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4.おかしいよ


  4.おかしいよ



妙な事になってきた。

墨松子という美青年は自分を仙人だと言い、更には皎侠兎という少女を神だと言い出した。

仙人の話も疑わしいが、こっちの方が一段と信じ難い。


だいたい、神様なんて本当にいる訳ない!

いるなら世の中こんなに住み辛くなっていないし、犯罪者や悪い人はもっと天罰を受けていてもいいはずだ。

事件や事故に巻き込まれたり、重い病気にかかったりして苦しむ子供達は救われなければおかしいし、貧しく苦しい暮らしを余儀なくされる人々が放置され続けるのは、神様が怠慢だからとでも言うのか。

お寺や神社は大儲けだし、・・・いや、もう必要なくなるのかな?

そもそも、どの神様がいるっていうのよ。

神様ったっていっぱいいるし。

他の宗教の立場はどうなるのよ。

サンタクロースもいるのかな?

なんて考えたら、やっぱりこんなの絶対冗談だ。


自分はバカにされただけだと訝った姚子は、侠兎を指差し松子に文句した。

「こ、これのどこが神様なんですか!

 どこからどう見ても普通の人間じゃないですか。

 口が悪くて態度が悪くて喧嘩が強くて逃げ足が速い唐揚げ泥棒ですよ。

 威厳もなんにもないし、こんなのが神様だったら世の中ひっくり返っちゃい

 ますよ」


指差す姚子の手をペシッと払って侠兎が怒る。

「当たりみゃあだ、俺は神じゃにゃー」

「だってこの人が」

「僕は神の眷族と言ったんだ。

 こいつが神なら僕だって驚きだよ、確かに世の中がひっくり返る」

「け、眷族?」

 (あ、そうだった・・・、そんな事言ってた)


姚子は、神という言葉のインパクトの強さに、その次の単語を聞き逃していた事にようやく気付いた。

少し説明が必要だと感じた松子は、学校で授業をする教師のように淡々と冷静に話を続けた。


「神の子、親戚、あるいは神使・・・、神ではないが神の世界で生きている者の

 事だよ。

 神人とも言う。

 神とは、多数の人間から信仰される事で得られる格を言い、信仰されない者を

 神とは呼ばない」

「えー?、それって神様は本当にいるって事ですか?」

「いるよ」

「どこに?」

「神の世界、人には見る事も立ち入る事も出来ない世界だよ。

 須弥山、メール山、カイラス山、崑崙山、蓬莱山、泰山、補陀落山、高天原、

 オリンポス山、その他色々。

 地域によって下界の人の呼び方も変わるし神の名も変わるけど、要はそこの事

 だ。

 僕ですら、そうそう行けるような場所ではない」

「山ですか?」

「そう呼ばれているだけさ、それだけ高みにあるって事の喩えだね」

「天国?

 死んだ人がいるんですか?」

「いない。

 大概の人間は死んだ後は天に行くと思っているが、残念ながらそれは有り得な

 いよ。

 もしそうなら今頃天上は究極の住宅難だ、どれだけ高層マンションを建てても

 空きが出来ない。

 死後天に行けるのは、仙人クラスかそれ以上の方術を極めた者だけだ。

 一般の人が到底及び得る世界ではないよ」

「どんな所なんですか?」

「一言で言い表すのは難しいけど、分かり易く言うと静かで長閑な所かな」


 (思いっきり抽象的だ)


「信じろって言うんですか、そんな話」

「言わない。

 我々が何者であれ、君の生活になんら影響するはずはないからね。

 信じるかどうかは君の判断次第だよ。

 ただ、僕は嘘は言っていない。

 それは真実だ」


 (有り得ない、有り得ないけど・・・、百歩譲ってみよう。

  ここで全否定してしまったら話が一歩も前に進まなくなりそうだ)


