東国ヤマトの奴隷少女
3章 東国ヤマトの奴隷少女
東国ヤマトのことは、もう薄らとしか覚えていない。5歳になる頃、自分は奴隷として異国の人間に船に運ばれ、グリックラン皇国に運ばれてきた。
ヤマトで記憶にあるのは、自分の身の回りに優しい友人たちがいたことだけだ。
自分が運ばれたのは、グリックラン皇国の領土内の小さな島だった。自分は四肢を丸めなければならないほど小さな箱の中に入れられていたが、僅かな隙間から外が見えた。
海側に面した建物は磯の風によって風化しており、元々白い建築だったのに汚れが目立っていた。建物の中も老朽化の影響で、白亜の建物が少しくすんで見えた。
どさりと箱が地面に落とされた衝撃。
『皇子への贈り物に、とても珍しいものをお持ちしました!』
当時コナツは言葉を理解できなかったが、自分を運んだ奴隷商人は高らかに言った。
箱が開かれ、太陽の光が自分を照らした。自分はその島国を訪れる前に、雨を浴びさせてもらえるだけだった。そのため髪はぼさぼさで、艶を失っていた。長い航海のせいで髪も伸びっぱなしだ。
『東の果ての国から連れてきた、“ピロス”が見えるという少女です!』
恰幅のいい奴隷商人が、自信満々に言った。
コナツは太い奴隷商人の顔を見上げ、体を縮ませる。
何語なのか、わからない言語。
これからどうなるかわからない不安が、体を硬直させた。
『なによ···なんなのよ···』
コナツは言葉を話すが、奴隷商人は気にも止めなかった。
自分が奴隷として売られたのは、わかっていた。
“魔のもの”が見えることを珍しがられ、親は自分を売り払った。商人は自分を異国の者に売り、また異国の者は港に立ち寄ると、自分を売った。
海を渡り、やっと訪れた土地が、ここだった。
『ここは、どこなの···』
コナツの質問に、答えるものはいない。
『東の果ての国?随分遠くから連れて来たんですね』
箱を覗く影に、コナツはびくりと身体を跳ねさせた。
子供の声だった。コナツは箱を覗いてきた影を見て、目を見開いた。
鮮血を思い出すような赤い髪の子供だった。好奇心旺盛に輝く瞳は碧眼だ。
(え···)
コナツは少年を見て、驚いたのを覚えている。
彼のような赤い髪の人間を、初めて見た。自分とは瞳の色が違い、肌が白い人間は、立ち寄った港でも見かけはした。
(綺麗···)
男か女か、最初は判別がつかなかった。とても子供は美しい顔をしており、声変わりをしていない声音は、少年か少女かわからなかった。
彼が少年であるとわかったのは、服装からだ。身分が高そうな服装は、少年のものだった。年は自分よりも年上で、10歳ほどだろうか。
(とても、綺麗な顔立ちの子)
コナツはつい見惚れてしまった。
今まで見た人間の中で、彼は一番美しい。彼の美貌を前にして、コナツは言葉を失う。
『変わった子ですね。とても可愛らしい』
彼は柔らかく笑い、小さな手を自分に伸ばした。白い手は汚れなど一切ない。
伸ばされた手に、自然とコナツの身体は大げさに反応した。
(何を、されるの···っ?)
恐怖感が、身体を走った。
立ち寄った港では、顎を乱暴に捕まえられた。珍しい毛色の人間だと言われ、髪を乱暴に掴まれ、引きずられたこともある。
咄嗟に弾くようにして、少年の手をバチンッと叩く。
『触らないでっ!!』
コナツは悲痛に叫ぶ。
少年は手を叩かれたことにより、手を引っ込めた。彼は驚いて目を瞬かせる。
『あっ!こいつ···!』
奴隷商人は、コナツの手首を掴んだ。彼の指先が白くなるほどに力強く、コナツは与えられた痛みに顔を歪めた。
(いた···!)
