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女奴隷に氷の花が咲いた時  作者: 武藤夏
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【8章】調査開始・カイの挑発

8章 調査開始・カイの挑発

 

 天井全体がステンドグラスになっており、昔日の神話の絵が描かれた床を照らしている。天井まで埋め尽くす白亜の本棚と共に屹立するのは、ドラゴンや妖精などの銅像だ。銅像は光に照らされ、どこか荘厳で近寄りがたい神秘的な雰囲気をもっていた。

 いつ来ても、皇宮の図書館はどこか神々しい。

 グリックラン皇国で一番の蔵所がある威厳からなのかもしれないが、数多くの本がびっしりと本棚に陳列し、古い本の匂いがする。

 コナツは図書館の中に入り、何列か本棚の間を見て回った。彼がいるはずだが、図書館の中は広すぎる。2階分吹き抜けになっているくらいの広さなので、彼を探し回るのも疲れる。


(どこなのよ、クロノスは···)


 クロノスの姿を探し、コナツは小さく息を吐いた。


「コナツ様、私、クロノス様をあっちに行って探します、です?」

「そうねぇ。いないしねぇ」


 セゾンを後ろに従え、コナツは周囲を見回した時ーーー。


「みっ!」


 ふくらはぎに何かが当たると同時に、猫のような声がした。

 前を見て歩いていたが、自分の膝下ほど低い所に生き物がいるとは言わなかった。


「わっ、ごめん!気が付かなくて蹴っちゃった!」


 慌ててコナツはしゃがみこみ、膝下にいた生き物と目を合わせる。茶色の猫かと思ったが、ブンブンと不機嫌そうに振られる尻尾があるそれは、2つの足で人間のように立っていた。本を運んでいたようで、コナツにぶつかったせいで本が落ちてしまっていた。


「あれ?ピロス?ごめん、踏んじゃった?」

「みー、痛かったァ」


 猫のようなピロスは不機嫌そうに鳴きながら、人語を喋った。足を持ち上げ、痛い痛いと鳴いている。踏まれたことのアピールだろう。

 猫のようだが、間違いなくピロスである。猫に似たピロスは、コナツの膝をポンポンと叩き、手を近くの本棚に向けて指さした。


「クロノスだったら、こっちィ。僕知ってるゥ」

「クロノス?そこにいるの?」


 猫に似たピロスが指さした方向に歩いて行くので、コナツも後に続いた。ぴこぴこと歩く猫に似たピロスが歩く様は何だか可愛らしい。


「小猿、来たのか」


 ピロスが案内してくれた本棚の列に、クロノスはいた。窓辺に腰掛け、彼が座る脇にはすでに本が重なっている。

 ぎらりと彼に睨まれた時、後ろのセゾンがびくりとした気配がした。


「···誰が小猿よ、誰がっ」


 コナツは、クロノスのいつも通りの対応に慣れていた。


(リオ様といない時は、こいつはより偉そうだなぁ)


 リオといる時、彼はかしこまっている。リオがいくら優しくても、皇帝の手前偉そうにはできないのだろう。


「貴様、ケット・シーにぶつかって足を踏んだろう?子猿のくせに重くて、痛かった」

「ケット・シー?その子?」


 コナツは、クロノスの足元に戻るケット・シーと呼ばれたピロスを見た。当然のようにケット・シーはクロノスの横にぴったりと寄り添う。


「あぁ、ケット・シーはウェールズ連邦に生息するピロスだ。人の言葉が話せる」

「ウェールズ連邦の···」


 皇宮で、タラコス以外で人の言葉を喋るピロスを初めて見た。

 クロノスは自らの足を撫で、ふんっと鼻を鳴らして睨んできた。怜悧な顔に表情はないが、怒っているようにも聞こえる口調だ。


「何?魔術師ってそんなことまでわかるの?」


 コナツは訝しげになる。

 クロノスは、自分がケット・シーの足を踏んだ所を見ていないのだ。だが、彼が撫でたのはケット・シーと同じ左足だった。


「違う。こいつを操るのに使役魔術を使っていた。使役魔術は、使役するピロスが傷つくと、魔術師の同じ場所が傷つく。踏まれると、同じように踏まれた場所が痛むんだ」

「へー、使役魔術。便利そうねぇ」

「便利だが、リスクはある。使役するピロスが殺されたら、死ぬからな」 

「···物騒ね、それは」

「仕方ない。我々魔術師は、魔法が使えるピロスとは違うんだ」


 悟りきったように、クロノスは言った。

 人間が魔術を使えるには制限もあるし、使役魔術には命を失うリスクもある。個体にもよるが、自由に魔法が使えるピロスとは違うのだ。


「しかし、氷の花については良い情報がないな。氷に関連して広域魔法が使えるピロスに関してもない」

 クロノスは自身の脇に置いた本を軽めに叩き、手を置いた。コナツはクロノスに近づき、並べられた本を見た。全世界の、人間に確認をされているピロスが掲載された本ばかりだ。コナツはその中の1つを手に取り、ぱらぱらと広げて見た。


