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女奴隷に氷の花が咲いた時  作者: 武藤夏
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【19章】古都ラリサ

19章 古都ラリサ


 恋に関するピロスのことばかり探していたコナツとクロノスにとって、詩は盲点だった。2人ともあまり詩に興味がなかったので調べられていなかったのだ。


 しかし、詩を改めて調べ直しても、晩餐会で女性が教えてくれた詩は載っていなかった。


(とりあえずラリサに行って石碑を調べることにはなったけど)


 図書館でラリサという古都について調べても、石碑についてはわからなかった。女性だけが教えてくれた情報を頼りに、コナツは一度石碑を見に行きたいと、リオに進言した。リオは当然のように許してくれたが――。


「ラリサって、行くだけで半日もかかるのねっ」


 コナツは馬車に揺られながら、苛々として言った。馬車の中には、クロノスとセゾンが同伴している。


 片道で半日かかるということは、往復だけで1日かかってしまうではないか。


「子猿が行きたがるから、皇帝陛下が許可を出してくれたんじゃないか」

「だって他の誰かに行かせて、何にもわかりませんでしたって無駄に時間を食いつぶすの嫌じゃない···っ!だったら自分の目で見て納得した方が、遥かにマシよっ!」


 帝都の患者もそうだが、コナツは実際に見て確認したかった。馬車に揺られて半日も無駄に食いつぶすことに苛立ちがあり、コナツは唸る。


「コナツ様、お疲れ、です?」

「疲れない訳ないじゃない···っ!」


 気を利かせてくれたセゾンに対しても、コナツは低い声を出して言った。セゾンは申し訳なさそうに目を伏せる。彼女の思いやりを無下にしてしまったようで心が痛んだが、どうしてもコナツは苛々してしまっていた。


 あと10日しか残されていない自身の余命に、焦り始めていたのだ。


(公務に、公務の途中の調べもの···無駄に時間がかかってしまって···残り少ないっ)

 自分の命が尽きてしまうことに焦りを感じないわけがない。


「リオ様を襲った犯人もわからないし···っ」

「調査はしている。何をそんなに焦っている」


 クロノスは腕を組み、怪訝に言った。いつも以上に苛々している自身に疑問を持っているようだ。


(リオ様を襲った脅威がわからないまま、むざむざ死ぬわけにはいかないのよ···っ)


「もうつきます、です。もうすぐ、です」


 セゾンは自分に対して優しく言った。八つ当たりしたのに、セゾンは優しくて気が配れる子だ。 

 彼女が言った通り、馬車はようやく動きを止めた。セゾンが降りるのを待たないまま、コナツは馬車の扉を蹴破り、地面に着地する。コナツ様!?と、セゾンが叫んだが、無視をして周囲を見渡す。


「石碑は、どこよっ!?とりあえず石碑を見るわよっ!」


 灰色の空の下、グリックラン皇国の古の都は、閑散としていた。国の中でも北に位置しているからか肌寒く、乾いた土地である。茶色い建築物が建ち並んでいるが、帝都に比べたら人が圧倒的に少ない。周囲を見ても、2、3人しか人が歩いていない。彼等は、コナツを見ると不思議そうにしていた。


