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3.また会った!


  3.また会った!



あの日から、姚子の頭の中に一人の男の影が棲みついた。

もちろん、あの墨松子という超美青年の麗しきお姿を置いて他にない。


あんな目の保養男は未だ嘗て見た事がなかった。

歌って踊るアイドルグループも、イケメンスポーツ選手も、ヴィジュアル系バンドのリードボーカルも霞んでしまう。

これで彼等は失職間違いなしだ。


今まで、自分がそんなに面食いだとは考えてもいなかったので、この感覚は初めて経験するものだと認定出来る。

そこに戸惑いがないとは言えないが、あれに比べてしまうと、その辺りにいる世間の男共などは、川で芋を洗っている山猿か何かの同類にしか見えなくなってしまうのだ。

たった一度会っただけだから、特別に恋愛感情めいたものが芽生えたという自覚はないものの、出来る事ならもう一度会いたい、会ってみたいという気持ちは薄れず持ち続けていた。

あの顔なら、見ているだけでご飯3杯はいける。


よもや、それが現実になる日がやってくるとは・・・。


その日の夕刻、姚子がいつものように学校から帰宅した時、隣りの空き家の前に一台の2トンクラスのパネルバンが停まっているのが目に入った。

 (あ、誰か引っ越してきたんだ・・・のかな?)

漠然とそう感じた。

どんな人が来たんだろうかと考えながら自宅の玄関を開けようとしていると、垣根の向こう側からどこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「おみゃあなんだよ!

 住む所見つけたって言うから来てやったのに、こんなボロ屋じゃにゃあか。

 しかもわざわざ自分の荷物まで持ち込みやがって、ってその前に掃除くらい

 しとけよ!」

「つべこべ言うな、お前も早く運べ。

 ぐずぐずしていると日が暮れるぞ」

「おみゃあ、言うに事欠いて、神仙ともあろう者がか弱い女に荷物運ばせようっ

 てのか」

「都合のいい事ばかり言うんじゃない。

 お前の為に探した家だぞ」

「だったらもっと気の利いた家探せよ、この役立たず」


 (この声・・。

  この前の家出娘・・・とあの人だ!)


その家は、周囲を垣根に囲われている上に、敷地内の柿やキンモクセイなどの木々が視界を遮り、家屋のとりわけ一階部分を外から直接見るのは難しい。

たまらず近付いて垣根越しに覗き込んだ姚子は、そこに人影を見て思わず声を上げた。

「あ、やっぱり!」


それに気付き、家出少女も即座に反応した。

「あ!、おみゃあベン子のニセモノ!

 また出やがった!

 なんでここにいるんだ!」

「なんでって、私ん家だもの」

「なに!?、このボロ屋はおみゃあの家だと?」

「違う!、隣りよ!」

「なぁにぃっ!?」


少女は、仰天して円らな眼を更に大きく見開き、すぐに振り返って家の中にいる男に向かって怒鳴りつけた。

「おい!、コラッ!松子!

 どうなってんだ!、なんでよりによってベン子の隣りなんだ!」


どうにもこの少女の口の悪さは度が過ぎると感じた姚子は、窘めるように強く否定した。

「ベン子じゃない!、姚子です」

「ヨウコ?、ベン子ヨウコか?」

くるる姚子!

 じゃあ、あんたの名前は?」

名を聞かれて、途端に少女は答え難そうに視線を逸らし、声を細めて嘯く。

「ア、アラン・スミシー・・」

「アラン?、外国人?」


姚子が首を傾げると、墨松子が額の汗を拭いつつ家から出て垣根の方に近付いてきた。

「こら、嘘をつくな。

 そいつの名前はキョウトだよ」


 (ひぇー、やっぱりカッコいいぃ)


「やあ、こんにちわ、この前会ったね。

 隣りに住んでるの?」

「は、はい、こ、こんにちわ・・」

「今日からお隣りさんだよ。

 僕は墨松子、よろしく」


松子のクールな笑顔に絆されつつも、この二人の一風変わった名前は、喉に支えた魚の小骨のように姚子の心の中を揺さぶった。

「キョウト・・、ってあの京都ですか?、舞妓とか嵐山の」

「違うよ。

 皎侠兎と書いてキョウキョウトと読むんだよ」

「東京都?」


姚子のあまりに間の抜けた反応に、愚弄された感の侠兎という名の少女が怒り出した。

「はたくぞおみゃあ!、どこの親がそんな名前つけるか!」

「だって変なんだもん」

「うっさい、ベン子のくせに人の名にケチつけんな」

「ベン子じゃない!」

「おいマツコ、もう帰んぞ。

 こんな所に用はにゃあ」

「マツコって呼ぶな、妙に豪華に聞こえるだろ。

 帰るってどこに行く気なんだ」

「知るか、バカベン子の横になんか住めるか」

「言っただろ、ここは気の流れがいいんだ。

 だからここに決めた。

 隣りが誰かまでは考えてなかったが、これも何かの縁だろう、そう思って観念

 するんだな」

「た、確かに・・、気の流れは悪くにゃあな・・・」


 (気の流れ?、って何?)


