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5.コーチやります


  5.コーチやります



面倒な事になった。

隣りの空き家に変な二人が越してきた。

一人は超イケメンの素敵な仙人のお兄さんで、もう一人は、見た目は少女中身は男の超上から目線の変態。

悪人とまでは言わなくとも、善人と思えないのもまた事実。

これを、どう評価したらいいのか。

まともに話しても、誰も素直に信じてはくれまい。

疎遠にするのは難しくないが、どこか気が咎めるし、近所づき合いをするにしても、暫くはあまり関与せず様子を見てからの方がいいだろう。


いずれにしろ、新たな隣人が出来た事を家族には伝えておくべきだと考えた姚子は、自宅に入るなり台所にいた母親に告げたのだが、母は既に承知していた。

事前に挨拶に来ていたらしい。

俎板に小気味よく刻まれる包丁の音で、母の機嫌が分ってしまうのは家族だからか。

「素敵な兄妹ねぇ、ああいうの美男美女って言うのよねぇ」


 (なんか、勘違いしてるっぽいけど・・・、ま、いっか)


それでも、むやみにお近付きにならない方が身の為だ、とは認識しておいてもらおうと思った。

まだ、海のものとも山のものとも付かない二人については、用心を重ねても過ぎるという事はない。


「でも、よく訳分かんない事言う人達なんだよ。

 弁天様がどうしたとかさ。

 おまけに話し方とかもちょっと変だし」

「あら、もうそんなに仲良くなったの?

 良かったわねぇ、いいお友達が出来て」


 (まるで効果なしだ)


もちろん、娘の姚子は熟知しているが、母は実におっとりしているというかマイペースの人で、にわかに他人を疑う事を良しとしないお人好しでもある。

その母の性格が、好ましくない方向へ作用しなければいいなと懸念したのも束の間、翌日にはさっそくそれが現実のものとなっていた。

その日学校から帰ると、母が寝室の押し入れや納戸の中からダンボール箱や収納ケースを幾つも引っ張り出していて、頻りに中をガサゴソと掻き回していた。


「姚子、あなたも要らない服とかあったら出してちょうだい」

「なにやってんの急に・・、リサイクル?、フリーマーケット?」

「侠兎ちゃんにあげるのよ。

 だってあの子、服持ってないって言うんですもの。

 引っ越しの荷物を減らしたいのは分かるけど、ジャージ以外なんにも持って

 来てないってちょっと可哀相でしょ。

 だから古着あげようと思って。

 姚子も協力してよ、あ、出来るだけ可愛いのがいいわね」


 (しっかりお近付きになってるぅ)


「あ、そのスカート、私が小学校の時着てたやつ。

 まだそんなの持ってたの?」

「なんだか捨てられなくって、勿体ないし」

「着られる訳ないでしょ、そんなの」

「そう?

 チェック柄だから今着ても全然変じゃないでしょ、あの子可愛いからきっと

 似合うわよ」

「柄じゃなくてサイズの問題よ」

 (スカートはウエストさえ入ればまだなんとかなるけど・・・、

  そこのワンピースはちょっと無理だと思う。

  あの子、意外と胸大きそうだから)


仕方なく、姚子も自分の部屋のクローゼットの奧から、もう着なくなったトレーナーやニットなどを持ち出し、母のと合わせて紙袋に入れ、隣りの家に持って行った。

「古着だけど良かったら着てって、お母さんが・・」


「いやぁ、これはどうもありがとう、とても嬉しいよ」

片付けの手を休めて応対に出てきて礼を言う松子のクールな笑顔を見て、姚子は、彼のご尊顔を拝謁する口実を作ってくれた母に心の中で感謝した。

本当はあまり積極的に関わり合いになりたくはないのだが、彼がいるので距離を置きたくとも心が動く。


そこへ、侠兎が出てきて徐に袋を覗き込む。

「なんだこれ、腰巻き、全部女物ばっかりじゃにゃあか」

「腰巻きじゃない、スカートよ。

 当たり前でしょ、女の子なんだから」

「女じゃにゃー!

