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イクシード




 この先のメルキアの未来に、大人であるリース先生は想うことがあるのか。まだ幼い生徒には少しばかり難しい話をしつつも最初の授業は終わりを迎えた。

 そして次の授業開始までの合間、生徒達は各々自由に行動しだす。


 お喋りを始める生徒。読書を始める生徒。机に突っ伏して寝てしまう生徒。小さな校庭でボール遊びを始める生徒。それぞれであり、取り合えず授業の復習なんかを始める生徒は皆無の様子。それはいつもの風景だ。

 中でも、比較的年長である一組の男女は教室だというのに、自分達だけの世界を作ってしまっていたりもする。

 この二人のやり取りは毎日のように行われているので、既に見慣れてしまった甘い雰囲気を撒き散らすそれを態々茶化すような者は教室にはいない。まぁいても、呆れる者くらいだろう。


 ソラはというと、今朝読んでいた本がまだ読み終わっていなかったので、その本をカバンから取り出していた。

 内容を読み進めてはいるのだが、あくまで時間潰しの為の読書であることは、元いた世界から特段変わることはない。

 ただ書いてある文字を目で追って、黙読しているその行動に楽しさや充実感は皆無。

 三歳になるぐらいにはこの世界の文字を覚え、色々な本を読み漁ってきたが、何かしら気持ちが沸き上がることはなかった。


「ほら! いくわよ!」

 校庭から聞きなれた声が教室まで届くと、ソラは本から顔を上げ、なんとなしに校庭に目がいく。

 殆どが男子生徒で集まっている集団の中。唯一、一人だけ混ざっている女子がいる。ユズハのようだ。

 

 どうやら集まっている生徒十人数名はボールの投げ合い。ドッジボールのようなものをしている。

 ユズハはソラよりも年上ということもあり。幼馴染のソラ相手には年上ぶることがよくあるのだが、基本男勝りの面もあって、どちらかと言えばそちらの方が強いかもしれない。

 ボールは投げたり取られたり。また投げたり当てられたりと互いのチームの間を行き交う。

 暖かい今の季節。生徒達にとって、外で遊ぶには丁度よいのかもしれない。


「いくぞユズハ、今日こそは!」

 何巡目だろうか、次に投げられたボールは一直線にユズハへと向かっていく。だが、当のユズハは動かず。寧ろ腰に手を当てて、余裕の表情さえ浮かべていた。

「フッフーン。それはどうかしらね」


 ボールは運動の法則に従い、真っ直ぐ力強く飛ぶ。

 そして、ボールがあと少しでユズハにぶつかろうとしていた瞬間――何かの力に導かれるように、ボールは急激に軌道を逸れてユズハを避けていく。


 ボールはそのまま後ろの壁にぶつかると、不思議なことがまるでなかったかのように、数度跳ねてから自然な動きで別の生徒の足元まで転がった。

「フフッ、残念でした!」

 勝ち誇ったユズハにブイサインを突き出され、相手の男の子は悔しそうな表情を浮かべている。


 今校庭で起きた怪現象、これが授業中にソラが思っていた魔法に対抗しうる“アレ”であった。

 ユズハがやってのけたのは手品の類ではなく。魔法とは別の、歴とした異能力の一種に分類されているもの。


 魔法に関してヒューマンは使うことが出来ない。だが、この異能力に関して言えば逆の立場にある。

 使えるのはヒューマンのみであり。魔法に対抗できる、数少ない手段と言えるもの。この能力が使えるヒューマンは総じて、“イクシード”と呼ばれていた。


 この異能力を扱える者をイクシードと一括りにされてはいるが、正確には能力者それぞれが違ったジャンルやタイプの能力を有しており、一つ限りではあるがほぼ固有の性能を具えている。

 

(……まぁ、問題は山ほどあるけど)