ここで、墨松子は姚子に尋ねた。

「そうだ、姚子ちゃん知ってるかな、この家の事」


問われて姚子は、自分の知る範囲の事を話した。

その家には、姚子が6歳の時に一家で越してくるよりも前から、一組の老夫婦が住んでいた。

とても穏やかで仲の良い夫婦で、幼い姚子はいつも遊んでもらったりするなど家族ぐるみで親しくしていたし、よく夕食のおかずをお裾分けしてもらったり、しばしば食卓を共にする事もあった。

それが、2年ほど前に夫が老衰で死去すると、妻は離れて暮らす息子家族と同居する事になって引っ越してしまい、以来そこはずっと空き家になっていたのだった。


「ふむ、特に何かある訳ではないのかな」

「あの、なにか・・・」

何をそんなに気にしているのだろう。


 (まさか、心霊現象・・・・、なんて言わないよね)


自分の住む家のすぐ隣りでそれは怖過ぎる。


聞けば、この家の敷地は他と違って気の流れが良いのだと言う。

その理由が知りたいそうなのだが、気の流れがどうとか言われても、何がどう違うのか姚子には皆目分からない。

考えた事もなければ気に留めた事もないし、当然ながら実感した事もない。

 (パワースポット?、まさかここが?)


改めてそう言われてみて、思い出した事が一つあった。

「あ、もしかしたら・・・」

姚子は、それが関係するかは分からないと前置きして、いつだったか両親から聞いた記憶のある話を始めた。


彼女が今住んでいる家とその隣家がある場所は、元々は別れておらず、一軒のお寺が建っていた土地だった。

その為か、他のご近所とは数十メートル離れていて、杉や楓、松などの樹木が周辺と隔絶するように生い茂っている。

なぜ、そんな所に姚子の枢一家が住んでいるのか。

別に宗教に関係する家系ではない。

理由は、数えて数代前の母方の先祖の話に遡る。


先祖は農民で、ある日自分で開墾した畑を耕している時、偶然一つの古い壺を掘り出した。

中身は土が詰まっているだけの、ただの薄汚れた壺だった。

何の価値も無さげに見えたのに、それがひょんな事から古美術商にけっこうな値で買い取られた事に驚くと共に味を占め、あげく陶器や茶道具の売買にのめり込み、結果一代でそこそこの財を成したという。

ある時、とある所に住職も檀家もない朽ちた廃寺がある事を知った先祖は、その境内の土蔵に値打ちの品が所蔵されているに違いないと勝手に睨んで、その土地をまるごと買い上げた。

結局、土蔵にはたいして高価な物はなかったそうで、先祖は土地以外の遺産を残す事はなかった。


子孫はそこに家を建てて暮らしていたが、古物趣味を継承した人はいなかった。

いつしか寺の本堂や土蔵等も取り壊し、経済的な理由もあって土地の一部を切り売りしたのだという。

そして近年、一人で暮らしていた親戚の人が亡くなると、他に誰も住む人がいなくなって親族は持て余すようになり、残りの土地も全て売却しようと考えるようになった。

ちょうどその時、姚子の父親が転職を機に引っ越す事になり、幸い勤務先に近い事もあってここへ転居してきたという訳だった。


話を聞いた墨松子は、かなり興味を抱いた様子だった。

「という事は、寺の本堂があったのは姚子ちゃんの家の側なのかな?」

「さあ、そこまでは分かりませんけど」

彼は、垣根を廻って姚子の家の玄関前までやってきた。

「なるほど、こっちの方がずっといい気がするな・・・、さっきは気付かなかっ

 た。

 この気の流れは、昔あったという寺の影響だね」

「そうですか?」

「寺が無くなって随分経つんだろうけど、しっかり残ってるものなんだね」

「何か違うんですか?」

「そうだね・・・。

 例えて言うなら、冬の太陽かな」

「は?」

「冬は寒いのが当たり前だけど、それでも天気のいい日に陽射しの下にいると、

 次第に体の中がじんわりと暖かみを感じてくるだろ。

 その感覚に近いかな、分かるかい?」

「全然、です」


姚子はまるっきり分からないが、彼には確実に何か感じるものがあるらしい。

「この気は・・・、マヘンドラ様だったのか」

「マヘ?」

「帝釈天と言えば分かるはずだね」


 (いやぁ、そう言われても・・・分かんない)


「か、神様の名前が分かるんですか?」

「まあね。

 ご本尊が何かは分からないけど、帝釈天の加護を受けた寺だったのは確かだね」


 (この人は一体何者?

  お坊さんには見えないけど、なんかそっち方面には詳しそうだし、カッコ

  良過ぎるし)


「なんで?」

「なんで、か・・・」

松子が見せた含み笑いは、姚子の好奇心を刺激した。

「そういえば、この前会った時、シンセンとかなんとか言ってたような・・」

「そうだね、僕は神仙だよ」

「神仙って何ですか?」

「まあ、平たく言えば仙人だね」

「仙人!?」

 (うぉー、訳の分からん事を言い出したぁ!)


「って、山奥に一人で住んでる長い白髭のおじいさん?」

「ハハハ、まあ、一般的なイメージとしてはそんなところだろうね。

 修行にはたいそう時間がかかるものだからね。

 でも、全部が全部そうとは限らない。

 一言で仙人と言っても千差万別なんだよ」


姚子は迷った。

仙人などという現実味の無いお伽噺のような事を言われても、素直に信じられる話ではない。

急な話なので、まともに聞いていいのかも分からない。

しかし、端から嘘を言うような人にも見えなければ、霊感商法的な人とも思えないし、カッコ良過ぎるし・・。

ここで自分を誑かしたところで何の得にもならないのだから、疑う理由もないのかも知れないが、信じるには話が突飛過ぎる気もするし・・・、でもカッコいいし・・。

要するに、嘘っぽいけどカッコいいので信じたいが、信じるには根拠が足りなさ過ぎると思った。


そこへ、ひとり残されていた侠兎が、つまらなそうな顔でやってきた。

「おーい、マツコー。

 腹減った、飯食わして」


もしかして・・・、姚子はつい松子に尋ねた。

「この人も仙人?」

「いや、これは神の眷族だよ」

「神!?」


 (神?、神って、神様の事?)


話が変な方向へ動き出した。


                                                  <続>



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