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女奴隷に氷の花が咲いた時  作者: 武藤夏
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【2章】皇帝リオ

「――グリックラン国皇帝陛下、在位1年、誠におめでとうございます!」



 深紅の絨毯が敷かれた床に、中年の男が平伏する。

 ひれ伏したのは、複雑な紋様の帽子を被った男だ。綿の帽子や彼が着ている服には、山羊や牛が表現された紋様が描かれている。それが彼の国の民族衣装らしい。

 張り上げた彼の声音は、玉座の間に響き渡る。

 外観と同様に、眩しいほどの白を基調とした部屋だ。深紅の絨毯は部屋の中心から、そのまま20段ほどになる階段、玉座に敷かれている。

 玉座に高さを持たせることで、あえて人々に威圧感を与えるような、そんな荘厳な作りになっていた。


「我が国の国王は、グリックラン国皇帝陛下とは変わらぬ友好関係を築きたいとお考えです。即位1年のお祝いも兼ねて、皇帝陛下には我が国の絹、美術品、また、皇帝陛下がお好きだと伺ったので、東国の”ピロス”を贈らせて頂きます」


 中年の男はひれ伏したまま、大声を張り上げた。

 玉座の間には、ひれ伏す男を見つめる臣下が何人もいた。外交担当者や、魔術師が、白亜の壁に背中をつけ、ひれ伏す男の姿を見つめている。


 ――自分は、玉座の脇から、中年の男を見つめていた。


「どうぞ、顔をお上げください」


 男性にしては高く、女性にしては低い声音が、玉座に座る者から発せられた。

 中年の男は顔をあげ、彼を見て、目を丸めた。少し驚いたような態度だ。


「バヤンホン国のオドンチメグ国王陛下からは、私の即位の時も祝辞とお祝いの品を頂きましたね。頂いたものは全て美しくて、国王陛下のお気遣いにとても感動いたしました」


 とても低姿勢で、礼儀正しい話し方だった。中年の男はぽかんと口を開けた。

 彼の端正な顔に、見惚れたからだろう。玉座の間にくる大使たちは同じ反応をすることが多い。


「私が好きなものも記憶して頂いているようで、感謝申し上げます」


 赤髪の青年は、優艶な微笑を浮かべて言った。

 彼はとても端正な顔立ちをしていた。落ち着いた、中性的な美しさが彼にはある。絶世の美男子と言っても過言ではない。

 思わず息を呑むほど妖艶な美しさを前にして、人々が息を呑むのを自分は何度も見てきた。


「どうかしました?」

 リオ・バシリカ・グリックランは不思議そうに碧眼で、男性を見つめた。

 彼は藍色の正装姿で、虹色の大きな宝石を胸に着けている。その虹色の宝石は、彼の美しさに負けず劣らず輝いていた。腰には剣を帯刀している。


 彼の座る玉座にも、同様の虹色の宝石が埋め込まれている。グリックラン皇国でしか採掘できない宝石なのだ。

 男性はリオの声に反応し、ハッとしていた。リオは不思議そうにしつつ、微笑を崩さない。

「バヤンホン国は遠いですから、長い旅路でお疲れなんでしょう。どうか我が国でお体を休めてください」


「···お気遣い、痛み入ります」

 皇帝の優しさに感銘を受けたように、中年の男は深々と頭を下げる。


「ところで、東国の“ピロス”を持ってきて頂いたそうですが、それはどのような···」

 リオは生き生きと言葉を重ねだす。



(あ···話、長くなりそう···)



 ーー東国という言葉にはとても興味をそそられたが、ごほん、と小さく咳払いをした。

 話がそれそうだったからだ。


「おっと」

 リオは咳払いに気が付き、左脇を見た。リオの両脇には2人の人間が立っていたが、左脇に立つ自分と、目が合う。


「コナツ、発言を許します」

「···リオ様、感謝申し上げます」


 ぺこりと自分は、頭を下げた。そんな自分たちのやり取りを見て、中年の男は訝しげになった。


 グリックラン皇国でも、自分のような黒髪黒目の少女は珍しくない。皇宮には自分よりも若い使用人もいるから、中年の男が驚いているのは自分が若すぎるからでもない。

 それなら男は何に驚いているかというと、黄色の肌の使用人が、皇帝の側に侍っていることだろう。足首まで裾が隠れるような黒いワンピースドレスを着ている。

 肩口で外側に跳ねるような特徴のある黒髪、猫のようなつり上がった目をした自分のことを、中年の男は見ていた。

 グリックラン皇国には多くの国から奴隷が輸入されている。グリックラン皇国は、領地の多くが海側に面しているためだ。だが、奴隷たちの多くは南の国からの奴隷で、自分のように東の果からの奴隷は極めて珍しい。

 自分も、5歳の頃にグリックラン皇国に輸入されたが、自分と同じ国出身の奴隷には会ったことがなかった。


「失礼。彼女は、バヤンホン国かコウコクの出身ですかな···?」

「いえ、あたしはヤマトの出身です」


 コナツはリオに代わって言った。きっぱりとした話し方である。


「ヤマトの?鎖国している、あの?」


 中年の男はしげしげと無遠慮にコナツを見つめた。

 奴隷としてグリックラン皇国に運ばれてから10年以上経つが、自分が暮らしている際は自国が鎖国していて、限られた国としか貿易していないなどと知らなかった。小さな島国だから、鎖国でもしないと国や民を守れないのだろう。ヤマトのことを知ることになったのは、皮肉にもグリックラン皇国に来てからだ。