 異能力と言えば聞こえは良いのかもしれないが、イクシードが国の表立った戦力として、まともに数えられる日はまずないだろうともソラは思っていた。


 ユズハの能力で例に挙げると攻撃が当たらないというもので。ボールが急に逸れたのも、その能力のおかげだ。

 ただし、攻撃が当たらないと一見ただ便利そうな能力のように見えてしまうが、そう単純な話ではない。


「よっしゃ、今度こそ当ててやるぞユズハ!」

 ボールの所有は相手チーム。一度目は能力で外されてしまったので、今度こそと意気込む男の子。

 投げ放たれたボールは今度も真っ直ぐに飛ぶ。そして――ユズハは動かずに両手でしっかりと抑え込むようにボールを受け止める。


 そう、先程とは違い、ユズハの能力は発動することはなかった。

 これはユズハの延いてはイクシード全般に言えてしまうのだが、能力所持者にはそれぞれ決まった制限があるからである。


 ユズハの能力を例にすると、一度発動された後、次の発動までに時間を要してしまう。

 再使用までの時間はおおよそ十分とされ。一度能力が発動してしまえば、その後十分間は普通のヒューマンと基本違いはない。

 他にもルールがあり、そもそもユズハが攻撃と認識しなければ当たってしまうという弱点もある。つまり視界外から等の攻撃に晒された時に無力と、一度目の攻撃に対しても絶対に安全といった能力ではないのだ。


 こういったように、他のイクシードも自身の制限がそれぞれあり。無制限にいくらでも使える便利なものということではない。

 

 次にイクシードの能力は一人につき一つまで、ほぼ固有であることを挙げたが、それ自体が問題になってくる。

 固有というのも別々の人物で色々なことが可能な反面、数千、数万規模になるぶつかり合いの戦争では、案外役に立ち辛いもの。

 戦闘に関わる能力自体は大まかに攻撃的なもの、防御的なもの、もしくは補助的なものと振り分けられる。が、固有ということは能力そのものに発動条件、制限等も違ってきてしまうということだ。


 相手は一軍で魔法を撃ってくるのに対して、イクシード側はそれぞれがそれぞれのルールの元、バラバラに攻撃するしかない。

 大きな津波を如雨露の水がいくつあろうと押し返せないように、個人での努力には限界があり、まとまって動けないのはそれだけで問題になってしまうのだ。

 そんな状況を覆せるエクストラがいるなら、メルキアは今頃こんな弱小国家という立場に甘んじてない筈だろう。


 個々人の戦いならまだしも、メルキアの主な戦場は平地である。その関係から正面切っての戦争となってしまい、一人一人が別のことをしても、よほど上手く使わなければ戦争で活かすのは難しい。

 固有の能力というのは確かに、中には実用的なものもある筈だろう。だが一律での行動が難しいというのは、否が応でも統制が執り辛いという欠点の一つとなってきてしまう。


 また、この能力は発現している者はかなり少数なのだ。

 能力の発現は大体四歳から七歳の間とされ、割合も大体六~七百人に一人と言われている。それに対するヒューマンの人口は約二十万程。そこから計算すると、イクシードは三百人いるかいないか。

 相手は当たり前のように殆どの敵が魔法を使えるのに、こちらはその僅か三百人で対抗しなければいけないなんて、可能性がゼロではないとしてもいくら何でも現実的ではない。

 この学校でも先生を含め、四十人に満たない人数だがイクシードはユズハ一人だけ。ソラも当然のようにただのヒューマンでしかない。

 発現の年齢から少なくとも、現状の生徒達からこれ以上イクシードが出てくることもないだろう。


 そして一番重要となってくる問題なのだが、そもそもどうやって能力が発現・発生しているのか全く解明されていない。

 発現の原理さえ分かれば数を増やしていくことも可能になる。しかし、国が主導して研究されているものの、今のところその糸口は見えていないようである。


 数少ない分かっていることといえば、イクシードには共通点があること。

 イクシード能力者は誰かと待ち合わせをすると、よくよく相手と同タイミングで待ち合わせ場所へ到着する。これは元々の待ち合わせ時間から早くとも、遅くともそうなることが多いと研究結果で出でいるらしい。

 実際、ソラは家の事情で許嫁のユズハと外で会う機会もあったが、待ったり待たせたりする経験は殆どなかった。


 他には相手の意図・本心を読んだり、嘘を見抜く能力に長けているいるらしい。

 これはどうなのか、ソラはユズハから実感することはなかったが、幼い妹や弟がいるユズハはあやすのが上手だったのは覚えてはいた。

 もしかしたらそういったことも関連があるのかも、とソラは考える。


 その時少し強めの風が吹いて、教室まで流れ込む。拍子に、ソラが手にしていた本のページがパラパラと捲れてしまう。

 読もうとしていたことを思い出し、ソラは本へ顔を向ける。

「どうしたのソラ?」

 不意に声をかけられそちらへ向くといつの間にいたのか、外から窓際に手を付いて立つユズハがいた。


「? どうかしたのですかユズハ」

 言葉の意味が理解出来ず、ソラはユズハに尋ね返す。


「あれ? なんだかずっとソラに見られていた気がしたんだけど、気のせいだった……かな?」

 違ったかなと、不思議そうにユズハは頬を掻く。

 