 誰が女物なんか着るかって」


 (見た目は女の子なんだよ、このバカ)


松子が叱る。

「馬鹿者、せっかくの枢さんのご厚意だぞ、失礼だろ」

「でも、スカートだぞスカート」

「地上で生活する以上、お前はその姿通り女として生きて行かねばならんのだ。

 避けては通れんし、なによりその方がお前にとっても都合がいいはずだ」

「まあ、確かに、この顔のおかげでけっこう得したからな。

 飯屋のオヤジに笑いかけるだけで食い物タダにしてくれたし、胃袋小さいから

 ちょっとで済むもんな」

「都合がいいの意味を履き違えてるぞ。

 まあいい、せっかく貰ったんだ、着てみろ」

「仕方にゃあなぁ」

「ここで着替えるなよ、そういう事は人前でやるもんじゃない」

「いちいちうるさいよ」


一度部屋の陰に入った侠兎が再び姚子の前に現れたのは、わずか2分後だった。

 (うわっ、スカート短っ!)


姚子が小学生の時に穿いていたスカートがすんなりと入ってしまう侠兎のウエストの細さにも驚かされるが、当然の事ながらその丈が身長に見合っていない。

それはそうと、侠兎がちゃんとした女の子の衣装を着ると、その外見的魅力は、男物のブカブカのジャージ姿の時とは雲泥の差だった。

ショートカットのボーイッシュな感じが逆に強調されて、よりいっそう美少女度が上がる。

 (やっぱり可愛い・・・この子)


しかも、その体つき、プロポーションは、並みの女性のそれを軽く凌いでいると分かった。

モデルではなくグラビア系。

姚子が見ても明らかに分かるその体型は、男性の目にはいかばかりか。


「なんか、股間、ていうかケツがスースーするけど、まあいいか、動き易いし」

「ヒ、ヒラヒラさせないで!、お尻見えてる!」

「いいだろ別に」

「良くない!、短過ぎるよ。

 やっぱりサイズ合ってないみたいね」

 (さすがにこれじゃ外歩けないわ)


侠兎は、姚子を無視して再び紙袋を漁った。

「なんだ、パンツは入ってにゃあのか」

「パンツって、下着?」

「他に何がある」

「は、入ってる訳ないでしょ!、それくらい自分で買いなさい」

「なんだケチ」

「ケチじゃない!、当たり前なの!」


これを聞いて、松子はピンと閃いた。

「そうだ、姚子ちゃん今度つき合ってくれないかな、こいつの買い物に。

 女の子が一緒にいてくれた方が何かと助かる」

「え?、えー・・、は、はあ・・」

 (うえ〜ん、断りたいのに断りきれない)


姚子は受諾したが侠兎は否定的。

「別にいいよ、ベン子なんかいなくっても」

「ベン子じゃないって」

「あ、そうだっけ、姚子って言ったっけ、どっちでもいいや。

 というか、おみゃあの顔見るとどうしてもベン子が頭に浮かんで来るんでさぁ、

 気分が悪い」

「お前は、失礼にも程があるぞ。

 ここまで世話になっておいてその言い方はなかろうに」


顔を合わせる度に侠兎が不機嫌になっていたのは、姚子が弁才天と似ている事に起因するというのは分かった。

よほど弁才天を恨みに思っているのだろう。

ただ、女神様に似ていると言われるのは、姚子的にはちょっと嬉しかったりする。


「そんなに似てるんですか?」

「瓜二つ、という程でもないけどね」

「だろ、だから嫌なんだ。

 姚子に罪はにゃあよ。

 が、どうにもこうにもベン子に似てしまったってのが残念だな。

 こればっかりはどう転んでも救いようがにゃあ、うんうん」


前日もそうだったように、姚子が松子の話を聞いていると、必ず侠兎が割り込んできて話を脱線させる。

自分を貶されて苛立った事も手伝って、姚子はつい本音を口にしてしまう。


「あーもう!、あんたは黙ってて!

 しゃべらなかったら可愛いんだから」

「可愛い?、俺が?」

「そ、そうだけど・・」

「そんなに可愛いか?」

「ま、まあ・・・」

「そうか、女のおみゃあにも可愛く映るか。

 ラーメン屋のオヤジが言っとったのもあながち世辞じゃなかったんだな」


侠兎は、ちょっと意表を衝かれたような顔で呟いた後、すぐに何かを合点し決意して言葉に力を込めた。

「よし!、決めた!

 俺は、この短いスカートで世間の男共を悩殺しまくってやんぞ!」


「な、なに考えてんの!