『申し訳ございません!皇子!この猿が···っ』
奴隷商人は声をあげ、怒りの目でコナツを睨み、手を振り上げた。
『猿』という単語は、グリックラン皇国に来るまでに何度も聞いた。意味はわからなかったが、自分に向けられた言葉だということと、侮蔑されているということしか理解していなかった。
(ぶたれる···っ)
コナツは目をつぶって、与えられるであろう衝撃に身構えた。手首を掴む手は力強く、ぶたれても痛いだろうと想像ができた。
『――大丈夫ですよ』
力強い語調で、少年は言った。
ぴたりと、奴隷商人の手が止まる。少年が奴隷商人を静止させるために、手をかざした。
(···この子が、止めた···?)
コナツは言葉がわからないが、彼が短い言葉で奴隷商人を静止させたことだけはわかった。目を瞬かせ、コナツは少年を見つめる。
『大丈夫ですよ。今のは、彼女を驚かせた私が悪かったです』
そんな、と奴隷商人が首を横に振り、コナツを睨んだ。
少年は悪くない。悪いのはコナツだと言いたげだった。
『”ピロス”が見えるなら、一緒に遊べますよね。この子は、私が引き取りましょう』
彼はコナツに手を差し伸べた。
『おいで』
優しい笑みだった。
年に似つかわしくない艶やかささえ秘めた、綺麗な笑い方。
そんな風に笑いかけてくれる人は、自国であるヤマトでもいなかった。そんな風に手を差し伸べてくれる人を、コナツは初めて見ることができた。
(この子は、優しい子なのかもしれない···)
ヤマトから来たばかりのコナツと、少年の言葉は通じない。けれど差し伸べられた手を取るかどうかはコナツの意思に任され、彼は優しく微笑んでいた。騙そうとしている可能性も捨てきれなかったが、彼の瞳に嘘がないようにコナツは感じられた。
恐る恐る手に触れれば、彼の手の温かみが伝わってきた。久しぶりに触れた手は優しく、コナツの心にじんわりと温かさが広がっていく。
ーー彼の優しい微笑みは、今も変わらない。
約11年の時を経ようと、彼が皇子から皇帝に変わっても。
「2人とも、お疲れさまでした」
玉座の間の扉が閉まった時、リオは言った。彼は玉座から立ち上がり、赤い絨毯が敷かれた階段を降りていく。
綺麗な子供だった彼は、美貌の青年へと成長していた。幼い頃は少女にも見えるような美しさだったが、剣や弓などの教育を長年続けたことで、今は体つきも青年としての逞しさがある。
彼と育ったコナツは、彼が青年へと成長していく様をずっと隣で見てきた。
階段を降りていく彼は、碧眼をコナツに向ける。
「コナツは、自分をよく抑えましたね。あなたは怒りっぽいですから」
「···だって、あの大使が無礼にもリオ様に直訴したんです。担当外交官と話すならまだしも、リオ様に直接ですよ···?!」
コナツは口を尖らせ、唸るように言った。眉を吊り上げて顔を顰めるコナツを見て、リオはハハッと笑うだけだ。
彼もまた、コナツが怒りやすいのに慣れているようだ。
「クロノスも、コナツがキレそうになるのを抑えてくれてありがとうございます。良いフォローでしたよ」
「皇帝陛下から、子猿のフォローを申しつかっておりましたので」
クロノスは自分をちらりと見た。にこりともしない彼の冷たい顔に、コナツはムッとした。
「誰が子猿よ···っ!誰がっ!」
まだクロノスとは1年の付き合いになるが、すぐ彼はコナツのことを「コザル」と言う。いつも真顔で言ってくるため、冗談でもないのだろう。
コナツが怒っても、彼はにこりとも笑わない。滅多に笑わない彼を睨むが、すんとした顔をしたままだ。
「居住区の縮小について、必ずやり遂げましょう。バヤンホン国には悪いですが、これからのことを考えるとウェールズとは貿易を復活させたいですからね」
リオはコナツとクロノスの会話を無視し、言った。
そう、先ほどバヤンホン国の大使に貸し出している居住区縮小を言い渡した理由の1つだ。
