【17章】プレゼント
17章 プレゼント
コナツはいつも通りの黒いワンピースドレスの胸元のボタンを止めながら、大きなため息をついた。窓の外の風景は夜になり、帝都の建物は闇の中でも灯りをつけ始めている。特に装飾がないシンプルなコナツの部屋には、コナツしかいない。
(氷の花···邪魔だなぁ)
コナツの胸には、命を奪う氷の花が未だに咲き続けている。
メラニアが完治したことで、同じく氷の花の患者の中で、確実に片思いの相手から好意を持たれている者には、同じ方法を行ってもらった。おかげで完治をした者が多く出ている。
だが、まだ治っていない者もいる。
『意中の相手が、自分のことを好きじゃない可能性もあります』
リオが言った通り、片想いをしている患者もいる。完治の方法がわかったが、原因がわからないのでは、片想いをしている患者を治すことはできない。
おかげでまだ調査が必要になってきており、コナツとクロノスは恋に関するピロスのことを調べているが、解決の糸口を掴めないでいた。
(あと、14日か)
自分の余命が残されているのは、あと2週間になってしまった。
ボタンを留めながら、自室の鏡の前で念入りに自分の姿を確認した。どうしても毛先が跳ねてしまう黒髪は直しようがないが、服に汚れなどはない。地味な黒いワンピースドレスを確認するようにして、くるりとまわってみる。この姿なら目立つことはないだろう。
「コナツ様、皇帝陛下が呼んでおります、です」
「すぐに行くわ」
自室の扉を叩くセゾンに反応し、もう一度コナツは鏡を見つめる。やはり汚れはない。
(よし、これなら晩餐会でも問題ない)
これから、晩餐会である。
コナツは部屋から出ると、セゾンがいつも通りのメイド服姿で待っていた。彼女も汚れなどはなく、使用人然としている。自分の後ろに付き従うには、十分な恰好である。
セゾンを引き連れてコナツはリオの部屋へ向かった。彼も晩餐会のために自分の部屋で準備をしているはずだ。リオの部屋に続く回廊を歩いていると、いつもより華やかな恰好をしている貴族達や、後宮の女官と思われる女性達がきゃっきゃとしながら通り過ぎていく。
(皆、よく着飾るなぁ)
まだリオに特定の相手がいないからだろう。
豪奢な宝石や、美しい絹で作られたドレス。浮きたつ若い女性達の姿を横目にしていたら、前から歩いてくる女性に、目を奪われた。
「おお、コナツ。御機嫌よう」
「エレニ様」
コナツは前から歩いてくるエレニに、頭を下げた。彼女は後ろにマーキスを引き連れている。
他にも美しい姿をしている女性達はたくさんいる。けれど彼女は、いつもと違う晩餐会用の赤いドレスを着ており、お世辞抜きに誰よりも輝いて見えた。
(あたしが選んだドレス)
自分が選んだドレスは、エレニをより美しく見せていた。
胸元に散った白いパールは豊満な胸を引き立てているし、銀糸によって施された刺繍は彼女をより高貴に見せる。新しいドレスは彼女の凹凸のある身体を強調しているが、決して下品ではない。凛とした美しさは、男性だったら確実に視線を奪えるだろう。
「ドレス、よくお似合いです」
「そうか?皇帝陛下から贈られたものなんだ。皇帝陛下はセンスが良いんだな」
(知ってるわよ···)
自分が選んだドレスなのだ。
センスが良いかどうかわからないが――エレニが笑みを滲ませて言うのと、マーキスが自慢気にしているのに嫌悪感を感じた。
エレニは悪くない。
ただ彼女は事実を言っているだけなのだ。
「君達のような皇帝陛下の側近も晩餐会には出席するのか?」
「はい。リオ様のお傍におります」
「じゃあ後でまた会えるな」
当然エレニは贈られたドレスの礼を言いに、リオに挨拶に来るだろう。リオは彼女に、何て言うのだろう。
「···失礼します」
リオが彼女に何て言うかなんて、想像もしたくない。
自分の想像を頭から振り払いたくて、エレニの横を通り過ぎた。彼女は「後でな」と言った。自分が彼女を嫌だと感じたことなど、気づいてもいないのだろう。
皇宮の中でも、リオの私室は高い場所にある。歴代の皇帝が私室として使っていた部屋だ。階段を上り、セゾンには部屋の外にいるように命じ、彼の部屋にノックをした。
「リオ様、失礼いたしますっ」
コナツはセゾンを引き連れて入室した。
「コナツ、来ましたか」
リオは優し気に言った。彼もまた晩餐会のために着替えていた。
深い青色の衣装で、今日は帯刀していない。大きな窓辺に置かれた深紅の椅子に腰かけ、悠然と何かを膝の上に乗っけていた。その何かというのは、うごうごと蠢ていている。
「ぐっ!」
「···タロウ!?リオ様、ピロス部屋から連れてきたんですかっ」
コナツは驚いて、思わず声をあげてしまった。
晩餐会用の衣装を着ているリオの膝上にいるタロウは、少し異様である。丸いタロウは小魚を頬張っており、リオの衣装が汚れないか気になった。
「先日助けてもらいましたからね。お礼に小魚をあげていたんです。いやぁ、タロウと遊ぶ方が晩餐会に出るより大分楽しいですね」
リオもタロウと呼び始めていた。
使用人から渡される小魚をリオが受け取り、それをタロウの口元に運んでいる。何匹も小魚は用意されており、タロウは際限なくばくばくと食べていく。
「···リオ様、本当に晩餐会面倒臭いんですね···」
「できたらこのままタロウと遊んでいたいくらいに、面倒臭いと思っています」
リオにとってピロスと遊ぶのは、趣味である。
ピロス部屋を作るくらいにピロスのことが好きなのだ。何度も晩餐会に出るのは面倒だと言うのだから、心の底から面倒だと思っているのだろう。
「残念ながらそういう訳にはいきません。タロウと遊んでないで、行きましょうっ」
コナツはタロウをリオの膝上から奪い、抱き上げた。タロウは「ぐぅぅっ!」とばたたばたとリオの膝に戻りたいと、またリオの元に飛び乗った。
「仕方ありませんね、それでは行きましょうか。···コナツ、準備を命じます」
コナツは目を丸め、首を傾げた。
「準備、とはなんでしょうか?リオ様の準備も完了していると思いますが···」
リオはもう着替えているし、このままリオと共に晩餐会の会場に行けば良い話だと思った。いつもそうしているのだから、他に準備することなど見当たらない。
「あなたに特別なプレゼントを用意してみました。用意をお願いします」
「えっ」
リオが指を鳴らすと、脇にいた女性の使用人達が衝立を用意し、リオと自分の間を遮る。 コナツは目を丸め、動けなかった。
「え、な、なんですかっ!?着替えるんですかっ!?着替えなら自分でできますよっ!」
「コ、コナツ様」
セゾンも弱々しく声をかけてくる。
(着替えなんて手伝われたら、氷の花が見えちゃうじゃないっ!)