「大使様、まずは遠路遥々お越し頂き、感謝申し上げます。あたしは皇帝陛下専属の文官のコナツと申します」


 文官という地位は、1年前にリオから付与されたものだ。

 しかも、男はコナツが多くを語らずとも気がついただろう。皇帝の側に侍っているということは、自分が皇帝専属の文官であるということ。


(そもそも、1年前は皇子の側用人だったしねぇ···)


 基本的にやっていることは、側用人の頃と変わらない。

 自分はリオの側にいて、与えられた仕事をするだけだ。


「大使様がご滞在の間、我が国の外交官との会議の場をご用意させて頂きました」

「ありがとうございます」


 他国の大使が訪れた場合、外交官と会議の場を設けることは普通である。通常通りのスケジュールであることに、中年の男は平然と受け入れていた。


「····詳しくは外交官から説明がありますが、今回大使様とは、マラトンにある居住区縮小についてお話できますと幸いです」

「縮小?」


 中年の男は、顔色を変えた。コナツは予想していた反応だったので、小さく息をついた。


「縮小と言いましたかな?マラトンの居住区を、縮小?マラトンは、我が国の商人が多く住んでいる土地です。それを、縮小?」


 男は張り詰めた表情で、念を押すように確認してきた。 


(バヤンホン国としての大使としちゃぁ、そりゃ嫌よね···)


 マラトンというのは、グリックラン皇国の海側に位置する都市だ。バヤンホン国には先帝の時代から、マラトンの一部を居住区として貸している。

 その理由は、バヤンホン国がグリックラン皇国の隣国であるウェールズ連邦と戦争状態にあることが関係していた。

 居住区を作ったのは、遠い東の国であるバヤンホン国の貿易商達の補給庫のためのというのが建前の理由だが、実際には兵士たちの補給庫として使われている。


「縮小とは···突然のことで困ります」


 戦争状態にあるウェールズ連邦は島国だ。隣国であり、海上に面した国であるグリックラン皇国の補給庫を縮小されるのは苦しいと、男は考えたのだろう。


「さすがに、今すぐという訳ではありません。縮小は1年後を予定したいと考えていますが」

「1年後?急すぎます」


 目に見えて中年の男は焦りだした。きっとコナツでも、彼と同じ立場ならば同じ反応をするだろう。ある種同情の目をむける。


(グリックラン皇国は居住区として領地を貸し出す代わりに、親睦の証と称した多額の金品や美術品を貰っているけど)


 先帝の時代からバヤンホン国とは友好関係を抱いていたというのも、領地を貸し出していた理由の1つだろうが。


(正直、うちとしての旨味は少なすぎるわ。むしろデメリットの方が多い)


 リオが即位してから1年なるが、外交も見直すときがきたのだ。


「皇帝陛下!このような急な決定には、抗議します!」

 中年の男は声を張り上げた。無遠慮な言葉に、コナツは眉を釣り上げる。


(は?リオ様に直接抗議?)


 リオは笑みを浮かべたままだ。

 彼の優しさは、その笑みから他者に理解できるだろう。

 コナツは苛立った。優しい彼に縋るような態度を取られると、コナツはいつもふつふつとした苛立ちが湧いてくる。


(ふざけんじゃないわよ···)


 コナツはキッと男を睨む。

「大使様、皇帝陛下に対してそのような···っ」

「これは、我が国の決定事項です」

 コナツの怒りを露わにした口調に被せるようにして、リオの右脇にいた男性が言い放った。


「先程コナツが言った通り、詳しいことについては担当外交官とお話下さい」


 有無を言わさないような口調で言い放った男は、左眼にかけた単眼鏡をかけなおす。彼は左目だけ視力が弱いのだ。

 リオの右脇にいるのは、黒髪の男だった。

 切れ長の翡翠の瞳は冷たく、中年の男を見下ろしている。彼の怜悧な顔立ちは、どこか人のことを下に見ているような、寄せ付けたくないような雰囲気をまとっていた。肌は女のようにとても白く、透き通るようだった。


(クロノス、助け舟を出してくれたのかしら···)


 コナツは、緑色のローブを着たクロノス・カヴラスに目を向けた。

 彼は1年前のリオの即位に伴ってリオの側近になった、侯爵家の爵位を持つ男だ。


「我が国の皇帝陛下の御前です」


 クロノスの言葉に、中年の男は言葉を詰まらせた。重々しく響くクロノスの声は、彼に対して不敬であると注意勧告している。

「···申し訳ありません、大使の方。私の臣下が2人とも、何とも無礼ですね」


「皇帝陛下···」


 中年の男にとってバツが悪いような雰囲気になりそうなのを、リオが防いだ。

 相変わらず、彼は優しい。中年の男にとても気を遣っている。

 右脇、左脇に侍る臣下2人が、皇帝専属の臣下であることは、中年の男も気がついただろう。

 自分とクロノスは、一応は、軽く頭を下げた。


「オドンチメグ国王陛下には、くれぐれもよろしくお伝え下さい。もし国王陛下がグリックラン皇国にお越しになられることがあれば、私がお話をさせて頂きます」 


 リオが言った言葉に、中年の男は平伏した。臣下の無礼を詫ながらも、決して居住区縮小には譲歩しないという姿勢を貫いている。


(さすがはリオ様···)


 コナツは頭を下げながら、リオのことを盗み見た。

 彼は笑みを崩さず、中年の男を見つめていた。


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