ウェールズ連邦はグリックラン皇国も過去に戦争をした歴史もある国で、現在国交も途絶えてしまっている。
だがリオは、今後ウェールズ連邦と交流を持ちたいと考えているようだった。
「我が国は、彼等の戦争には中立でありましょう」
リオが考えていることに、コナツとクロノスは首肯する。
「ウェールズ連邦は隣国ですし、南に植民地も多い国です。国交を復興させたら、隣国からの資材の確保も可能でしょう」
クロノスがリオの意見に同意する。コナツも彼らとは同意見である。
遠い国との政治ももちろん大事だが、国交が閉ざされている隣国との付き合いも大事にしたい。特に、隣国であるウェールズ連邦は、南の国の資源を獲得しているのだ。付き合いがあるに越したことはないだろう。
(リオ様は、今までの政治にズバズバ切り込んでいくわよねぇ)
リオは先代の皇帝たちの政治を受け入れるだけでなく、今の国の情勢を考え、革新的に変えていく。
(元々、即位するのも乗り気じゃなかったのにねぇ)
彼は先帝の第一皇子ではない。皇子としての皇位継承権としては、6位という地位だった。彼もまた皇位継承権6位という地位では、皇帝になるなど無縁と考えていたようだ。
だが、彼の兄達が皇位を争って共倒れした結果、6男であるリオが皇帝として即位することになったのだ。
即位の話が出てから、リオは断ると思っていたがーーー彼は意外にも、受諾した。
「さてと···それでは、コナツ」
「何でしょう?」
リオはコナツに向かって、言った。
「彼が持ってきた”ピロス”を見ましょうか」
彼の瞳がきらきらと輝いていたのを、幼い頃から仕えているコナツはいち早く察した。
大使との会談中も、彼は内心そわそわしていたのだろう。
やっと見ることができると、喜んでいる皇帝の姿に、コナツは苦笑した。
プレゼントを無邪気に喜ぶ姿は、少年の頃と変わらない。
「···ああ、楽しみにしていらっしゃいましたものね。でも、まずは検閲をしてから」
「クロノスもいるから、問題ないですよ。さ、ここに持ってきてください」
「えっ?ちょ、ちょっと待ってくださいぃっ!リオ様!」
コナツが止めようとしたのに、リオは聞いてもいない。
国からの贈り物ならば変なものはないだろうが、仮にも皇帝陛下への贈り物だ。一応は検閲し、皇帝に献上して良いものかどうか確認してから皇帝の目に触れるのが一連の流れだ。
リオの声に反応し、玉座の扉のすみに控えていた黒人奴隷が、箱を持ってきた。
1人の小柄な奴隷少女が両手に箱を抱え、リオの前に箱を置いた。
ごん、という音から、箱自体は小さくても、それなりに重いのだろう。
「東国のものと言っておられたましたね。どんな子なんでしょう?」
「リオ様っ···せめて、あたしが開けます!皇帝が御自らそんな···っ」
箱を自ら開けようとするリオを見て、コナツが慌てて階段を降りる。
彼は、木で作られた箱の蓋を開けた。
「おや」
リオは目を丸めていた。コナツも箱の中を覗き込み、彼と同じように目を丸める。
「この“ピロス”は···」
コナツは箱の中で小刻みに震える、ピロスを見つめた。
コナツにとって、それは懐かしいピロスだった。
ヤマトでは、魔のものと呼ばれているが、グリックラン皇国では「友達」という意味で「ピロス」と、彼らを呼ぶ。
ドラゴンや妖精など、魔法が使える不思議な生物のことを、グリックラン皇国では人間の「友達」として扱っていた。
「···ぐぅ」
真緑色の身体のピロスは、弱々しく鳴いた。
その生き物の身体の色は、鮮やかな緑色だ。頭の上にはまっ白な皿が乗り、鳥類を思わせるような黄色の嘴が特徴的である。しかし鳥類なのかと言われれば、両手足の指先に薄い膜が張っており、水辺で生きる生物だということがわかる。両手に収まるくらいの小ささで、丸々とした体躯は愛嬌がある。
「これはこれは···可愛らしい子が贈られてきましたね」