 バカじゃないの、そんな事してなんになるのよ」

「人気者になる」

「なれるか!」

「なれるさ」

「なれる訳ないでしょ」

「バカモン、テレビに出てるアイドルとかいう女共がどれもこれも短いスカート

 を穿いてる理由を知らにゃあのか」


 (何を藪から棒に)

「か、可愛いからでしょ」

「違う。

 あれは男のエロ本能を刺激し好感度を上げる為だ」

「好感度?」

「世の男共にとって、女子おなごのスカートの長さと好感度は反比例するのだ。

 スカートが長くなればなるほど好感度は下がる。

 言い換えれば、フトモモの露出度と好感度は正比例するどころか、加速度的な

 上昇曲線を描くのじゃ。

 これは永遠の真理だ、憶えとけ」

「そ、そんなバカな・・・」

 (そんな単純なの?、男って)


「そ、そうなんですか?、墨さん」

「そんな統計データはない。

 というか、テレビ番組で憶えた単語で持論を力説するのはやめろ」

「持論じゃにゃあ、真理だと言っただろ。

 自然の摂理だ、基本定理だ、原理原則だ。

 マンガやアニメのヒロインの98.2%は短いスカートを穿いている。

 それはなぜか。

 ああいう作品の主立った登場人物には、全て役割が課されているのだ。

 主人公には作品のテーマそのものが、脇役はそれを補佐し際立たせ、悪役には

 そのアンチテーゼを提示して物語に深みを加える役割が付与される。

 ではヒロインの役割はなんだ。

 ズバリ、エロ担当だ。

 ヒロインがここぞという時にパンチラを披露する事によって観衆の本能に直接

 訴えかけ、そのインパクトで潜在的に購読、視聴、購買意欲を高めるよう誘導

 する究極のマーケティング戦略なのじゃ。

 その大前提として短いスカートは必須。

 季節に関係なくフトモモを最大限露出し続けるのは、パンチラへの期待値を持

 続させるに必要欠くべからざる重要な要素だからに外ならにゃあ。

 あとちょっと、あとちょっとでパンツが見える〜というドキドキワクワク感は、

 ストーリー展開そっちのけで万民を惹き付ける誘蛾灯効果を発揮して、想像力

 と欲望を刺激し果てしにゃあ妄想へと駆り立てる。

 作品の人気はヒロインの人気に左右されると言っても過言ではにゃあのだ。

 ようし、悩殺パンツ買いに行くぞー!

 これで明日から俺は一躍大人気美少女だぜ!」


 (・・・絶対間違ってる)


姚子と同様に、松子もあきれ顔で些か持て余し気味のようだ。

「まったく、一体どこの受け売りだ。

 その前にその言葉遣いをどうにかしろ。

 姚子ちゃん、ついでにコーチしてくれないか、こいつに」

「わ、私が、ですか?」

「そう。

 訛りはさておき、女性、女子としての話し方や生活態度、たしなみ、礼儀作法

 なんかを躾けて欲しい。

 最低限、人様に不審がられない程度にはさせないと、この先色々と厄介だしね。

 我々が何者でも姚子ちゃんの生活には影響しないと言った手前、こういう事を

 頼むのは厚かましいけども、僕には難しい部分もあるし、姚子ちゃんなら適任

 だと思ったんだが」

「そ、そうですね・・・、女の子が俺なんて変ですもんね」


関わりたくないのに、松子に頼まれると嫌とは言えなくなってしまう。

なんて罪作りなの、このイケメンお兄さんは。

このまま、どんどん深みに嵌っていくのだろうか。

なんだか上手い事利用されちゃってるのかも知れないという不安が過ぎるものの、決して嫌な気分にはならない。

 (くっそー、あの眼で見つめられると・・・、悔しいなぁ、でも嬉しいなぁ)


ところが、侠兎はそれをさらりと拒否した。

「要らにゃあよ、そんなもん。

 どうせすぐ男に戻るんだ」

「何を根拠に言っているのか分からんが、それはまず有り得ないぞ」

「おみゃあの方こそ、その有り得にゃあ根拠を示せ」

「お前考えた事あるのか、なぜサラ様がお前を女の姿に変えたのかを」

「そんなもん、嫌がらせに決まってんだろ」


「ある意味そうかも知れんが、そんな単純な感情的懲罰だけではあるまいよ。

 恐らく、女として生活する事で、お前がいかに女仙達に酷い事をしてきたかに

 気付かせようとしているんだ。

 男の目線では分からぬものが、立場を変える事で見えてくるものもある。

 普通なら、そこまでやらずともある程度理解出来るのが良心とか思いやりとい

 うものだが、お前の場合その良心が決定的に欠落していて皆無だから、強制的

 にでも分からせてやろうと思ったんだろう。

 つまり、お前がこれを奇貨として真に反省し、認識を改め、女性に敬意と誠意

 を持って接するようにならない限り、サラ様の怒りも収まらないし、男に戻る

 事も叶わないという事だ。

 女を性の道具としか見ていないお前には甚だ難しいかも知れんがな」


「黙って聞いてりゃ言いたい放題だなおみゃあ、俺は悪魔か」

「この際だから言っておくが、お前、もしその体で一度でも男と関係を持ってし

 まったら、二度と元へは戻れんぞ」

「なに!、本当か!

