【33章】自分の鏡
33章 自分の鏡
(ここは···)
コナツはまどろむ意識の中でも、億劫ながら目の前の風景に目をこらす。ひどく身体が疲れているらしく、身体がぐったりとしていた。
(ラリスの遺跡···?)
コナツは、乾いた大地の上に立ち、目の前の白亜の遺跡を見た。皇宮の外観に似ているが、周りの風景は、古都ラリスだ。洞窟の近くにある遺跡が、まるで復活したかのようだ。
「ニコラオス様···!」
建物の前には、彼女が立っていた。
「ルイーズ···」
氷の中で眠っていた少女が、そこにいた。彼女は待ち人がやっと来たことに打ち震えている。
(何ここ···ルイーズがいるっていうのは、どういう状況?)
自分は氷の花が割れ、死んだと思った。
死後の世界だとしたらルイーズがいるのはおかしい。ルイーズがいるということは、何かの魔法なのだろうか?
彼女はタロウやタラコスなどの多くのピロスと違い、一見人間にしか見えなかった。
「やっと、お越し下さった···!」
「え、それって···」
彼女が見つめる先を、コナツも視線を移す。風景の中の一部を切り取ったように、鏡のように、そこにはリオが映し出されていた。
リオは両方の口角を吊り上げ、無理に微笑もうとしている。
『殺されたいですか?』
(うわー···リオ様がブチギレるの、久々に見たわぁ···)
リオが怒る姿を見るのは、1年前にコナツの左肩に傷をつけた以来だ。彼は怒りに身を任せ、暗殺に来た刺客を返り討ちにしていた。
「ニコラオス様···」
恍惚の表情で、ルイーズが熱い息を吐く。
洞窟の様子を映す鏡のようなものは、クロノスが言っていた、遠くのものでも視認できる魔法なのだろうか。
(これで、見えないところにも魔法をかけれるのね)
「ねぇ···異国の人、あなたもニコラオス様に恋されていたんでしょう···?」
くるりとルイーズがコナツを見た。銀色の瞳が自分を映し、驚いた。
「えっ、あたし···!?」
「片想いは辛いわよね···わかるわ···。本当、死にたくなるような気持ちよね···」
「え···」
彼女の瞳は熱に濡れていた。恋する自身に酔いしれるようで、コナツは彼女を奇妙に感じる。
「幸運ね···。あなたは、恋するニコラオス様の前で死ねるのね···」
「は···」
恋する···?
コナツは、自身の秘密を暴かれた屈辱を感じた。突然沸騰するような怒りを覚えた胸は、だるい身体を動かす原動力となる。
「冗談じゃないわ···っ!大体ねぇ···その人は、リオ様よ!ニコラオス帝じゃないわ···っ!」
ルイーズの胸ぐらを勢いよく掴んだ。
彼女は目を見開き、さすがに驚く。
「に、ニコラオス様よ···!だ、だって、血だって一緒だし···!」
鏡を、ルイーズは指さした。氷にべったりと血がついている。コナツはリオが血を流してしまったことに、焦りを感じた。
(こんな所にいる訳にはいかない···っ!リオ様···っ!)
「違うわっ!あれはリオ様!あんたのニコラオス帝は死んだの···っ!だから周囲に変な魔法かけるのやめなさいよっ!迷惑っ!!」
「し···っ」
ルイーズは絶句し、顔を青く染めた。
コナツの言うことなど、聞きたくなかったようだった。
「死んでない···!ニコラオス様はいるもん···!あの赤髪···っ!」
「だから、あれはリオ様だっつてんでしょぉっ!?ニコラオス帝はもう死んだの···っ!」
「ち、違う···!違う違うっ···!!あの方はニコラオス様よっ···!私は、ずっとお待ち申し上げていたのっ···!私は、死ぬような思いでずっと、ずっと待ってたのよ···っ!」
彼女は突然、手をかざし、凍てつくような冷気を放った。
コナツは彼女の掴んでいた胸倉から凍っていく自身に気がついた。
(こ、こいつ···っ!)
凍っていく身体とは反対に、コナツの胸は怒りに燃え始めた。苛立ちが熱を持ち、コナツは自分の脳内をしめていくのを感じる。
咄嗟に、胸ぐらを掴んでいる手とは反対の手が、ルイーズの頬を強く打った。
「い、いたぁ···!」
「いい加減にしなさいよっ!!」
彼女が目を瞑ったのに乗じて、振り上げた手の甲で彼女の頬をもう一度強く打った。
「ニコラオス帝は亡くなったのっ!あの人はリオ様っ!1000年前に亡くなって、もうあんたが待つ必要はなくなったのよ···っ!」
「う···」
涙をポロポロと流す少女を見て、コナツはイライラした。
彼女は本当に、そんな「片想いが死にたくなるような思いだから」という理由で皇国に住む少女たちに魔法をかけたのだろうか。
(片想いしている少女の命を奪っておいて、本当何なのこいつっ!!駄々っ子!?)