「あっ、リオ様!」
リオが両手で緑のピロスを抱き上げた。小刻みに震えるそれは、黒い瞳でリオのことを見つめている。
「何ていう名前のピロスなんですかね?」
「···多分、これ、河太郎じゃないですか?」
「カワタロウ?」
コナツが言うと、リオは不思議そうに首を傾げた。
コナツは、かつてヤマトで、同じ生物を見たことがあった。ヤマトにいた生物はもう少し細かったと思うが、おそらく同種であろう。
「ぐぅっ!」
「あっ」
緑色の生物は、リオの手から飛び出した。
か細く震えた生き物は、コナツに向かって勢いよく飛ぼうしたようだがーー。
「ぐっ!」
「きゃぁっ!」
コナツは思わず叫んだ。
リオからコナツの体に飛びつこうとした時、緑色の生物に、鋭い電気が走ったのだ。
痛みに緑色の生物は大きく叫び、身を反らせた。
コナツは、自らの胸に飛び込んできた緑色の生物を強く抱きしめた。
電気が走ったせいで、緑色の生物は少し焦げてしまっていた。
(こんなことができるのは···っ)
「ーー危ないじゃないっ!クロノスっ!」
大きく、怒鳴る。
コナツは緑色の生物を庇うようにして胸に抱きながら、クロノスを鋭く睨んだ。
この玉座の間で、突然こんなことができるのは、クロノスしかいなかったからだ。
彼は手をかざし、冷たい目で自分を見据えていた。
「突然、皇帝陛下の手から離れたんだ。皇帝陛下を害する可能性があった」
「それはそうだけど···、可哀想じゃないっ!」
怒鳴っても、クロノスは悪びれてもいなかった。緑の生物が予想しない動きをしたから仕方ないと言わんばかりだが···。
「魔術を使うなら、先に言いなさいよっ!」
コナツは緑の生物を庇い、言い放った。
魔術。
ヤマトでも妖術という不思議な力が存在していたが、グリックラン皇国では総じて「魔術」と呼ばれている。
雷のような攻撃を具現化できることや、ピロスを操ることができる不思議な力を持つ限られた者のことを魔術師と呼ぶ。
クロノスは、皇帝専属の魔術師としてリオに仕えている。魔術師というのは適正を持った人間しかなることができないらしく、今玉座の間にいる臣下達の中でも、クロノスしか魔術を使うことはできない。
「コナツ、クロノスは私を守ろうとしたのですよ。いつも言っていますが、きつい言い方は感心しません」
「だ、だってこのカワタロウが可哀想です。リオ様···っ」
コナツは、緑色の生物を抱きしめながら言った。
「クロノス、私を守ろうとしたことは感謝します。ですが、私はピロスを傷つけることが嫌いです」
「···かしこまりました、皇帝陛下」
クロノスは頭を軽く下げる。
コナツとクロノスに、それぞれリオは強い言葉で言った。笑みは揺るがないが、両者にきつく言い聞かせるような言い方だ。
コナツの怒りっぽい性格は、いつもリオに注意される。
フンッと鼻息を鳴らし、コナツはクロノスから顔を背ける。彼は相変わらず表情がない。
「この生き物は、河童というそうです。親書には東の果ての国から手に入れたと書いてありますね」
クロノスは黒人奴隷から親書を受け取り、目を通しながら言った。
「河童、ですか。先ほどコナツがカワタロウと呼んでいましたが、ヤマトのピロスですか?」
「恐らく、そうでしょう。あたしのいたところでは、河太郎と呼んでましたよ」
こんなに丸っこくなかったと思うけど、という言葉は呑み込んだ。ヤマトにいた河童は細く、無駄な贅肉などなかった。
「この子は、何ができるんですか?」
リオが、河童に手を伸ばそうとした。途端に、河童が小刻みに震え、コナツの胸にひしりとしがみついた。それを見てリオはさっと手を引っ込めた。雷に打たれてショックなのだろう。
「親書によると、助けられたら恩返しをするピロスだと書かれています。特に魔法を使うこともできないピロスのようですね」
クロノスが親書を見ながら説明してくれた。