「じゃあ、それがなんでこんな所にいるんですか?」

「まあ、これには色々と事情があってね」


いよいよ話が本筋に入ると思ったところで、侠兎が松子を止め立てる。

「おい、いい加減にしろ。

 なんでこんなベン子のニセモノに話さにゃならんのだ。

 何も教えてやる義理はにゃあぞ」

「姚子ちゃんはお隣りさんだぞ、きちんと説明はすべきだろう。

 要らぬ誤解を避ける為にもな」

「誤解どころか信じてにゃあぞ、こいつ」

「大丈夫、姚子ちゃんなら分かってくれる」

「なんで分かるんだよ」

「僕は、これでも人を見る目はあるからな。

 それに、地上では僕に従ってもらうと言っただろ」

「・・・フン、勝手にせい」


頬を膨らませて不満の意を表しながらも引き下がる侠兎。

松子は、姚子に事の経緯を説明し始めた。


「この侠兎は寿星様の眷族で、元々は崑崙山に住んでいた」

「寿星様?」

「南極様と呼ぶ国もあるけど、寿老人、カノープスという名もある神だよ。

 もっとも、侠兎はほとんど一人で暮らしていて、誰の制約も受けず、束縛も

 されず、下知も聞かない。

 文字通り自由気ままに勝手し放題で、好きな時に好きな場所へ行き、好きな

 ように振る舞っていた。

 手の着けられないならず者で、崑崙山はおろか、蓬莱山や泰山、崋山などへも

 出向いて行っては、手当たり次第に女仙達を追いかけ回すわ捕まえて手籠めに

 するわ、嬲るいたぶる弄ぶの乱暴狼藉三昧で・・・」

「ちょい待ちぃーっ!

 見たんか!、おみゃーは見たんか!、見てにゃーだろ!、勝手な事ばっかり

 言ってんじゃにゃーぞコラッ!」

「見てはいないが間違ってはいないはずだ。

 ちゃんと報告は受けている」


 (あ、あれ?、ちょっと待って。

  今なんか、おかしな事言ったような・・・)


松子の言葉に疑問を抱く姚子。

女の子の侠兎が仙女を手籠めにするというのは、普通ではちょっと考えられない。

「今・・・、女仙を手籠めって・・・」

松子は笑って答える。

「あぁ、そうだったね。

 こいつは元々男だよ」

「え?、ええええぇーーーっ!?」


 (な、ななな、なに?、男!?)


この、どこからどう見ても女の子の侠兎が男?

顔だけ見ればアイドル歌手並みの可愛さだし、服の上からでもはっきり分かる大きめの乳房もちゃんとある。

なのに、なんでそれが男なのか、男がどうしたらこんな女の子になるのか。

超ハイテクの美容整形か、究極の性転換成功例か。

驚愕の展開に頭の中が激しく混乱する姚子は、動転しながら侠兎に確認する。


「ホ、ホントに、お、男なの?」

「男だよ」

「えええーっ?」

「信じろよ」

「だって・・・・」

 (だって、可愛いんだもん)


姚子の困惑しきりの複雑な表情は、松子の微笑を誘った。

「まあ、驚くのも無理はないか。

 今から説明するよ。

 いつでもどこでもやりたい放題だったこいつは、とうとう須弥山にまで乗り

 込んでしまった。

 天界の中心だよ、神以外は何人たりとも許可なく立ち入れない最も神聖な場所

 だ。

 こいつはそこにこっそり潜り込んだんだ。

 そして、そこの泉で不謹慎にもサラ様の沐浴を覗き見した」

「サラ様?」

「サラ様じゃにゃー!、ベン子だベン子!」


サラ様・・・、松子がこの名を出すと決まって侠兎は強い拒否反応を示し反発する。

 (前にも言ってたけど、サラ様って誰だろう)


