「飛緑魔なら魔鏡の存在を知っているな?」

「魔鏡は時のことわりに反する秘宝……まさか、心臓が止まる前に魔鏡を使ったのか?」

「いや、俺の心臓は完全に止まっていた。魔鏡により、他の生命を繋ぐ器官は全て動いていたけどな」

「だったら、なんで……」

 取り乱す明紫に「その質問には俺が答えよう」と新たな声が聞こえてくる。振り返った先にはチャーリーの姿があった。

「ガラシャが利家に魔鏡を使った理由、それは心臓が止まる前に肉体と魂の時間を停止する為……僕もそう思っていた。だが、ガラシャの考えは違ったんだ。飛緑魔、僕の能力を覚えているか?」

「物質の遠隔操作だろ? それがどうした」

「正しくは命無き物体に六秒間だけ生命を宿らせ動かすことだ。利家の体は心臓以外が活動していた。魂も魔境の力で縛られている。つまり呪いを解き、僕の能力で心臓に命を与えれば復活できるというわけだ。勿論、確証なんてない。心臓が全身に血液を送り出すメカニズムを魔境の力で無視しているのだからな。成功するまではガラシャと僕だけの秘密にしておいた。すまない、忠興」

 忠興は俯いて顔を隠し「ふざけるなよ」と喜びに体を打ち震わせる。その様子を見て明紫が叫んだ。

「だったら、もう一度殺してやる! 皆殺しだ!」

 改めて玉姫をターゲットに襲い掛かろうとするが、急にバランスを崩して転倒した。

「クソ、何だ!?」

 足元を見ると右足のつま先から灰になり始めている。右手の指も崩れ落ちて行き、体から零れ出すほどの力は完全に消えてしまった。忠興と利家が駆け寄ると、明紫は今度こそ観念したらしく空を仰いだ。

「……私の負けだよ。好きにしな」

「じゃあ、好きに話させて貰うぜ」

「この状況で話か……やっぱり忠興は変な奴だな。始姫様のことを聞きたいのか? 残念だが、私が知ってる情報など既に……」

「お前、死にたがってたよな? 義家って陰陽師が関係しているんだろ?」

 口にしたのは純粋な疑問だった。明紫は呆気に取られた顔を見せ、忠興へ視線を送る。

「義家に会いたい。でも、義家に助けられた命を無駄にはできない。そんな矛盾と人間への憎しみだけで戦っていた」

「クックック、そんなつまらない話が聞きたいなら教えてやろう。義家は変わった男だった。人間の生命力を奪わず消えかけていた私の話を聞き、隠れ家へ連れて帰ったんだ。勿論、陰陽師と飛緑魔が一緒に居るなんて許されない。義家は私を隠し、陰陽師を辞め、飛緑魔と人間が共存する方法を探した。そして、陰陽師の力を使えば人を喰らわなくても飛緑魔を延命させられると気づいたのさ」

 忠興の後ろで聞いていたチャーリー、デルタ、フォックスの顔色が変わる。敵同士で共に歩むことの無い唯一の存在が、人に危害を加えず共存していくのに必要だと知って驚いたのだろう。

「誰にも見つからないところで一緒に暮らそう……そう言われた時、私は天にも昇る気持ちだったよ。幸せ過ぎて少し怖かったくらいだ。でも、その日の内に義家は逝ってしまった。陰陽師の追っ手を食い止め「明紫の生きる理由は消させない」と言ってね」

 利家の脳裏に公民館でのできごとが甦る。あの時、利家は「忠興の生きる理由は消させない」と言っていた。その直後、ずっと笑っていた明紫の表情が怒りへと変わっている。それは、義家の最後を思い出したからなのかも知れない。

「あの世でもいいから義家に会いたい。だけど、陰陽師は許せない。そんな葛藤の最中さなかに始姫様から声を掛けられた。仇を討ってから会いに行っても遅くは無いってね。これで話はお終い。くだらない話だったろ? さあ、止めを刺してくれ。少しでも早く義家に会いたいんだ」

 体の半分以上が灰となり、ゆっくりと目を閉じる。だが、忠興は会話を止めなかった。

「前の戦いで利家の眼鏡を取って、顔を確認してたよな。もしかして、利家の顔が義家に似てたんじゃないのか?」

「そんなことまで気づいたのか。ああ、そうだよ。義家にそっくりだ」

「義家の苗字は?」

「前田……前田義家、だよ」

 忠興と利家は互いに顔を見合わせる。偶然かも知れない。しかし、運命を感じずにはいられない。利家は残された明紫の左手をそっと握り、優しく頭を撫でた。うっすらと開ける瞳に飛び込んで来たのは、あの頃と変わらない最愛の人の微笑み。



「……何で笑ってるんだよ。寂しかったんだぞ」

「ああ、一人にしてすまなかった。これからはずっと一緒だ」



 明紫は微笑み返して灰となり、柔らかな風と共に天へと舞い上がった。もし人間として生を受けていたら幸せな人生が遅れたのだろうか? いや、飛緑魔だって人間と同じで感情を持った生き物だ。ほんの少し出会い方が違えば仲睦まじく暮らしていたのかも知れない。忠興は空を見上げ、遥か昔のできごとである人間と飛緑魔の恋に想いを馳せる。暫くは誰も声を出さず、チャーリーの電話の着信が現実へと引き戻した。

「アルファか……もしもし」

『始姫と終姫が各地で大きな力を残しているみたいだ。でも、ブラボーとエコーは罠かも知れないって言ってる。チャーリーの意見を聞きたいんだけど』

「分かった、すぐ屋敷へ戻る」

 チャーリーは通話を切り、忠興と利家に目を合わせる。

「僕たちは屋敷へ戻る。忠興は玉姫を病院へ、利家は茉に顔を見せ安心させてやれ。デルタ、フォックス、行くぞ」

 三人の背中を見送り、忠興と利家は玉姫の下へ移動した。玉姫は傷ついた体を起こし、ふらつきながら歩き出そうとしている。思うように動けず倒れそうになり、咄嗟に忠興が支えた。

「チャーリーの屋敷へ行こうとしてるのか? この体じゃ無理だ。何かあれば連絡してくれるはず。先ずは病院へ行って休もう」

 玉姫は俯いたまま強気の口調で返す。

「今が最大のチャンスかも知れぬ……のんびり休んでなどおれぬわ。たとえ何が起きても全てを受け入れよう。忠興、利家、お主らは珠子と茉のところへ戻るのじゃ。あやつらに宜しくな……幸せな人生を歩ませてやってくれ」

 痛々しく体を引きずりながら、子供をあやすように微笑む玉姫。忠興は屈み込んでじっと顔を見詰め、躊躇い無く背に抱えて歩き出した。

「なっ、何をするのじゃ!?」

「主の為に尽くすのが臣下だ。俺たちが足になってやる。そうだろ、利家」

「当たり前だ。見捨てるなんて選択肢は無い」

 玉姫は「バカッ……」と呟き、頬を赤く染めながら忠興の背中に顔を埋めた。その後ろを利家《頼れる仲間》が追いかけていく……


【第五章 完】


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