【32章】怒り
32章 怒り
倒れてきたコナツの身体を、リオは床に膝をつく形で受け止めた。
彼女の瞳は虚空に向けられ、手は自然に短剣が突き刺された胸に伸ばされていた。赤い血が彼女の服に滲んでいく。
(コナツ···今の割れるような音は···)
左胸と、氷の音。
それらが意味することが、リオにはすぐにわかった。
「子猿!!」
クロノスが叫ぶが、彼女にいつもの反応はなかった。
「ぐぅうっ!」
タロウがコナツの胸に飛びついてくる。
左胸から流れ出る血を押し止めるように、身体を押し付けている。ゆっくりと地面に彼女の体を横たえる。
(氷の花···?ーーいつから?)
コナツが氷の花の調査に名乗りあげた理由。
もしあの時から病にかかっていたならば、どうして自分は気づけなかったのだろう。
彼女の側にいたはずなのに。
「コナツ様···私は···っ」
セゾンは彼女の血が付着した短剣を力強く握りしめた。
コナツを刺すつもりはなかったのだろう。怯えるようにしてコナツのことを見つめ、リオを鋭く睨んだ。
「皇帝···っ」
沈黙しているリオに向かって、セゾンはまた短剣を振り上げた。
「殺されたいですか?」
リオはできるだけ、優しく言ったつもりだった。だが、声音はどす黒さを隠しきれない。
「なっ···」
セゾンが怯え、声を漏らす。
いつも優しい彼のそんな声を出すことなど、想像もしなかったのだろう。
振り上げられた短剣をリオは自身の手で受け止めた。リオの手からは血が流れるが、手を縛める鋭い痛みよりも、感情の扱いに辟易した
腹の底から、ふつふつと怒りが沸き起こる。
唇の口角を無理にあげるが、瞳は憤怒にギラついていることを、リオ自身が自覚していた。
「私はこう見えて、とても怒っていますよ。私を殺そうとするのは、構いません。私を殺そうとしても絶対に死んでなんてあげません」
「いっ···」
短剣を奪い取り、彼女をルイーズの氷に押し付けた。
彼女は、見えない何かを背にしていることに驚きながら、かつてないほど怒るリオにひどく怯えていた。
氷に、リオの血が付着する。自分の髪色と同じ色である。
「彼女を傷つける者がいることを、決して許しません。でないと、こんな私が皇帝になった意味がありません」
強い語調でリオは言い放つ。
(前に刺客によって彼女が傷ついた時も、同じことを思った)
島で暗殺されかかり、コナツが庇ってくれた時。左肩から血を流す彼女に抱きしめられ、リオは強く思った。
絶対に、コナツを失いたくないと。
(彼女を傷つけることがないよう、私は皇帝になりましょう)
自分が皇子である限り狙われ、コナツも傷つく可能性があるのなら、皇位を自分が掴み取ろう。
自分が絶対覇者として皇帝になることが、コナツを守るための手段の1つであるならば、リオは皇帝になることを決意した。
「彼女を傷つけるのなら、容赦はしません」
コナツを傷つけるようなことが起きるのであれば、皇帝になった意味がない。
「···リオ、様」
弱々しい掠れた声が聞こえてきた。リオは敏感に気づき、地面に横たわる彼女を見た。
「コナツ」
リオはセゾンから離れることに躊躇していると、突如として雷の檻がセゾンの四方に現れた。彼女は、悲鳴を上げる。
「皇帝陛下、この使用人は俺が捕らえています」
クロノスの魔術だった。リオはコナツに駆け寄った。彼女はうつろに目を開いていた。
「コナツっ」
「ぐうぅ!」
タロウはコナツに起きろと言うように、甲高く鳴いていた。
どうしたら良いのだろうか。割れた氷の花はタロウが抑えてくれているが、血は流れている。
(これでは、私が皇帝になった意味がありません。あなたのために皇帝になったというのに)
「おおっ、ルイーズ···」
ドワーフが震え、声を漏らす。
ルイーズの瞳が、ゆっくりと開かれていた。