自分の胸を隠しながら、コナツは使用人が持ってきた布を奪い取った。荒げた声を発せば、使用人達が自分の気迫に圧され、下がった。
「全く···」
左胸を隠しつつ、布を広げてみた。手触りが良く、上等な布であることがわかる。
手に取ったそれは、漆黒のドレスだった。
「これ、選んでいた生地のやつ···ですよね」
エレニへ贈るドレスの生地を選んでいた時、見たものだった。リオが手に取り、選んでいたものである。
「いつも晩餐会で同じ服ですから、気になっていたんですよね。着てみて下さい」
「いつもって···そりゃ、あたしはリオ様の奴隷ですから···」
「そういうこと言わないで、着てみて下さいよ」
リオに優し気に言われたら、コナツはこれ以上反抗できなかった。
(何のつもりなのかしら···)
セゾンを含めた使用人達を下がらせ、氷の花が見えないことを確認した後、コナツは服を着替えることにした。黒いワンピースドレスを脱ぎ、漆黒のドレスを着る。
(これ···)
漆黒のドレスには、細かな赤色の宝石が散りばめられていた。
ふんわりと広がるような服の裾には白いレースが何層にも施され、シックな黒色も愛嬌があるように見せる。胸元が少し開いているが、幾重にも重ねられた白いレースのおかげで、氷の花が見えることはないようだ。
「着替えたなら、見せて下さい」
衝立の向こうからリオの声が聞こえてきた。
着替え終わっていたので、コナツはおずおずと衝立から姿を現す。顔をのぞかせると、リオは優艶に微笑んでいた。
「ぐっ!」とタロウは目を輝かせて自分を見る。
「リオ様、これは···」
「プレゼントです。私が選んだんですよ?やっぱり、黒色はコナツによく似合いますね。黒は若者向けじゃないと言っていましたが、可愛らしいです」
(可愛らしい···)
エレニに対してもドレスを贈っていたが、あれは自分が色を選んだものだった。
自分が着ているものは―――ちゃんと、リオが選んだものだ。
「あ、ありがとうございます···。でも、どうして···」
「私があなたにプレゼントしたかったからですよ」
理由は、単にそれだけ。彼からそう言われただけで、胸が熱くなった。
「恐れ多いですっ。あたしはそこまでしてもらう身分ではありませんし···っ」
「身分など、我が国では関係ありません。奴隷から宰相も輩出した、自由な国です」
「でもっ」
「でも、じゃありません。晩餐会に行きましょう?」
コナツは、リオに手を取られた。彼はタロウを椅子の上に置くと、タロウが「ぐ」と鳴いていた。
彼の手は大きくて、あたたかい。彼に引っ張られるようにして部屋を出て、階段を降りた。
(島にいた時にも、こうして手を繋がれたことがあった。あの時よりも、リオ様の手は大きい)
スモリペン島で、幼い頃からリオはコナツを連れ回した。
珍しいピロスを見せたいと言ったり、島の中の領地内を見せたいと言ったり、彼はアクティブにコナツと共に行動した。
自分の手を引っ張って、彼は自分の知らないものを見せてくれた。
「スモリペン島の時を思い出しますねぇ」
彼は昔を懐かしむように、自分を見た。
彼の碧眼が郷愁を想い、不思議と熱を帯びているような気がして、どきりとした。
えっーーと、コナツはリオから手を引っ込めた。熱い体温が未だに指に残るように、手が熱を発している気がした。
リオも、自分と同じことを考えていたのか。繋いだ手を引っ込められ、リオは驚いていたようだった。
「リオ様、強引にあたしを引っ張り回していましたよねっ」
コナツは強い口調で言った。
そうですねぇとコナツも同意して懐かしむ話だったはずなのに、高鳴る鼓動のせいでそうはできなかった。
「···だって、コナツといると楽しかったですからね。年が近い子なんて、島にはいませんでしたしね」
リオの笑みに寂しさが含まれた。かつての少年時代に想いを馳せている横顔を見て、コナツも共感した。
自分は島にいた時、楽しかった。
もしかしたら、皇宮にいる今よりも、楽しかったかもしれない。
周りの喧騒に巻き込まれることなく、ただリオの側にいる島の生活の方が、穏やかだった。
行きましょうというリオの言葉に付き従い、コナツとリオは晩餐会の会場に向かった。