 ソラが見ていた時、ユズハはずっと校庭で相手の方を向いてドッチボールをしていた。普通、そんな状態で気づくことはまずない事だが。

(ああ。そういえば、エクストラは勘もいいんだったな)


 エクストラの共通点として挙げられていることには勘、または第六感が優れているとも言われている。

 探し物が直ぐに見つかったり、危ないことを回避したり。今みたいに目線は合っていないのに、見ていたことに気づいたりとだ。


「あ! もしかして、やっぱりソラも一緒に遊びたいんでしょ? もう早く言えばいいのに~」

 どうしてそうなったのかソラには理解出来ないが、ユズハは一人笑顔でうんうん言いながら頷いている。

 元々ユズハはいつも事前にソラを誘っており、本日も校庭に出る前には声をかけられていた。だが当のソラは体を動かす必要性を感じないので毎回断っており、参加したことは一度もない。


「ほら、ソラも行こう」

 手を伸ばしてくるユズハ。

 ソラは一度その手に目を移すが、素っ気ない態度で本を読み直し始めてしまう。

「いえ違いますよ。なにか勘違いしたんでしょう」

 どこまで確信をつけるのかは知らないが、一応イクシードは人の本心を読むことに長けているらしいので、嘘は交えないよう煙に巻ける言葉を選ぶ。


 それでもユズハはめげないようだ。

「ええ~……本当?」

 窓枠に置かれた腕に顎を乗せ、疑わしいといった目を向けるユズハ。

「そんなこと言って~、本当は皆と一緒に遊ぶの恥ずかしいでしょ? 何時も一人だもんね」

「…………」

「……急に皆と仲良くしたいなんて簡単に言えないよね――でも、一人は寂しいんだよね? うん、その気持ちは分かる」

 哀愁を漂わせ、ワカルワカルと繰り返す。それから直ぐ自身満々といった表情へと変わる。

「でも大丈夫! 私が一緒なんだから、お姉ちゃんにまっかせなさーい!」

 握り拳を作り、全てを自分に任せろというユズハ。しかしソラ本人はというと――


「…………」

 何事もないかのように本のページを捲る。

「って、おーいちょっと! 本読んでないでよソラ!!」

 反応がないことが気に障ったようで、目を吊り上げて窓枠をバシバシ叩く。


 流石に気づいたのか、ソラは黙読していた本から顔を上げる。

「ああ、すみません。なんですか?」

 どうかしたのか? という言葉にユズハは溜息を吐き。また、窓際に腕を置いて顎を乗せる。

「もう~ちゃんと聞いてツッコんでよ。一人で馬鹿みたいじゃん」

 そんなことを言ってユズハは笑う。本気で怒っている訳ではないようだ。

 忙しくコロコロ表情が変わるのは、ソラがユズハと会った時から変わらない。


 ユズハの家もソラの家と同じく、商人の家柄だ。

 商人の位としてはソラの家よりも大きく、大商人と言える人物が父である。

 その父は妻以外にも数人の妾がおり、その妾の娘。商家の四女として生まれた。


 ユズハの父は市場での力をつける、ソラの父ニコラスを蹴落とすよりも自分の所へ取り込む方が良いと判断したのか。ソラが生まれて間もなく、ユズハとの縁談を持ちかける。

 ニコラスとしてもこの話は絶好の機会だったのだろう。二つ返事で申し出を快諾。そうして二人は許嫁となったのだ。


 ソラは本に顔を戻すとページを捲る。

「それに年上といっても、ユズハは私の姉ではないでしょう」

 ユズハは今年八歳になる。ソラよりも一つ年上だ。

 実際に初めて会ったのはソラが五歳を迎えた頃。その時からこうした関係は続いている。

「あはは、ごめんごめん。家には小さい子多い――やっぱり聞こえてんじゃないソラ!」


 こんな感じで、一応家同士が決めた許嫁となってはいるが、まだ子供であるユズハには恋だ愛だといった恋愛感情は特に無いのだろう。

 それにソラ自身、縁談に関して何かを思うことがない。

 