姚子の疑問を推し量って松子が補足した。

「女神サラスヴァティー、弁才天って言ったら分かるかな?」

「弁才天・・・、弁天様?」

「そう、弁天様だよ。

 僕等は敬愛の情を込めてサラ様と呼んでいる。

 こいつは覗き見したあげく、あろう事か欲情してサラ様に襲いかかってしまっ

 たんだ」

「ヘン!、誰があんなベン子に欲情なんかするか。

 俺はキッちゃんと間違えたんだ」

「キッちゃんだと?」

「キッちゃんはええよー、可愛いしナイスバディーだし、清楚だし可憐だし。

 あの極悪ベン子野郎とは大違いだ」

「もしかしてシュリー様か。

 吉祥天をキッちゃん呼ばわりするとは、お前はほとほとどうしようもない奴だ

 な」

「知らんのかおみゃあ、天のじじい達はキッちゃんファンクラブまで作ってんだ

 ぞ」

「それは神の話だろう。

 お前は神じゃない、そこを弁えろ」


と、侠兎の額を人差し指で軽く小突いた後、松子は姚子の方を向いて話を元に戻した。

「ごめんごめん、ちょっと話がずれた。

 結果、サラ様の怒りを買ったこいつは捕らえられ、戒めに女の姿に変えられた

 上に、全ての方力を封じられて地上に堕とされてしまったという訳だ。

 本来であれば、神の眷族である侠兎は神と同等かそれに近い力を持っている

 から、簡単には他の神の術を受けて姿を変えられたりはしないはずなんだが、

 サラ様の怒りが相当強かったのか、何か特別な力が働いたとしか考えられない

 し、僕には分からないな」


侠兎が愚痴を付け加える。

「まったく、忌々しい女だ。

 目が覚めたら付いてるもんがにゃあし、乳が張ってるし、びっくりしたわ。

 おまけに体中に輪っかまで嵌めやがって、怠くってしょうがにゃあ」

「ほほう、それはいつだ」

「知らん。

 あの女にとっ捕まって、次に気がついたら下界のどこかも知らん草っ原に寝っ

 転がってた」


確かに、侠兎は首に黒く細いチョーカーのようなものを着けているし、両手首には銀色のブレスレットがジャージの袖口から時折顔を覗かせていた。

一見してただのアクセサリーにしか見えないのに、そのせいで怠いとはどういう事か。


「それは、お前の方力がサラ様によって封印されているという証しだ。

 その、首のチョーカーに付いているメタルプレートに、小さいがサラ様の種字

 の刻印がある。

 まるで斉天大聖の緊箍児きんこじだな。

 少なくともそれがある限り、お前の天界人としての能力は一切発揮出来ない。

 それでも、いくら人間相手とはいえ大の男に喧嘩で負けないのは大したもの

 だがな」

「俺は猿じゃにゃー。

 外れんのか、これ」

「サラ様本人以外は外せない。

 強力だぞ、その封印は。

 仮に誰かがそれを外せたとしても、外したら今度はその人がサラ様の罰を受け

 る事になる。

 僕はご免だね、そもそも僕の力ではそんな強固な封印は解けない」

「ホント役立たずだなおみゃあ」

「お前の悪行の片棒を担がされるくらいなら役立たずで結構だ」


「とまあ、そういう訳だよ、分かったかな姚子ちゃん」

「・・はあ、まあ、少し・・・」

 (分かった・・・、て言うよりどこまで信じていいんだか)


「えっと・・、じゃあ墨さんはどうして・・」

「ああ、僕か。

 僕は、師匠である姜師、神農様に呼び出されて、侠兎を捜して面倒を見るよう

 に仰せつかった。

 師匠と寿星様とは長く気心の知れた呑み友達なので、寿星様から相談を受けた

 師匠は、人を介してサラ様に侠兎の赦免をそれとなく請うたが、サラ様のお怒

 りは予想以上で、とてもすぐに許してもらえるような状況ではなかったらしい。

 そこで、まずは下界に落とされた侠兎がこれ以上悪事を働いて更に心証を悪く

 する事にならないように、僕がその監視役を務めるよう指名された。

 そして、方々捜してやっと見つけたんだ」


「俺はそんなの頼んだ覚えはにゃあぞ」

「お前みたいな放蕩者を関係者に持ってしまった寿星様の苦悩が偲ばれるな。

 厄介者だが捨て置く訳にも行かなかったんだろう」

「じゃあなんでおみゃあが出てくるんだよ、女仙の方が良かったぞ」

「僕はずっと地上に住んでいるからな。

 他の神仙達やお前よりはよっぽど人の世界に通じているよ」

「世俗にまみれた落ちぶれ神仙って事だな」

「ふん、好きに言うさ。

 お前はその落ちぶれ神仙の支配下にあるのを忘れるな」

「支配下だと?、おみゃあは俺の近習だアホ。

 お屋形様と呼べ」


(そうか・・・、姿は女の子に変えられたけど、頭の中身は男だからこんなに

 口や態度が悪いのか)


