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1.つまずいたら


  1.つまずいたら



−−−あなたは神を信じますか−−−


 私は信じない。

 神なんて、この世のどこにもいない。

 神の御業と言うけれど、それはただの自然現象、物理現象なんだ。

 とりわけ人の手の及ばない、人の力ではどうにもならない出来事をそう呼んだ

 だけ。

 悔しい事、悲しい事を誰かのせいにしたいから。


 人間が、自然の全てを制御しようなんて考えないように創ったもの。

 人間が人間を制御するために創ったもの。

 だから、私は信じない。

 神なんて、この世のどこにもいるはずないんだから・・・。




それは、姚子ようこのこんな一日から始まった。


その日、姚子は学校の帰り、自宅の最寄り駅では電車を降りず、一つ先の駅まで足を伸ばして隣町で買い物をしようと思っていた。

隣町の方が人口も多く、駅前付近には様々な店舗が充実しているので、何か買い物がある時は決まってそうしていた。

特別な事ではなく、よくある日常的な行動のひとつ。


ただ、その日はなぜか、いつも以上に時間が経つのが早かった。

普段は、学校帰りはなるべく余計な時間はかけず、誰かと連れ添ったりもせず、目当ての物を買った後はすぐ帰宅するように心がけていた。

ひたすら欲しい物だけを買って、用が済んだらすぐ帰る。

休日の外出とは根本から異なるのだ。

無駄に金を使ったり、予期せぬ危険に遭う確率を減らす意味でも、そうするのが賢明だと思っていた。

だったはずなのに、その日だけはいつもと違った。


なぜ、その日に限ってそんなに寄り道ばかりしてしまったのか、それは彼女自身にも分からない。

今日は気分がいいからのんびりゆっくり買い物しよう、などと思った訳でもない。

ただなんとなく。

誰にも左右されない、催促も抑制も誘引も迷惑も被らない、勝手気ままに気疲れもせずに過ごせる時間が欲しかったのでもないし、自分の意思だけで動ける自由を満喫したかったのでもない。

初めから一人なのだから、そんな希望は無意味だ。


強いて言うなら、敢えて普段と違う行動を取る事で、ちょっと大人になったような気分に浸る、背伸びしてみたくなるとでも言えばいいだろうか。

意図した訳ではなくとも、そういう感覚を覚える一弾指があったのは事実だった。


CDショップで大して興味もないジャズのCDを試聴してみたり、買う気もないのに家電量販店をうろついて、店員にHDMI規格の理解不能な説明を聞かされたり、雑貨店でガラス工芸品の繊細な細工にうっとりしてみたり。

はたまた、そぞろ歩いた路地裏で見つけた、ひっそりと佇む一軒の小作りな喫茶店になんとも言えないノスタルジーを感じ、その時代を超えたセピア調の雰囲気に惹きつけられて、ついまったりしてみたのがいけなかった。


それが乗じて、自分の部屋でも少しでもその空気を再現すべく、洒落た卓上のランプシェードでも探してみようかと、今までは素通りしていたアンティークショップに立ち寄ってみる。

そこで、店内に並ぶ数々の調度品を見て、それが醸し出す一種独特な味わいというか古風な趣きに浸っているうちに、次第に謂われのない虞を感じ、徐々に現実の感覚を取り戻していった。


 (もし、こんなのが部屋にあったら、夜中に何か変な事が起こるかも・・・)


途端に購買意欲が失せる。

同時に、心の中を隙間風が吹いた。

その場の雰囲気に流されてしまった自分に落胆した。

自分には、元からアンティーク趣味なんてない。

買った時はそれで満足かも知れないが、必ず後で後悔する事になるだろう。

一時の気の迷いで散財せずに済んだんだからこれで良かったんだと、強引に自分を納得させようと試みる。

魔が差しただけなんだ。


こういう時、一人でいる事の淋しさを実感させられる。

考え過ぎなのは分かっている。

でも、それを指摘してくれる誰かがいるといないとでは、その後の精神的安定度が違う。

笑い飛ばしてしまえば、すぐに忘れてしまう事が出来るのに。

こんな感覚を味わうのはいつ以来だろう。

小学生の時、一人で留守番をしていて、デリバリーのピザを注文して食べきれなかった事があったのを思い出す。

食卓の上で無為に冷たくなっていく食べ残しを、後悔しながらただ眺めていたあの日も感じていた感覚だ。


 (変な夢見なきゃいいな・・・)


ちょうどそこへ、帰宅が遅い事を心配した母親から電話がかかってきた。

時計は午後9時に近かった。

朝、出かける前に、帰りは少し遅くなるとは伝えておいたにしても、いくらなんでもさすがに遅過ぎると叱られるのは仕方がない。

姚子は、今からすぐ帰ると返事をして店を出た。


少し慌てていたせいで、運悪く店先で通り掛かった人と軽くぶつかってしまった。

「あ、すいません」

謝りながらチラッとその相手を見て、不安が過ぎった。

 (うわ、ヤバそう)


若い、ブルゾンを肩からずり下ろして羽織ったストリート系ファッションで、夜だというのにサングラスを外さない、いかにもって感じの男3人組。

そのうちの一人、ぶつかった男が声をかけてきた。

「おう、ちょっと待てよ彼女。

 痛ぇじゃねぇか」


「すいません」

「一緒にカラオケ行こうぜ、なら許す」

「い、いえ、結構です」

「んだよ、そっちからぶつかっといてその態度はねぇだろ」

断ったら因縁をつけてきた。


 (そんな見え透いた誘い方で、のこのこついて行くヤツがどこにいる)


無視したいが、自分からぶつかった手前もあるし、かといって上手くあしらう術も知らない。

剣道の有段者ではあるので、竹刀でまともに立ち合って負ける気はしないが、手荒な事をして加害者になるのも嫌だ。

煩わしい事に余計な時間をかけたくないと思った彼女は、その場から駆け出した。

「あ、あの、すいません、急いでますので」

こういう場合は逃げるに限る。


 (あ〜あ、こんな事ならいつもみたいにすぐ帰るんだった・・・。

  で、なんで追っかけてくるのよぉーーっ!)