見ていて、イライラする。
「う、嘘···ニコラオス様は···」
「だから、嘘じゃないって言ってるでしょぉっ!?」
「うぅ···」
コナツが怒鳴り声をあげれば、ルイーズはぽろぽろと泣く。
涙さえ凍らせる力があるのかはわからないが、涙が氷に変化し、地面にぽろとぽろと落ちていく。
「大体···あんたは一応ニコラオス帝に後宮に来いって言われてるでしょっ!?」
「だって···私は、言ってないもの···」
「は···?」
「ニコラオス様に、好きって、言えなかったもの···。お慕いしていたのに、一言も告げられずに···お側にいたのに」
コナツは、ルイーズが氷の涙を落とすのを見つめ、どきりとした。
(その気持ちが、こいつの無念で、魔法になったの···?)
まるで、自分の鏡を見せられているようで、コナツは余計に苛立つ。ルイーズにではなく、自分に腹が立ったのだ。
(あたしも一緒だ。お側にいたのに、ついに告げられなかった···)
リオに想いを告げようなんて、コナツはこれまで試みたこともなかった。ただ側にいれば良いと思っていた。身分が違うなどと自分に言い訳していたが、死ぬ間際になってわかったのは、それらは単なる言い訳していただけだ。
もしリオに拒絶されたらどうしようかなどと、怖かっただけである。
ルイーズに苛立ちを感じながらも、コナツは彼女に共感する。氷の涙を流す姿にさえ、自分の姿と重なって見えた。
彼女の気持ちを救うためには、どうしたら良いのだろうか。自分であれば、まだリオは生きているから想いを告げられるがーー。
「じゃあ、あの方がニコラオス様だと思って、言ってみるーー?」
「え···」
ルイーズの顔が硬直する。リオを一度見ると、彼女の涙は止まった。
「い、言えない···」
彼女は横を向く。
凍らされた腕から、肩にかけて氷が広がっていく。コナツを侵食するようにして、凍っていく。
(やばい···凍らされる···)
「···そりゃっ、怖いわよね。お側にいれるだけで幸せよっ!あたしだって、リオ様のお側にいれて幸せだったっ。好きな人のお側にいれるんだものっ」
コナツは凍っていく自分の体に怯えた。ルイーズは自分を見ることなく、魔法を行使している。
恋する人の側に入れて幸せというのは、当然のことである。もし拒絶などされれば怖いと感じるのも、また必然だ。
「そう···だから、気持ちを伝えるなんて···」
無理だ。
コナツも、そう思っていた。
自分の身体の首や、胸を、氷が満たしていく。コナツは舌打ちしながらも、冷えていく自身の体に焦りを感じる。
「でも、あんたは···恋する女を拒絶するような人を好きになったのっ?」
自身を侵食していくように広がっていっていた氷が、ぴたりと動きを止めた。
ルイーズは涙に潤む目を、コナツに向ける。
「ニコラオス帝って、自分のことを好きって言う女を無下にするような男だったわけぇ?」
「そ、そんなこと、ない···っ!ニコラオス帝は、お優しくて···」
「じゃあ、言わない理由がないじゃないっ!あんたは、無理だとか言って言い訳してただけっ!1000年前のピロスだからって、悲恋のお伽噺のヒロイン気取ってんじゃないわよっ!!」
コナツは叱咤するように叫びながら、自分の胸が痛くなる思いだった。
(あぁ、あたしもこいつと同じなんて、嫌気がさすわ···)
随分自分のことを棚にあげている。強気なコナツだって怖いのだから、臆病そうなルイーズは尚更自分から告白するなんて怖いのだろう。
『彼女を傷つけるのなら、容赦はしません』
鏡の中のリオは言った。
自分が傷ついたことを怒るリオの姿に、じんわりと胸があたたまる。
(あたしも、リオ様に···)
「···ニコラオス様に···」
ルイーズはぽつりと言った。消え入るような声音は、コナツに怯えていた。
「い、言ってみる···」
決意をしたルイーズのかき消されるような声を聞き、コナツは微笑した。




