【24章】残された余命は、あと数日
24章 残された余命は、あと数日
暗闇の中、星々が煌めいて見えた。満月の神々しさに目を奪われるが、コナツの気持ちは月の美しさを楽しむ余裕もなく、溜息をつくしかない。
自分の胸はざわめき、何かをしていないと落ち着いていられない。
半日かけて古都から帰還し、コナツはタロウのためにピロス部屋を訪れた。
(明日になったら、あと9日しかないね)
何とかしなければという焦燥感に駆られるが、何ともならないという絶望感にもコナツは打ちのめされるしかなかった。
「ぐ?」
タロウを檻の中に入れると、不思議そうにしていた。コナツの焦りなどわからないのだろう。
(あと残された日で、あたしに何ができるだろう)
俯き、自身の残された余命を呪う。
「コナツ」
名を呼ばれ、ハッとしてコナツは振り返る。
「リオ様、お休みになられたのでは···」
古都から帰還して、リオは自室に戻ったはずだった。彼はいつもの格好に戻っており、部屋の中に入ってきた。
「コナツが浮かない顔だったのが気になりまして、会いに来ちゃいました」
「またリオ様は···っ」
つい空間に2人きりだからと、コナツは通常よりくだけた口調でリオに接してしまった。皇宮に来てからというもの、2人はいつも使用人や側近に囲まれている。ここがピロス部屋ということを除けば、完全な2人きりであった。
彼がもう皇子の6男という身分ではないのだとコナツは言い聞かせ、こほんと咳ばらいをした。
「···ルイーズのことが気になっておりました。一方的に片想いしている少女達が助かる術はないのかと···」
「そうですよね。私も考えていましたが、良い打開策が思いつきません」
両思いであることが確証が取れた少女たちは助かっているが、未だ氷の花が胸に咲く者たちもいる。
(明日···図書館で何か調べてみよう。何もしないなんて、耐えられないもの)
「片想いは、切ないでしょうね。ルイーズの話を聞いていて、想う相手が死んでしまうなんて、身が引き裂かれんばかりではないかと思います」
「···リオ様には関係ないお話しではないですか?リオ様は外見も優れていますから」
彼は共感するようではあるが、美しい容姿のリオが片想いなどすることはないだろうと思った。実際に島にいた時では、切なそうにしていることなど見たことがない。
「そんなことはありませんよ」
きっぱりと、リオは否定した。
彼の碧い目を見て、コナツは自分が動揺した顔をしていることを自覚した。
自分が気づいていない相手に、彼は誰かに想いを寄せていたのだろうか。
コナツは彼の1番近くにいるのが自分だというプライドを持っていた。
もしリオが誰かを想うようであれば、自分が1番に気づき、自分の想いを消し去りたいと望んでいたのに。
「リオ様」
コナツは言葉を詰まらせた。自分は、何て言えば良いのかわからなかった。
声が震えていないように努めたはずだったが、彼の顔があまりに近くて、コナツは目を見開いた。
「誰かを想う気持ちが、私を葬るんです」
彼の中性的な声音が掠れて聞こえたことによって、コナツは思考を止めた。
まるで自分に向けられた言葉のように、”錯覚”してしまいそうになる。
「ど、どういう意味、でしょうかっ?」
コナツが現実に引き戻されたのはタロウの声のおかげだった。コナツは弾かれたようにしてリオから離れ、距離を取る。
「詩ですよ」
リオはくすりと笑った。
自分が戸惑っている分、彼が冷静なことにイラッとする。
「砂漠の国の詩だそうです。あなたの前で死ぬのなら本望だとか、暗い望みの詩だそうですが···私には、とてもよく理解できますね」
いつも優しい彼が、そんな暗い望みがあるとは意外であった。
逆にそれほど想う相手がいるという意味でもあり、コナツは静かに自分が傷つく。
(あたしも死ぬのなら、リオ様の前で死にたい)
唯一コナツが想うのは、目の前の彼だけだった。
この国に来た時、自分を拾ってくれた彼。
言葉がわからないコナツに言葉を教え、知識を授けてくれた優しいリオに惹かれない訳がなかった。
(リオ様が好き。だから、死ぬまでずっとリオ様のお側にいたいっ)
コナツは自分の想いを再確認する。胸を熱くする想いは、氷の花さえ溶けてしまいそうだ。
「さ、コナツもそろそろ休みましょう。今日は遠くまで行ったんですから、明日に備えないと」
リオに導かれるまま、ピロス部屋から出る。
