【6章】氷の花の秘密
6章 氷の花の秘密
暗い洞窟の中に、水滴が落ちる音が響き渡る。
落ちた雫は、でこぼことした地面に水たまりを作る。一定間隔で落ちてくる水滴は水面に波紋を広げた。
陰鬱とした洞窟の中には、誰一人として人間はいない。人間の姿はどこにもないが、動く影はあった。野生の動物でもない。
自分は、その気配を敏感に感じ取る。自分の前に、何かが来たからだ。
(違う)
自分はそれを識別する。
そう、目の前にいるのはーーー。
(あの人じゃ、ない)
自分は目を開かず、感じる。目の前にいるのは、違う。気配だけでわかる。
(あの人は、まだ来ない)
膝を抱くようにして、自分は身体を丸める。手足の先が、”凍るように”冷たい。指先の感覚を麻痺させるほどに手足が冷たい。だが、もう痛みなど感じない。
それよりも、彼のことを待つ自分の心の方が、辛く感じた。
「ルイーズ、今日は、天気がとても良いぞ」
話しかけてくる声は、彼のものとまるで違った。
彼の優しい声音は男らしく、たくましかった。いま自分に話しかけてきた声音は老人のようにしわがれている。毎日のように話しかけてくるそれの声に、自分はいちいち反応はしない
「ルイーズ、皇帝はまだ来ないな」
--皇帝?ずきりと胸が痛む。
痛い。
身体を縛る氷の痛みよりも、その言葉を聞いただけで胸が痛む。
『絶対に迎えに来る。必ず、お前を迎えに』
彼はそう言った。
昔日の約束だった。必ず、と彼は語調を強めて言ったのだ。
自分に、約束をしたのだ。
自分は、待っている。彼はどんな約束も守る人だった。
(絶対に、くる。絶対に、私を迎えに彼は来る)
――短い銀髪の少女の姿は、四肢を丸めて眠る。
瞳を開けることなく、氷の中で彼女は眠っていた。氷は、光が入らない洞窟の中でも美しく存在感がある。美しい氷の脇には、小さなピロスが立ち、氷のことを見つめていた。