「···ん?」


 コナツは自分達が乗ってきた馬車と、その後ろにいる馬車を見た。同じ馬車である。


「少し落ち着きなさい、コナツ」


 コナツは、驚いて開いた口が塞がらなかった。

 馬車の扉が開き、リオが悠然と降りてきたのだ。

 彼は帽子を深く被り、顔を隠すようにしている。貴族であることすら隠したいのか、深い茶色のジャケットを着ていて、中流階級の青年を装っているようだ。


「リオ様っ!?」

「あはっ、来ちゃいました」

「いや、駄目ですよっ!もう皇帝なんですよっ!こないだ襲われたばっかりじゃないですかっ!」


 コナツは声を潜めるようにして、リオの前に立ちはだかる。できれば帰って下さいと言わんばかりに手を横に振っていると、自分の手に飛びかかってくる生物がいた。


「ぐっ!」


 タロウである。「よっ!」と挨拶をせんばかりにタロウは手をあげ、コナツの腕の中に乗ってきた。


「タロウ!?タロウまで来たのっ!?」

「はい、連れてきました。馬車で半日かかる道のりですからね。楽しく一緒に遊びましたよ」


 とてもリオは幸せそうに、タロウの頭を撫でる。

 タロウは「ぐぅっ!」と言って、リオとハイタッチする。大分仲良くなっているようだ。


「皇帝陛下?どうして外出など···お命を狙われているというのに」


 馬車から降りてきたクロノスとセゾンも、驚いていた。突然皇帝が古都にいれば、驚かないはずがない。


「コナツとクロノスばかり外に行って、私はずっと仕事ばかりでしたからね。たまには息抜きさせて下さい」

「え、本音それですか···っ」

「私も古都の現状を知りたかったですしね。初代皇帝のニコラオス帝が開国を宣言した土地なのに、来た事ありませんでしたから」 


 付け加えるように理由を言ってきたが、説得力に欠けていた。コナツは帰るつもりがなさそうな彼の様子を見て、仕方がなく項垂れた。


「ま、まぁ1人で帰らせるわけにもいかないですもんね」


(スモリペン島の時も、よく変装して外出されてたしねぇ···)


 リオは島でも変装をして外出をしていた。ここ1年は勝手に外にでることなど皆無だったので、よく1年も我慢したなという感じでもある。


「では、石碑を見に行きましょうか。――あ、そこのお方、この辺りに恋の詩の石碑があると聞いたのですが、ご存知でしょうか?」

「リオ様っ!」


 平然とリオは老人に話しかけており、コナツは彼に慌てて駆けよる。誰に対しても丁寧で下手に出るリオの態度は、平民に対してであろうと決して変わらない。


「あー?そこの通りの先にあるやつのことか?なんか水がなんちゃらとか」

「恐らくそれですね。ありがとうございます」


 彼は丁寧に頭を下げる。皇帝が、易々と頭を下げて良いのだろうか。コナツは見ていられなかった。


「あたしが聞きますから、リオ様は黙って待ってて頂ければと···っ」


 下手に皇帝だとバレても面倒だと思い、コナツは言った。


「折角国民の皆さまと接する機会ですから、こういう場を有効活用しようかと思っています」

「こうて···リオ様、我々にお任せ下さい」


 クロノスも止めるが、リオは言うことを聞く素振りもなかった。

 久々に外出できて喜んでいる気もする。コナツはタロウを抱きつつ、老人に教えてもらった石碑まで率先して歩くリオについていった。


「これが、石碑···」


 その石碑は、自分の膝下くらいまでしかない小さなものだった。

 かなり古いもののようで、上部が欠けてしまっているが、文字を読むことはできる。


「身をも凍らせるほど想っても、永久に輝く赤き光には逢い難い」


 リオがしゃがみこみ、石碑をじっと見て、読み上げた。自分も膝を地面につけて読むと、リオが読み上げた通りのことが書いてある。

 晩餐会で女性が詠んだものと、同じ詩である。


「作者など、調べはつかなかったと言っていましたね?永久に輝く光っていうのは、皇帝のことなんでしょうか?」

「昔の詩の中では、よくある言い方のようですね。赤きっていう表現は、わかりかねますが···」


 輝く光という言葉自体が、皇帝を指し示すこともあるのだとコナツは図書館の本の中で知った。


(赤きっていう形容詞がつくと、何だかまるで···リオ様みたい)


 リオの赤毛を見て、コナツは思った。流石に昔の詩なのだから、1000年続く皇国の中で、赤毛の皇帝もいたかもしれない。

 石碑がたった背景も、歴史もわからない今、いつの時代の皇帝を指すのかもわからない。


「この古都での皇帝というと、開国の祖であるニコラオス帝のことですかねぇ」


 ニコラオス帝とは、初代のグリックラン皇国の皇帝のことである。


「皇宮でニコラオス帝についても調べましたが、この詩に関連するような話はありませんでした」


 コナツは応える。開国の祖についての文献はたくさんあったが、ニコラオス帝と詩を結びつけるようなものはなかった。

 リオが首をひねる。


「この詩について知っている人探したいですね。人が多い所に行きましょう」

「人が多い所、ですか。かしこまりました、それでは今探しますね」

「あ、酒場があるじゃないですか。そこで聞いてみましょう」

「え、酒場?こうて···リオ様には似つかわしくありませんが···」


 クロノスが静止するのを無視して、リオはすたすたと古びた建物の中に入っていく。建物からは外に居ても人の笑っている声も聞こえてくる。


「リオ様はああいうお人よ。早くあたし達も行きましょう」

「は、はい、です」


呆気にとられるクロノスの肩をぽんと叩きつつ、コナツもセゾンもリオの後に続く。



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