「魔術でもありえないの?氷の花を咲かせるようなやつ」

「ない。あったらもう皇帝陛下に進言している」


 そんな魔術が存在していたのならクロノスよりも先にパパドポロスが進言しているかもしれない。

 本をめくっていると、河童やタラコス、ケット・シーについても掲載されている。河童やタラコスのイラストはどこかおどろおどろしく、ピロスが見えない者が見れば怯えることだろう。


「まだ図書館全部の本を調べられていない。図書館の本は膨大だ。どこかに良い情報があるかもしれない」

「ぜ、全部!?そんな悠長にしてられないでしょっ?」


 大声を発すると、コナツ様?とセゾンが遠慮がちに訊いてきた。クロノスはさして気にしていないようだったが、気が遣えるセゾンからしたら今のコナツは冷静には見えなかったのだろう。


(この図書館の本全部調べてたら、あたしは死んじゃうわよっ···!)


 クロノスは地道に調べるつもりのようだったが、約29日間で図書館の膨大な本に目を通せる自信はない。


(こいつは絶対本全部に目を通す···こいつはそういう奴よ···っ)


 1年、クロノスとはリオの側近をやっていてわかる。彼は愚直なほどに真面目なのだ。

 コナツは自分のためにも、図書館の本を全部調べるのを止めることに決めた。


「ねぇ、がむしゃらに調べるよりも先に、患者に会いに行ってみない?患者のことを調べれば、何か共通点が見つかるかもしれないし、患者を直接見るのも大事だわっ」

「何?」


 コナツは明るく提案をした。至極真っ当な理由を提示したつもりだが、クロノスは真顔だ。あれ、自分の意見は駄目だったかと思いかけたが、クロノスは自分をジッと見た後に頷いた。


「なるほど、それは良い案だ」 


(···わかりづらいわよね、無表情だから)


 彼はいつも無表情だからわかりづらく、自分を猿と言いながらも、自分が出した意見を吟味はしてくれる。意見は尊重してくれる彼を、コナツは嫌いではないし、憎めもしなかった。


「じゃあ、患者を調べて会いに行きましょう。確か帝都にも患者が出ているから、すぐ会いに行けるわ」


 コナツは本を閉じ、くるりときびすを返そうとした。


「お、兄さんの側近2人じゃないか」


 クロノスに背を向けた時、コナツは前にいる人物にギョッとした。


「カイ様···っ!」


 セゾンが、叫んだ。

 自分とクロノスも驚いてはいたが、声に出すよりも先に頭を下げる。

 カイは、皇帝の次に地位がある権力者だ。皇帝の側近である自分達はただ頭を下げるしかない。セゾンも叫びながらも、自分たちを見て慌てて頭を下げた。


「カイ様、どうしてこちらに」

「どう?氷の花の病、解決できそうかな?」


 クロノスが言いかけたが、カイは無視をして言った。

 彼は薄い笑みに、探るような目つきをしていた。自分たちが何をしているかと推し計るよううな雰囲気をまとっている。


(何しに来たのよ···っ、軍の宰相が···)


 リオの意見に反対をするカイを、コナツは快くは思えなかった。彼がリオと半分は同じ血が繁っているとも、信じられない。


「まだ手がかりもなく···」


 コナツは正直に答えた。カイは自分が触っていたピロスの本を手に取り、眺めた。ぱらぱらとページをめくり、視線を本に集中させる。


「大して死者の数は出ていないんだ。兄さんの側近2人が悪戯に時間を使う案件ではないことだろうに、君達は余程暇らしい」

「···皇帝陛下から命じられたのですから、どんな案件でも重要です」


 ねっとりとした言い方にコナツがすぐに反応し、言い返す。隣にいたクロノスが「あっ」と小さく零すのが聞こえた。クロノスは真顔だが、コナツを睨む。

 だって、苛立ちを隠せなかったのだ。

 言い返されたカイはコナツを見た。彼はこんなことでは怒らない。リオと会議の時で意見が食い違う時も、絶対に怒らない男だ。


(死者が出てるのよ?数は重要じゃないっ)


 リオだったら、どんなことでも「大して」なんて言い方はしない。


「顔をあげて」


 頭を下げていたコナツに、カイの言葉が降りかかる。言われた通りに顔を上げようとしたのに、強引に顎を掴まれた。彼の顔が、近い。綺麗な顔立ちだが、彼の顔が小憎たらしいと感じた。涼し気な顔で、彼は自分の顔を凝視している。