魔法を使うことができない――そういうピロスも、いることにはいる。
個々のピロスは、ピロスによって特性があり、できることが異なってくる。
クロノスが説明した通り、河童は魔法を使えないピロスなのだろう。
「魔法は、使えないんですね」
「あー、確かに、カワタロウを助けたら魚を贈られたとか、そういう伝承はヤマトでも聞いたような」
コナツは昔、ヤマトで聞いた話を思い出す。
河童は、川に住むピロスだ。特に悪さをする訳でもなく、ただ川に住んでいる不思議な生物という――だけである。罠にかけられ、人間が河童を助けると恩返しをしてくれるという伝承はあるが、特に魔法を使う訳ではない。
「へぇ。人間に恩返しをしてくれるなんて、偉い子なんですねぇ」
リオは優しい笑みを浮かべて言ったが――コナツとクロノスは目を合わせた。
(···何かの役に立つってこともないのね)
ただ珍しいから、かの国は河童を贈っただけなのだろう。特に魔法能力がないピロスを胸に、コナツは息を吐く。リオは気に入っているようだが。
「このピロスを、皇帝陛下のピロス部屋に連れて行くように」
クロノスが、玉座の間のすみにいた黒人奴隷に命じていた。自分も河童を渡そうとしてしまおうとするが――。
「えっ」
命じられた黒人奴隷はギョッとして驚いていた。
「ぼ、僕では、ピロスを見えませんが···」
黒人奴隷はコナツのことを見たが、視点が定まらず、視線を迷わせていた。
魔術を使える者が限られているように、ピロスのことを見える者は、限られている。
魔術師は絶対的にピロスのことを見ることができるが、多くの人には視認することができないようだ。
(あたしは、”見える”けど)
自分とリオは魔術師ではないが、ピロスを視認することはできる。
魔術師や、ピロスを見えない者がいれば、ピロスを見えるけども魔術は使えない者もいる。自分とリオは、ピロスだけが見える部類になる。
「見えなくても連れては行けるだろう。連れて行け」
「あ···は、はい」
クロノスに言われ、黒人奴隷はコナツを見て、怯えた目をしていた。
(···無茶ぶりねぇ、クロノスの奴···)
ピロスを見えない者でも、視認することはできずとも、触れることができる。声を発するピロスなら声を聞くこともできるという。
視認することができない者は、視認するということだけができないだけのようだ。
「あたしがこの子を連れて行くから、あんたはいいわよ」
怯える黒人奴隷を見かねて、コナツは言った。丸々とした河童を抱きしめれば、「ぐぅ!」と河童は声をあげ、ひしりと自分の胸に抱きついてきた。
「ありがとう、コナツ」
リオがコナツに向かって言った。
自分に向けられた手に、コナツの胸が自然と高鳴る。
自然な素振りで頭に手を置かれた。
少年時代とは違う成人を迎えた男らしい手が、自分の癖のある黒髪を撫でる。コナツは昔のように彼の手を跳ねのけるなんてことはせず、彼の手を受け入れた。
「その子は、コナツによく懐いているようですね。よろしく頼みますよ」
「···はい、リオ様」
コナツは高鳴る鼓動をごまかすように、河童を強く抱きしめた。「ぐぅぅ···」と河童が苦し気に鳴く。今のコナツにとっては、河童の鳴き声などよりも自身の鼓動を落ち着かせることが重要だった。
(リオ様)
コナツはリオのことを一瞬見てから、高鳴る鼓動をおさえたくて、急いで頭を下げるとすぐに背を向けた。リオもすぐにクロノスの方を向いたようで、コナツの顔は見ていなかったと思う。
頭を撫でられたくらいで顔を赤くしたコナツのことは、気づいていないようだった。
(リオ様は、すぐにそういうことをする···っ)
頭を撫でるなど、リオにとっては昔からの何てことのない癖である。自分よりも小さい生き物に対して、そういうことをすぐにするのだ。
言い聞かせるようにしながら、急いでコナツは玉座の間から退室した。