これまでの侠兎の言動を思い起こせば、確かに女の子としてはかなり直情的で乱暴至極だ。

だが、単細胞な男としてなら、さほど理解に苦しむようなものでもない。

口より先に手が出る男というのはたくさんいると聞く。

とするならば、この話はあながち嘘と決めつけてしまう訳には行かないのか。

ずっと半信半疑のままの姚子は、松子に証拠の提示を求めた。


「証明出来ますか、今の話」

「証明か、それは無理だな。

 今の侠兎は全ての力を封じられている。

 見た目同様、ほとんど普通の人と大差ないよ」

「じゃあ墨さんの力は・・」

「僕の力はそこらにいる手品師レベルだし、進んで人に見せびらかすようなもの

 でもないんでね、遠慮するよ」

「日本人じゃないなら、なんで日本語が話せるんですか?」

「人の話す言葉なら、一度聞けば大概は理解出来る。

 天上の住人や僕等にとっては当たり前に備わってる力だけど、そんなものでも

 証明になるのかな」

「どこの国の言葉でも?」


「まあね。

 特に日本語は、発音だけならこんなに単純で分かり易い言葉はないよ。

 発音が同じでも全く意味の違う単語は多いが、それはどの世界の言語でもまま

 ある事だから、慣れてしまえば苦にはならない。

 難しいのは、男性と女性、大人と子供、目上と目下、その他立場に応じて言葉

 遣いが変わる事や、当たり前のように主語を省略するから、それを洞察する能

 力も必要になる。

 その上、自分を表す一人称の単語だけで何十種類もあるなんて、ほかの言語で

 はほぼ有り得ないからね。

 更には物の単位表現の多岐さ、擬音のニュアンスの解釈には時間を要するかな。

 でも、それらが理解出来れば日常会話に支障をきたす事はないし、同じ内容を

 言いたい時でも、シチュエーションに応じて色々使い分ける事で微妙な機微の

 違いを表現する楽しさもある。

 ただし、文字として読み書きするとなると、その難易度は世界屈指だ。

 ひらがな、カタカナ、漢字という3種類の文字を適宜組み合わせねば最適な文

 章が書けないというのは、どの世界を探しても他に例がないし、一つの漢字に

 複数の読み方があるのは、本家本元の中国人でも頭を抱えるという。

 あと、方言の地域差は異常だ。

 青森弁と鹿児島弁の差は、スペイン語とポルトガル語どころか、フランス語と

 イタリア語の差を軽く超えてしまう。

 アイヌ語は日本語とは別の言語だし、沖縄の方言も琉球語として独立言語とす

 べきだとする意見もある。

 方言でここまで地域差のある言語はかなり珍しいと思うよ」


「ミャーとかニャーとか言ってるのも?」

「そうだね、どうやら侠兎が堕とされた場所は東海地方の辺りだったらしい。

 そこで数日の間一人暮らしの老人に養われていたらしいから、その時憶えたん

 だろう」


 (へえー、そうなんだ)


「じゃ、なんで日本に来たんですか?」

「来た、と言うよりサラ様が侠兎を日本に堕としたから、と捉えるのが適当だね」

「なんで?」


姚子の素朴な疑問に呼応して、侠兎が割り込んできた。

「まったくだ、どうせならもっとましな所へ落とせってんだ。

 世界は広いっていうのにわざわざこんな小島に、しかもベン子のニセモノの所

 だなんて最悪もいいとこだ」


「言わなかったか、これも何かの縁だって。

 日本には、国中ありとあらゆる所にサラ様を祀り奉る寺やゆかりの神社がある

 し、弁天の名のついた地名はそれこそ全国津々浦々、数え上げたら夜が明ける。

 それだけ弁才天への信仰が厚い民族の土地という事だ。

 サラ様は水の女神でもあるから、水に恵まれたこの地の人には馴染み易いのか

 も知れないな。

 つまり、この国はサラ様のお膝元のようなものだ。

 神が最もその力を発揮出来る場所とも言える。

 だからお前はここへ落とされた。

 この島国の中にいる限り、お前は決してサラ様の掌中からは逃れられない上、

 どんなに足掻いてもお前にかけられた封印が弱まる事はないだろうよ」


「なら、俺の力はずっと戻らんのか?」

「サラ様に許してもらえるまではな」

「それはいつだよ、あの女はどんくらい気が長いんだ?」

「全てお前次第だ。

 お前が真人間になって、自分がこれまでしてきた非道の数々を詫びて罪を悔い

 改めれば、あるいは早くに許されるかも知れないぞ」

「ヘン、誰があんなヘボ神に頭下げっか。

 絶対負けにゃーぞ。

 死んでも願い下げだ」


 (わがままだなぁ、意地張らないで謝っちゃえばいいのに)


姿は女になってもプライドの高い男の気質は失っていないのが、姚子にはよく理解出来ていない。

たった一回頭を下げて謝るだけで、物事が意図しない方向へ進むのを回避出来るとしても、そのたった一回の謝罪を矜恃が許さない。

なんて非合理的なプライドなんだ。

だから、男達は揉め事を起こしてはすぐ争う。

何の得にもならない、或いは結果として損をすると分かっていても決して譲らない。

そんな、不和の種にしかならないプライドなんか、さっさと捨ててしまえばいいのに。

どっちにしても、物凄く厄介なのが隣りに引っ越してきてしまった。


 (神・・・、疫病神?)


                                                  <続>



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