【21章】氷のピロス、ルイーズ
21章 氷のピロス、ルイーズ
『···ニコラオス様、行かれてしまうのですか』
ルイーズは不安気に、ニコラオスに訪ねた。
小さな声音に、彼は振り返る。
『私は、置いていかれるのですか』
不安と共に、涙がぽろりと零れ出た。つい零れ出てしまった涙を、すぐに魔法で凍らせる。しかしぽつりぽつりと涙は出てきて、ルイーズは何度も自身の涙を魔法で凍らせるしかなかった。
自分の前で困ったように頭を掻く彼は、苦笑する。
『ルイーズ、俺を困らせないでくれ。俺は皇帝として、コリンティアに行かなきゃいけないんだよ。お前は留守番だ』
(私も、一緒に行きたいです)
本当に彼は、自分を置いて行ってしまうのか。
ニコラオスの長い赤い髪は、とても鮮やかだ。碧眼は空の碧さに似ていて、彼の瞳を見ているだけでくらくらとした。
彼は大陸の戦が絶えなかった小国をまとめあげ、皇国を作った。歴戦を潜り抜けた覇者の風格がある彼の背中は大きく、頼もしい。
『コリンティアでウェールズ連邦との会談がある。でも、今のタイミングで帝都ががら空きになるのも怖い。お前には帝都ラリサを守ってもらわなきゃな』
ルイーズの魔法がラリサを守ると思って、彼は言っているのだろう。確かに彼がいなくなったラリサを守れるのは、ルイーズの魔法だけだ。
(ラリサを守るのも大事なのはわかってるけど、私はニコラオス様のお側にいたい)
ルイーズは、ずっと彼と共にあった。
このラリサの土地で生まれた彼に恋をし、ずっと共にいたのだ。彼は魔術師ではなかったが、彼のためならルイーズはいくらでも氷の魔法を使った。
彼を勝利に導くために魔法を使うことくらい、造作もないことだ。
ルイーズは言えなかった。
自分が気持ちを伝えれば、彼が困るであろうことはわかっていた。
(行かないで。このラリサの土地に、ずっといて下さい)
『大丈夫。すぐに帰ってくるからな』
ニコラオスは自分の頭を撫でた。銀髪を撫でられ、ラリサの涙はぴたりと止まる。氷の魔法も使うことがなくなった。
(好き)
ルイーズは、正直に高鳴る自分の鼓動を認識していた。
自分の気持ちは、ひたすらニコラオスに向けられていた。
(ニコラオス様、好き)
でも、自分の想いを告げる勇気などなかった。
彼を見ているだけで心臓が鷲づかみにされるように苦しくなった。息が詰まるような苦しさは、言葉を失わせ、涙でしか感情を吐き出せない。
『ルイーズ、必ず帰って来るよ』
ニコラオスは言った。
『コリンティアから帰ってきたら、俺の後宮に入ってくれ』
(後宮に)
彼は自分の想いを知っているようだった。だからそう言ったのだろう。
でも自分は無言でしかいられなかった。
ピロスである自分が、彼の後宮に入って良いのだろうか。
『また、コリンティアから帰ってきたら話そうな』
彼はそう言って自分に背中を見せた。あ、とルイーズは言葉を零す。
(待っています、ニコラオス様。お帰りになるのを、お待ち申し上げます)