「君は兄さんのお気に入りの奴隷だよね」

「そんなことは、ありません」 


 ―――一応否定はするが、自分の今の地位を特別扱いされていると思う人間はいるだろう。


 先ほどのエレニに仕えていたマーキスも、そう思っているだろう。奴隷という身分ながら、皇帝専属の文官など与えられ、調子に乗っていると揶揄されることもある。

 お気に入りというよりも、リオは優しいから自分に文官という地位を与えてくれたのだとコナツは認識していた。

 カイはフッと自分を見て笑う。嫌な笑みだと思った。軽薄そうで、心の奥底で自分を侮蔑しているような、そんな笑い方だと思う。


「さっきの会議で自分から名乗りあげて挙手していたけれど、そこまでしなくても良いんじゃないかな?兄さんの気を引きたくても、もう無駄だろうからね」

「···何のことでしょうか?」


 途端に、息苦しくなるような衝撃を与えられたようだった。

 カイが言っている意味を、自分はリオの傍にいてありありと感じていることだ。気を引きたいと思っている訳ではない。


 自分は無意識に、リオのことを想っているだけだ。

 誰にも暴いたことがない気持ちを無理矢理に曝け出されたようで、顔が熱くなった。


(気を引きたくても···?あたしの気持ちに気づいている?)


 彼の細い手を離され、コナツは信じられないようにカイを見つめた。カイは自分を一瞥すると、くすりと笑った。自分の中に沸き起こった恥さえも嘲るような笑い方に、コナツの指先が震える。


「兄さんのためにも、少女たちの命をはやく救ってあげてね」 


 カイはあえて明るく言い、自分達の前から姿を消した。

 明るく言うことで嫌味ではなくなると思ったのだろうか?自分には嫌味にしか聞こえなかったし、彼に植え付けられた恥も消えることがなかった。

 彼に知られているというだけで嫌気がさすし、誰かに気持ちが知られているということは気持ち悪い。


「子猿、皇帝陛下から言われているだろう。短気すぎる」

「···リオ様に敵対する奴、嫌いなのよ」

「口を慎め」


 クロノスは至極まっとうなことを言っている。コナツだってわかる。彼は皇帝の次に偉い立場の人間なのだから、言い返すことなどあってはならない。それでもコナツは言い返さざる得なかったのだ。


「カイ様の仰る通りだ。皇帝陛下のためにも、早く解決しなければならない」

「···ええ、その点はそうねぇ」


 クロノスはカイが言ったことを特に嫌味と感じていないようだ。早く病の解決策を探すということだけを抜き取って、カイの言う通りだと言っているのだろう。


「カイ様、皇帝陛下のこと、お好きじゃない、です?」


 セゾンが、言った。自分とカイのやり取りを見て、セゾンは心配したらしい。しかしカイの美形に見惚れたのか、少し顔は赤らんでいた。


「どうして、そう思うの?」

「噂、です」


 会議ではいつもリオの言うことに反論しているし、仲が良いように見えない。カイがリオのことを好きではないという噂があっても、不思議ではない。


(それに、他の兄弟は骨肉の争いで死んでる訳だしねぇ)


 皇位を争って死んでいった皇子たち。島で育ったリオと違い、唯一皇宮で生き残ったのがカイである。


「カイ様は、皇帝になりたかったのかしら?」

「不敬だな」


 スモリペン島から来たコナツには、わからない。元々クロノスは魔術師軍に所属していたため、先帝の時代からも皇宮に勤めている。骨肉の争いをしていた皇子達の姿も見ているだろう。


「カイ様は、皇子達の中でも皇帝陛下に次いで皇位継承権は望めないものとみなされていた。末っ子だったし、皇后が御産みになられた皇子でもなかったしな」


 側室の子であるということは、リオとカイは一緒である。確か、他国から嫁いできたリオの母親とは違い、カイの母親はグリックラン皇国の侯爵家の家柄だったはずだ。


(島国に追いやられた側室と、その皇子より、家柄や境遇的には自分が皇帝になってもおかしくないと思っているのかしら?)


 7人兄弟の中で島に追いやられたのは、リオだけだ。

 彼は母親がオーブルチェフ帝国の血を継いでいるから、子供を授かるや否や、島に追いやられたのだと聞いている。オーブルチェフ帝国は脅威とみなされているため、その帝室の血を継ぐ側室と皇子を、皇宮に留めておきたくなかったのだ。

 そういう意味では皇宮で育った弟のカイの方が、皇位には近い所にいたのだが――結果的にリオが跡を継いでいる。


(先帝が亡くなり、皇子達も亡くなられた。それにリオ様は与えられたスモリペン島という領地をご立派に治めていた。だからリオ様が皇位を継ぐことになった)


 元々皇帝になることを乗り気じゃなかったリオがやる気を出したというのも、大きく関係している。


(カイ様には、色んな意味で注意しよう。リオ様を危険にさらすかもしれないもの)


 自然とコナツは左肩に触れた。

 皇子時代の骨肉の争いに、リオだって無関係ではなかった。昔のことではあるが、コナツはカイに注意しようと決めた。


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