【35章】死ぬのなら
35章 死ぬのなら
コナツは、弾かれるようにして目を開いた。
思うように身体が動かないのは、胸の上にタロウが乗っているせいだけではないだろう。胸から流れる血のせいで、身体が重い。
「あ···ルイーズ···」
コナツは横たわった状態で、ルイーズが氷と共に溶けていくのを見た。リオが彼女の氷の前に立ち、溶けていくのを見届けている。
(ルイーズ、あんな臆病なのに、想いを告げられたんだ)
『ありがとうございます、ルイーズ』
ルイーズが想いを告げた時、リオは優しく言っていた。コナツは彼女の中から、その様子を見ていた。
「ぐぅ!」
「た、タロウ···痛い···」
タロウが自分の胸の上から、顔に近づいてくる。苦笑しつつも、遠慮ないタロウの動きに、刺された胸がずきずきと傷んだ。
「コナツ、まだ起きないほうが良いです。今、クロノスに馬車を寄せてもらっています」
リオが近づいてくる。彼の顔からは笑みが消え、何やら焦っているように見えた。
確かにクロノスとセゾンは洞窟にいない。体を溶かしていくルイーズの横にはドワーフがおり、彼女が消えていくのを黙ってじっと見届けている。どことなく、寂しさをはらんだ背中だ。
「コナツ、大丈夫ですか?氷の花は溶けたようですが···」
リオがコナツの顔を覗き込む。彼の美しい顔が近づき、心臓が痛むようだった。胸を刺されているのに、彼の顔は心臓に良くない。
「あ···氷の花なくなったんですね···。そっかぁ、ルイーズが頑張ったおかげでしょうか···」
「···ルイーズが頑張ったとは?」
コナツは力なく笑った。
ルイーズと会話したことをどう説明しようか。夢のような出来事ではあったが、確かに自分の手には彼女にビンタをした手応えが残っている。
「コナツ」
低い声を出され、コナツはびくりとした。リオの手が自分の額に近づいたかと思うと、軽くぺしりと叩かれる。
彼は怒っているようだった。
「な、なんですか。リオ様」
「どうしてコナツは、すぐに動いてしまうんですか。いつも感情のまま動くなと言っているでしょう」
「···ごめんなさい」
以前左肩を斬られた時も、同じように怒られた。優しいリオだが、顔から笑みが消え、低い声を出す時は、相当怒っているときだ。
「あなたに庇われてばかりでは、私が皇帝になった意味がありません。たった1人の少女を守りたくて、私は皇帝になったんですから」
「え、それって···」
どういう意味だろうなどと考えることもなかった。
彼がなぜ皇帝になったのだろうとは前から思っていたが、自分のことがきっかけなのかと、淡く期待してしまう。
彼の瞳は真摯に自分に注がれていた。
「私は、絶対にあなたを失いたくありません」
「···リオ様···」
胸が熱くなる。
リオが自分のことを思い、自分を失いたくないと思ってくれている。
例えそれが恋心でなくても、どうでもいいとさえ思った。
(ここで死ぬのなら)
自分も彼の前で死ねるなら、本望である。
しかし、死ぬ前に、コナツは彼に告げたかった。
怖くても、例え後で言わなければならないと後悔することになっても、自分は今告げたかった。
「あたし、リオ様のことが好きです」
コナツは言った。
彼のことが、好きだった。
だから彼のそばにいると胸の鼓動は高鳴るし、熱を発するのだ。
言葉を口にした時、彼が何も返事がないのが不安になった。洞窟の中は静かで、暫しの間でリオの顔から表情が消えていたからだ。
「あの···好きっていうのは、皇帝だからとかじゃなくて、男性としてですねぇ···っ。あたしは奴隷ですが···いや今は文官ですけれど···っ」
「わかっています」
不安になって口を動かせば、ぴしゃりと咎められた。
口を閉じるが、不安は増していく。
自分は、リオを困らせるようなことを言っただろうか。
「すみません、どう反応して良いのか分からず···まさかあなたがそんなこと言ってくれるとは、想像していませんでした。本当にあなたは昔から、予想外のことをしますね」
(え、リオ様が動揺してるっ···?)
いつも優艶な笑みを浮かべ、余裕なリオが、動揺しているようだった。ルイーズから想いを告げられた時とは違う反応だ。
「リオ様、あたし···っ」
やはり困らせるようなことをしたのだろうかと思った時、自身の唇をすっと塞ぐようにして、リオの唇が重なった。
(···えっ!!)
一瞬のことではあったが、コナツは硬直するしかなかった。優艶に微笑むリオの顔は、いつも以上に嬉しそうだった。
「失礼。嬉しくて、思わず」
彼は硬直するコナツの額に額をこつんと軽くぶつけてきた。顔が近いままで、コナツは動けない。
「私も、あなたが好きですよ」
コナツ、はこのまま死んでしまうかと思った。まだルイーズの魔法が解けていないのかとも思いを巡らすが、自分の胸に咲いた氷の花も、ルイーズ自身も、とっくに溶けていた。