タロウが「ぐっぐっ」っと鳴いていたので、リオは「おやすみ」と声をかけていた。コナツはリオの後について、回廊に出る。
夜も遅いため、回廊にはあまり人の気配がない。白亜の建物は満月にさらされ、薄暗く輝いているように見えた。
「リオ様。···リオ様?」
回廊で、リオが立ち止まった。
彼の名前を呼んだ時、彼は自分の真後ろを見ていた。碧眼が鋭く細められ、鞘から剣を抜き、自分を抱き寄せた。
「きゃっ!」
リオが、壁に剣を突き刺した。
その瞬間、奇妙な断末魔が回廊に響き渡った。
初めて聞く声だとコナツは思った。
鳥を絞殺した時の鳴き声に似ている。
後ろに振り返ると、リオの太い剣はその生き物の左腕を貫いていた。
壁に縫い止めるようにして突き刺され、大きなトカゲのような生き物はじたばたと四肢を動かす。普通のトカゲと違って大きな身体をしており、身体に炎をまとっていた。トカゲ自体が燃えているようにも見えたが、轟々と燃える炎の中でも、トカゲは平然としている。
「リ、リオ様!?そいつは···」
「サラマンダーでしょうか?私の飼っている子ではないですね」
サラマンダーは大陸に広く分布しているピロスだ。
「また···刺客ですかっ」
リオが飼っているピロスではないということは、誰かが使役するピロスということだろうか。
「わかりません。見慣れないピロスだったので傷つけてしまいましたが···ごめんなさい」
リオはサラマンダーに触れようとしたが、轟々と燃える炎に触れて欲しくなくて、コナツが彼の手首を掴んだ。
「リオ様は触らないで下さいっ!魔術師を呼びますから···っ」
リオはサラマンダーにも憐れみの目を向ける。彼が串刺しにしていなければ、サラマンダーの燃える炎が彼を傷つけていたかもしれないのに。
「そうですね、クロノスを呼びましょうか」
「はい、わかりました」
コナツは回廊を歩いていた使用人を掴まえ、クロノスを呼んでくるように伝える。
(本当、誰なのかしら···。氷の花の問題もそうだけど、刺客はまだ捕まらないし···)
皇宮に見知らぬピロスがいたというのは不気味だ。
一体誰がリオを殺そうとしたのか、どういう理由があったというのか。
殺そうとする理由を考えたとき、やはりリオが皇帝であることが理由のように思える。1000年前の皇帝の死因もそうだが、いつの時代の皇帝も、皇位を巡って命を狙われてきたのだ。
皇位争いだとしたら、コナツの脳裏を掠めるのは、彼だった。
リオの唯一の弟。
「リオ様、カイ様には、十分お気をつけください」
「···カイ、ですか?」
コナツは声を潜めるようにして言うと、リオは顔をまた近づけてきた。
真面目に自分の意見を聞いてくれるようで嬉しいが、美しい顔が近くに来るのは、心臓に悪い。
「リオ様の命を狙っているのは、カイ様が怪しいと思います。カイ様は他の皇子が死んだのに、皇宮で生き残ったんでしょう?リオ様を殺して、皇位を狙っているのではないですかっ」
「···なるほど、カイが皇帝になるというのも、動機の理由にはなるでしょうね。でも、カイに魔術は使えませんよ。彼はピロスが見えるだけです」
リオは強い語調で言った。
カイにピロスが見えているということは、タラコスを倒した時に証明されている。
「そんなの、手下の魔術師を使ったりする可能性だってありますっ!手紙だって、手下に対して出していたんですし···っ」
「手下の魔術師ですか。····コナツ、私のことを考えてくれるのは嬉しいです」
リオは優艶に微笑んだが、自分のことをどこか悲しげに見つめた。
「ですが、危険なことだけはしないで下さいね。島に私を狙う刺客が来たとき、あなたは私をかばって傷ついた。もうあなたが傷つくのをみたくありません」
島にいた時、コナツがリオを庇って斬られたことを、リオはずっと気にしていた。
コナツはあの時、咄嗟の判断ではあったが、彼の盾になれたことを誇らしく思っていた。左肩の癒えない傷は勲章だとも考えているくらいだ。
「かしこまりました、気をつけます」
コナツは彼に対してそう言いながらも、リオを庇うことは当然と考えていた。
(リオ様に拾われたのだから、ご恩を返せれば、あたしは良いもの。残された命を使うことくらい、構わない)
残された命ならば、彼となるべく側にいて、彼のために命を使いたい。
左腕を串刺しにされたサラマンダーの炎を見ながら、コナツは強く思った。