 それはネズミに水だぞ!」

「寝耳に水だバカ。

 確証はないが、サラ様の怒り具合からして、そのくらいの呪詛がかけられてい

 ても何の不思議もないだろうよ」

「なんちゅう女だ。

 せっかくこの体で気持ちいい事して遊び倒してやろうと思っとったのに、それ

 じゃなんも出来んじゃにゃあか。

 なんだよ畜生、面白くにゃあ。

 せっかくいい乳してんのに」


 (ぎゃー、自分で揉むなぁ)


「やっぱり考えていたか、お気楽な奴め。

 そういう考えだからこんな羽目になるんだ。

 むしろ、こうして人として生きていられるだけでも奇跡に近いのではないかな。

 それだけでもサラ様に感謝すべきだぞ」

「裸見られただけで殺すだなんて始末に負えんな、ヒステリーベン子は」

「お前が言うな。

 それに、そのままいつまでも女の姿でいたら、いずれは本物の女になって男に

 戻れなくなってしまうかも知れない」

「なにぃ!」

「いつの事だったか、神の怒りに触れて動物に姿を変えられた男が、時が経つに

 つれいつしか自分が元は人間だった事すら忘れてしまって、動物のまま死んで

 しまったという話を聞いた覚えがある。

 お前がそうならないという保証は誰にも出来まい」


「そ、それはまずい・・・、まずいぞそれは。

 もし男に戻れなかったら、あんな事やこんな事、やりたい事がなんにも出来ん

 じゃにゃーか!

 おい、どうすればいい、どうすれば早く男に戻れるんだ、教えろマツコ!」

「マツコじゃない。

 一番手っ取り早いのは、お前はもう女の敵ではない、心を入れ替えて善良にな

 ったのだとサラ様に認めてもらう事だろうな。

 お前にかけられた封印と呪詛はサラ様以外には解けないのだ。

 近道というよりは、それを置いて他に方法などあろうはずがない。

 今のお前に出来る事は、たとえどんなに不本意だとしても女らしくする事ぐら

 いだろう。

 姚子ちゃんはその為のコーチだ」

「矛盾だな・・・。

 矛盾だが今は已む無しか。

 分かったよ、姚子の言う通りにすりゃいいんだろ。

 ただし、男に戻ったら一番真っ先に姚子は俺の餌食だからな、憶えとけよ!」

「なら、お前が男に戻れなかった時には、僕がお前を閨婦に仕立ててやる事にで

 もしようか」

「お、おうよ、望むところだ!」


 (な、なんか交渉成立したっ!)


「おい!、姚子!、男に戻ったら絶対おみゃあを俺様専用のペットにしてやっか

 らな!

 俺の復活オモチャ第1号だ!」


 (へ、変な宣言されたぁ!)


明確な目標を見つけた事で、侠兎は俄然気合いが入って、今までで一番可愛らしい笑顔を見せた。

彼女(彼)の興味の対象は、一気に姚子に向けられた。

スカートの裾に手をかけ引っ張り上げようとする。


「何がなんでも男に戻ってやるもんね。

 ところで姚子、おみゃあはどんなパンツ穿いとんだ?」

「ギャーーッ!、見んでいい!」

「いいだろ、減るもんじゃなし」

「減る!」

「おみゃあ、なんかいい匂いする、フガフガ」

「嗅ぐなーっ!」

「なんだ?、おみゃあ生娘だろ。

 可愛がって欲しいのか?、手取り足取り手解きして欲しいのか?

 そうならそう言えよ、女ってヤツはいつもそうだ。

 言葉にしなきゃ気持ちは伝わらんとか言うくせに、肝心な事は自分からは絶対

 口にしにゃあんだ。

 まあ、そこがまた愛いところでもあるんだがな、へへへ」


こんな中年オヤジ的ノリの人を、ちゃんとした女の子に教育出来るだろうか。

姚子は、目の前に垂れ籠める暗雲に心細くなる思いがした。


                                                  <続> 



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