男達がダッシュしてくる。

「待てや!、おい!」


 (ひえー怖いよぉー)


追いかけられ、更に焦った姚子は、少しでも早く人通りの多い駅の方へ戻ろうと、目の前にあった路地を曲がった。

近道のつもりだったのに、あいにくと運悪く、その先は袋小路になっていて行き止まりだった。

あ、やばい、と思った瞬間、路上にあった何か白っぽい物に蹴躓いてその場に転んでしまう。


硬い物ではなく、比較的柔らかい物だったが、それが何かは暗い上に気が動転していてよく分からない。

男はすぐに追い付き、彼女の腕を鷲掴みにして言った。

「逃げるこたぁねぇだろ、俺達はただカラオケ行こうって言ってるだけだぜ。

 カラオケ行って飯食って、それだけだって」


 (そんな訳ないだろ)


男が力をいれて姚子の腕を引き寄せた時、足元の白っぽい物が少し動いたと思ったら、いきなりもの凄いスピードで拳が出てきて男の顔面を直撃した。

ガツンというかブシュッというか、鈍い音と共に、その衝撃で男はアスファルトに倒れ込む。

仰天する姚子。


 (う、動いた・・・何?)


「うるせぇな、てめぇら」


 (しゃ、しゃべった・・、しかもこの声、女の子?)


姚子が足を引っかけた白い物は、ジャージっぽい服装の一人の女の子だった。

なんで、こんな人通りのない細く薄暗い路上に女の子が、しかも何故に寝転がっていたのか。

不思議に思う間もなく、事態はここから目まぐるしく一気に動く。


「んだこらっ!」

血の滴る鼻を押さえて、怒りを露わにする男がその子に掴みかかろうといきり立った。

が、突如硬直して動きを止めた。

少女の足の方が、先に男の股間を蹴り上げていたのだ。

男は声も出せずに、股間を押さえてその場に蹲るしかなかった。

それを見て驚いた男の仲間達は、少女を押さえつけようと寄ってきて腕を伸ばしたが、その子は目にも留まらぬ速さで男の手を掻い潜ると、間髪入れずに鉄拳をお見舞いする。

しかも、次から次へと。


外燈もない裏路地なので判然とはしないながらも、その子の俊敏さと攻撃的な姿勢は目を見張るばかりだ。

こんな暗い中で、相手の動きが見えているとでもいうのか。

いや、読めているとしか思えない。

猛り狂ったように、3人の男を相手に狙い澄まして急所だけを的確に、そして執拗に攻撃し続けている。

一人などは見事に顎をクリーンヒットされたらしく、一撃で完全に失神してしまったようだし、路上に転がって呻く別の男に対しても、相手が戦意喪失しているにも関わらず何度も股間を蹴り飛ばしていた。

もう一方的にサンドバッグ状態。


強い、強すぎる。

その強さと激烈さは半端ではない。

残酷なまでに暴力的な姿に、姚子は座ったまま呆気に取られてただ眺める事しか出来ずにいた。


 な、何この子、ホームレス?

 しかも、なんでこんなに怒ってんの?

 もしかして、私を助ける為?

 でもなんでこんな徹底的?

 相手はもう伸びちゃってるし・・・。


いくら人助けだからとはいえ、なにもそこまで過激に叩きのめす必要はないのではないか。

過剰防衛にも程がある。

警察沙汰にでもなったら釈明のしようがない。


姚子は、そろそろ止めた方がいいと考えた。

このまま放っておいたら、相手が死ぬまでやめないような気がしてきた。

「あ、あの、もうその辺で・・」

すると、くるっとその子が振り返った。

パッチリした目で睫毛が長い、ショートカットがよく似合う少女。

かなり機嫌が悪そうだが、パッと見で童顔の可愛らしい顔をした少女だと分かる。

とても、こんな粗暴な性格には見えない。


「おみゃあも仲間かぁっ!」


 (え?、えええっ?、私も?)


この子は姚子を男達の仲間だと思っている。

助けた訳ではなかったのだ。


 (ヤバい、この子勘違いしちゃってる)


姚子は焦った。

すぐに誤解を解かないと、自分もズタボロにされかねない。

でも説明してる間がない。

女の子が拳を振り上げて迫ってくる。

ところが、その子は、目の前まできて姚子の顔を見ると、瞬時に動きを止め態度を豹変させた。

「お、おみゃぁは・・・!」


少女は驚いたような、また焦りにも似た表情を見せたと思うと、その顔がどんどん血色を失っていくかに見えた。

そして、二三歩後退りすると、踵を返して脱兎の如くに走り出し、そのまま住宅街の隙間の闇に消えて逃げて行った。


 (なに?、なに?、何があったの?、あの子誰?)


女の子は姚子の顔に見覚えがあるふうだったが、姚子には全く心当たりがない。

これはどういう事なんだろう。

あんな子は今まで一度も見た事がないし、会った事もないし、話に聞いた事もない。


一体、誰なんだろう。


                                                  <続>



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