表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女奴隷に氷の花が咲いた時  作者: 武藤夏
2/38

【1章】謎の、氷の花の病

「どうして、どうして···死んでしまったんだ···っ!」


 若い男の叫び声に、大通りを行き交う人々は足を止め、不審げに声のする方向に目を向ける。


 若い男の声は悲痛で、何事かと皆を怪訝にさせた。

 若い男が、大通り沿いの家から運び出されたものに対して縋り付いていた。

 運び出された家は、白亜の家である。帝都の大通りには、同じ建築様式の白亜の建築が建ち並んでいる。

 装飾などは施されていないシンプルな建物から、若い男といっしょにそれは運び出される。

 一瞬見ただけでは、その家から運び出されるものが何かはわからないだろう。人々は神妙そうに若い男と、若い男が縋るものを、目を凝らして見つめていた。

 白いシーツを覆われたものからは、茶髪の長い髪と、力なく垂れた手が覗いている。力なく垂れた手は、間違いなく生者の手ではなかった。

 ぶらりと垂れ下がる手を見てしまい、息を呑む人や、目を背ける人がいる。

 子供にそれを見せないように、子供の目を隠している母の姿もあった。


「見ちゃ駄目よ···!」

 若い母親が、小さな少年の目を隠し、声を押し殺すようにして叫んだ。


「···何があったの?」


 目を隠されている少年は、不安そうに言った。瞳を隠され、周りの大人たちがざわついていることに不安を募らせたのだろう。

 若い母親は自然と少年の体を抱きしめていた。母親の腕を少年もまた抱きしめる。母親の緋色のドレスを、少年は力強く抱いていた。


「氷の花が、咲いてしまったらしいよ」 


 少年の問いに答えたのは、恰幅がいい初老の女性だった。初老の女性は腕を組み、若い男のことを痛ましげに見つめる。


 いかにも下町のおかんといった風貌の女性を、若い母親は驚いて見つめた。


「氷の花?嫌ですね···また、あの奇病ですか」

「ああ。あたしは隣の家のもんだけどさ、1ヶ月前にあの子に氷の花が咲いちまったって騒いでて···本当に、噂通り、1ヶ月で死んじまうんだねぇ」

「···若い少女にだけの奇病、ですよね?」


 若い母は警戒するように、少年を少し後退させた。少年はきょとんとしていた。


「ああ、女の子だけにしかかからないらしいね」


 初老の女性が頷く。

「気の毒に···」

「帝都でも患者が出始めているらしい···」

「この病は、グリックラン皇国領地内でしか流行っていないのでしょう?」


 周りの者が口々に囁く。若い男に聞こえないように、小さな声音だった。

 若い男に、同情の視線が集まっていた。



「ソフィア···っ!!」



 若い男は、嘆き悲しむ。乾いた地面に膝をつき、涙をボロボロと零す。

 若い男は、周りのことなど見えていないようだった。女の遺体に縋り、若い男は嘆く。

 彼らは恋人だったのだろうか。それとも、男が密かに懸想していただけなのか。周りの者にはわからない。

 周りからは、男が女の死を痛んでいることしか、わからない。


「“ピロス”の仕業かな?」


 少年は、訊いた。

 少年の問いに、若い母親も、初老の女性も答えることができなかった。

 2人には、“見ることができなかった”。


「昔の“ピロス”になら、こんなことできたかもしれないけどねぇ···」

 初老の女性は、少年に言った。

「もし“ピロス”の仕業なら、お医者様にだってわからないわ。皇宮の魔術師様じゃなきゃ···」

「こうぐう?あそこ?」


 少年は、帝都の中心を仰ぎ見た。

 帝都の中心に、そびえたつ白亜の城。

 城下に建ち並ぶ白い建築様式と同じく、華美な装飾などは施されていない。ただ白亜の城は、周りの建築と比べ、天へと届かんとばかりに高い建物だ。

 まぶしいほどの白さを誇る城こそ、グリックラン皇国の皇帝が住む居城である。


「あそこにいる人なら、治すことができるの?」


 少年は純粋に疑問だったのだろう。若い母親も、初老の女性も「そうかもね」「だといいね」と曖昧な返事をするしかなかった。

 彼らは不安を胸にしながら、氷の花の病に対して怯え、死んでしまう若い少女に同情するしかない。


 少年の無邪気な質問は、雲一つない青い空に彷徨うしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