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女奴隷に氷の花が咲いた時  作者: 武藤夏
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【30章】襲撃の謎が、解ける時

30章 襲撃の謎が、解ける時

 

 眠っているルイーズの前で、コナツは自身の指を、用意してきたペーパーナイフで傷つけた。相変わらず彼女は氷の中で深く目を閉じ、目を覚ます様子はない。


「いたっ···」


 洞窟の中に、小さな痛みに呻くコナツの声は轟いた。滴る血は指を伝い、ルイーズの眠る氷から咲く氷の花にも落ちる。 



「コナツ様、大丈夫、です?」

「ええ、このぐらい、大丈夫よっ」


 血が滴る指を、ルイーズの氷に押し付ける。自分の指の温度を奪うような冷たさに、コナツは痛みすら覚えた。


(どう···っ?)


 コナツは自身の血が押し付けられたルイーズの氷を、恐る恐る凝視していた。彼女は起きてくれるだろうか?ピロスは人間の血を特別視しているようだが、自分の血で効果があるのか。


(これで起きてくれなかったら···また残りの8日で、調べなきゃ···)


 8日間で、どれだけのことができるだろうか。コナツはルイーズの反応を見ながらも、8日間で自分にできることを考えた。

 また図書館に行き、ピロスのことを調べる。魔術師のクロノスに訊きながら――。


 あと、あどれだけのことができるだろうか。


 時間は残酷で、自身を嘲笑するかのように、何も起きない。

 いくら待ってもルイーズは、深く目を閉じたままだ。セゾンが、コナツの後ろで不安そうにしている気配を感じる。


(駄目なの···っ?せっかくここまで来たってのに···!!)


 また、ルイーズを起こすための方法を模索しなければならないのだろうか。


「お、来ていたのか、お前」

「あんた···」


 洞窟の入り口から、ドワーフが歩いてきていた。コナツは力なく彼を見た。


「またルイーズを見に来ていたのか?」

「見に来たっていうか···」


 起こしに来たのである。しかしコナツは説明するのも億劫に感じた。流れ出す血を止血するように指で抑える。


「コナツ様···そこに何かいる、です?」

「ああ、そうよね···」


 コナツは当然のことに気が付く。

 セゾンはピロスが見えない。突然後ろを振り返り、声を出せば、驚くだろう。ドワーフがそこにいることの説明が必要だ。


「そう、そこにいるのよ···」


 ドワーフを指さした瞬間、コナツは強烈に違和感を感じた。

 雷が落ちたような衝撃が、胸に走る。



(そう、“視える”ーー)



 カリサと話していた時にも感じた疑問。

 お茶に入れられたドラゴンの血のことも。

 タラコスが襲いかかった時のことも。

 全ての記憶が、フラッシュバックする。



(あれ···?)


 コナツは大きな勘違いをしている。

 自分が視えるからといって、コナツは当然皆に同じ景色が見えているのだと勘違いしていたのだ。


(そうよ···っ!だって···そういうものだもの!)



 自分が当然のように思っていることが、決して常識ではない。

 自分は、何を勘違いしていたのだろう。



(どいつもこいつも···)


 わかった途端に、コナツは燃えたぎるような怒りを覚えた。

 サラマンダーの炎など引けにならない。突然顔を歪めたコナツにセゾンは驚いていた。


「コナツ様···?」

「ねぇセゾン、あれが見える?」


 コナツは不審がるセゾンを見て、ルイーズを指さした。


「あれ、とは何でしょうか、です···」

「そうよね、あんたにはピロスは見えないわよね」


 コナツは、再確認した。

 ドワーフが自分の発言を聞いて、「お?」とセゾンに近づいた。彼女はコナツを見ていて、足元に近づいてきたドワーフを気にもとめていない。


「どうして、優しいあんたが···」

「は、はい、何でしょうか?です···」

「···どうして、リオ様を殺そうとしたのよ···?」

 自分の発言は、洞窟の中で木霊した。

 大きくしっかりとした声で言ったつもりが、セゾンは自分の声など聞こえていないように、反応しなかった。

 いや、反応しなかったのではない。

 彼女は硬直し、動けなかったのだ。

 コナツを見て、完全に固まっている。 


 セゾンは、何も言えなくなってしまっていた。


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