 転生してから以前にも増して心の沸き上がり。感情の揺れというのが薄まってしまったような、そんな感覚をソラは憶えていた。

 なんでこんな風になってしまったのか、自分でもよくわからなくなってきてしまっている。


 前はこんな自分を治したい、何とかしたいと少なからず願っていた。

 でも――今はそれすら、どうやっていたっけ? と思ってしまうことがある。

 自分のことすら想えないのに、他人対して何か感情が沸き上がることもない。


「は~い! そこ、イチャイチャしないでくださ~い!」

 唐突に、教室内で注意勧告する声が響く。

 教室中の生徒の視線が集まると、そこにはリース先生が立っている。もう二限目が始まる時間のようだ。

 誰のことを言っていたのか、リース先生の目はソラ達の方へ向けられている。


「神聖な教室で~、そんなイチャコラしていいと思っているんですか~」

 間延びした口調は相変わらずだが、リース先生の表情から冗談を言っている雰囲気ではないことだけはひしひしと伝わってきた。


「まーたリース先生始まっちゃったよ」

 生徒達は笑い出したり、しょうがないなといった様子。リース先生のこの変わりようには慣れたもの。

「僻んでもしょうがないよーリース先生」

 口にしたのは年上組の女性生徒。ユズハの姉、トゥーナだ。

 トゥーナは自身の、長く紫色の髪に手をかける。

「違います~、僻みじゃありませ~ん!」

 リース先生はそんこと言っているが、目元に薄っすら涙が溜まっている。


「もういい歳なんだからさー」

 トゥーナがそう言ってリース先生の肩に手をやると「いい歳……いいトシ……イイ――」とブツブツとリース先生は繰り返す。そして急に限界を超えてしまったのかように。

「うわーん! ま、まだ行き遅れじゃないですー!」

 わんわんとリース先生は泣き出してしまう。

 

 リース先生の年は現在二十三歳。ソラの元いた世界ではまだまだ若い年齢だが、この世界ではそもそもの平均寿命が短く。その関係から結婚適齢期も早い。

 二十歳頃までと言われており、ニコラスもその年齢には年下の母アイリーンと結婚していた。そこから考えると、少しばかり行き遅れなのかもしれない。

 本人も気にしているようで、男女間のアレそれが校内であったりすると注意して回っている。が大抵最後は嘆いてこうなってしまう。


「ほら泣かないでリース先生」

 その場にもう一人男子生徒が加わる。クラスの最年長者、ロージャン。

 リース先生との付き合いも一番長く、対応も心得ている。こうなった時は、いつもロージャンが先生の面倒を見ていた。


 校庭に出ていた他の生徒達も、なんだなんだと教室に戻って来たが。リース先生がこんな調子なのもよくあることなので、特に気にすることなく席に着いていく。

「うぅ……ありがとうございます~ロージャン」

 少しして、ロージャンのおかげでリース先生も落ち着きを取り戻す。

 

「はは。泣き止んでくれてよっかたですリース先生」

 爽やかに笑うロージャン。好青年といった彼が笑うと、ちょっとした絵になってしまう。一部ではファンクラブなるものもあるとかないとか。


「トゥーナもあんまり言いすぎちゃ駄目だよ」

「わ、私は本当のこしか言ってないし――」 

 注意されたトゥーナは腕を組んで目を逸らしてしまう。

 ただチラチラとリース先生の方を見ており、悪気は無かったにせよリース先生を傷つけてしまったことに、多少負い目は感じているようだ。


 ロージャンは静かにトゥーナに歩み寄る。

 怒られる、と思ったのかトゥーナは強く目を閉じてしまう。だが、しかし。ロージャンはトゥーナの手を取った。

「ハッキリ言う君も素敵だよトゥーナ……!」

「ロージャン……」

 休み時間が始まった時のように、二人だけの空間を作り出すトゥーナとロージャン。この二人は恋仲なのだ。

 

 ちなみにこの二人は縁談などではなく、互いに恋して付き合っているらしい。

 ユズハ達の父は縁談なんかもしているが、基本的に子供の自由にさせてやりたいという考えもある人で、自由恋愛も推奨しているとか。


 周囲のことなどお構いなしに甘い空気を振り撒く二人に。教室ではあ~あと言った声が漏れる。

 恋は盲目とはよくいったもの。

「うわーん! 先生が結婚するまでイチャコラ禁止です~!」




ここまでお読み頂いてありがとうございます!


次回の更新は2020/08/24予定


よろしければ次回もお読み頂ければ幸いです!

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