【1章】謎の、氷の花の病
「どうして、どうして···死んでしまったんだ···っ!」
若い男の叫び声に、大通りを行き交う人々は足を止め、不審げに声のする方向に目を向ける。
若い男の声は悲痛で、何事かと皆を怪訝にさせた。
若い男が、大通り沿いの家から運び出されたものに対して縋り付いていた。
運び出された家は、白亜の家である。帝都の大通りには、同じ建築様式の白亜の建築が建ち並んでいる。
装飾などは施されていないシンプルな建物から、若い男といっしょにそれは運び出される。
一瞬見ただけでは、その家から運び出されるものが何かはわからないだろう。人々は神妙そうに若い男と、若い男が縋るものを、目を凝らして見つめていた。
白いシーツを覆われたものからは、茶髪の長い髪と、力なく垂れた手が覗いている。力なく垂れた手は、間違いなく生者の手ではなかった。
ぶらりと垂れ下がる手を見てしまい、息を呑む人や、目を背ける人がいる。
子供にそれを見せないように、子供の目を隠している母の姿もあった。
「見ちゃ駄目よ···!」
若い母親が、小さな少年の目を隠し、声を押し殺すようにして叫んだ。
「···何があったの?」
目を隠されている少年は、不安そうに言った。瞳を隠され、周りの大人たちがざわついていることに不安を募らせたのだろう。
若い母親は自然と少年の体を抱きしめていた。母親の腕を少年もまた抱きしめる。母親の緋色のドレスを、少年は力強く抱いていた。
「氷の花が、咲いてしまったらしいよ」
少年の問いに答えたのは、恰幅がいい初老の女性だった。初老の女性は腕を組み、若い男のことを痛ましげに見つめる。
いかにも下町のおかんといった風貌の女性を、若い母親は驚いて見つめた。
「氷の花?嫌ですね···また、あの奇病ですか」
「ああ。あたしは隣の家のもんだけどさ、1ヶ月前にあの子に氷の花が咲いちまったって騒いでて···本当に、噂通り、1ヶ月で死んじまうんだねぇ」
「···若い少女にだけの奇病、ですよね?」
若い母は警戒するように、少年を少し後退させた。少年はきょとんとしていた。
「ああ、女の子だけにしかかからないらしいね」
初老の女性が頷く。
「気の毒に···」
「帝都でも患者が出始めているらしい···」
「この病は、グリックラン皇国領地内でしか流行っていないのでしょう?」
周りの者が口々に囁く。若い男に聞こえないように、小さな声音だった。
若い男に、同情の視線が集まっていた。
「ソフィア···っ!!」
若い男は、嘆き悲しむ。乾いた地面に膝をつき、涙をボロボロと零す。
若い男は、周りのことなど見えていないようだった。女の遺体に縋り、若い男は嘆く。
彼らは恋人だったのだろうか。それとも、男が密かに懸想していただけなのか。周りの者にはわからない。
周りからは、男が女の死を痛んでいることしか、わからない。
「“ピロス”の仕業かな?」
少年は、訊いた。
少年の問いに、若い母親も、初老の女性も答えることができなかった。
2人には、“見ることができなかった”。
「昔の“ピロス”になら、こんなことできたかもしれないけどねぇ···」
初老の女性は、少年に言った。
「もし“ピロス”の仕業なら、お医者様にだってわからないわ。皇宮の魔術師様じゃなきゃ···」
「こうぐう?あそこ?」
少年は、帝都の中心を仰ぎ見た。
帝都の中心に、そびえたつ白亜の城。
城下に建ち並ぶ白い建築様式と同じく、華美な装飾などは施されていない。ただ白亜の城は、周りの建築と比べ、天へと届かんとばかりに高い建物だ。
まぶしいほどの白さを誇る城こそ、グリックラン皇国の皇帝が住む居城である。
「あそこにいる人なら、治すことができるの?」
少年は純粋に疑問だったのだろう。若い母親も、初老の女性も「そうかもね」「だといいね」と曖昧な返事をするしかなかった。
彼らは不安を胸にしながら、氷の花の病に対して怯え、死んでしまう若い少女に同情するしかない。
少年の無邪気な質問は、雲一つない青い空に彷徨うしかなかった。