【12章】恋敵とのお茶会中に、襲撃
12章 恋敵とのお茶会中に、襲撃
「想い人と結ばれることが、完治の条件、ですか」
リオは玉座に肘を置き、少し意外そうに言った。
コナツとクロノスは、すぐに昨日帝都であったことをリオに話した。彼はとても興味深そうに話を聞き、少し考え込むようにして黙っていた。
「薬の可能性も捨てきれません。ただちにマンゴラドラの茎を煎じた薬と、ニンフの髪の薬を患者全員に配布します。もしかしたらそれで治るかもしれません」
コナツは彼の左脇に立ち、進言をする。黙っている彼はコナツのことを見たが、暫し間をあけてから、口を開いた。
「全員に薬を配るのは、止めて下さい。余命の残り日数が少ない者には、直ぐに薬を試してください。そして余命が···20日以上の者には、患者達の身辺調査をお願いします。片思いをしていて、相手と確実に両想いであることを確認した上で、患者を選定して、テストを行ってください」
「テストと仰いますと?」
「本当に想い人と結ばれたら氷の花が解けるかのテストですよ。薬が効いたか、それとも想いが通じたから氷の花が解けるのか、差別化できるでしょう?」
彼はにっこり笑って言った。
患者の身辺調査はすぐに行えることだったため、後ろに控えたセゾンにコナツは命じる。セゾンは玉座の間にいる黒人の使用人に同様に告げていた。
「ただし、確実に両想いであることを確認してからテストを行ってください。厳命します」
「えっ、そこまで強く仰られる理由は何でしょうか?」
厳命なんてきつくリオが言うことが珍しかった。
自分には理由がわからず、リオを見つめる。クロノスも同様だった。
「この激鈍コンビ···」
リオはにこにこと笑っているが、溜息交じりに言った。
「げ、激鈍コンビ?あたしとクロノスですかっ?」
「告白をしてフラれて、想いが通じなかった場合、氷の花がどうなるかわからないでしょう?完治した患者は、片想い相手と結ばれて氷の花がなくなったんです。1人でも死者を増やすようなことは許しませんよ」
リオの顔には笑みがあったが、自分とクロノスが少し馬鹿にされた感じがした。
「2人は教養はあるのに、恋には疎いですねぇ。グリックラン皇国には恋に関する詩もたくさんあるので、勉強したらいかがですか?」
呆れを含む口調でリオは言った。
「薬で治るなら話は簡単です。でも、もし少女達の恋に関する問題なら、少し厄介ですね。恋をしている相手が自分を好きじゃない可能性なんて多いですからね」
リオが恋に関して話をするなんて、意外だった。リオのように顔立ちが整い、しかも皇帝
だったなら、片思いなど無縁じゃないかとも思う。
(恋をしている相手が自分を好きじゃないとか、あたしのことかっていう感じだし)
リオの優しい横顔を見つめながら、コナツは思う。
自分の胸に咲いた氷の花。
もし薬で治るのなら、どんなに喜ばしいだろう。逆に、もし想いが通じ合わなければならない場合は悲惨だ。
(あたし、死ぬしかないんじゃ)
死。
もう自分に残された明日が少ないことに、絶望するしかないのだろうか。
リオとは自分では身分が違いすぎる。彼が優しいからといって勘違いしてはならないのだ。
「皇帝陛下、失礼する!」
玉座の間の扉を勢いよく両手で開けて、少女が入ってきた。後ろから侍女も追いかけてくるが、彼女はつかつかと玉座の間に入ってきた。無遠慮な入り方だが、自分もクロノスも咎められない。
「エレニ様」
後宮入りしてきたエレニだったからだ。彼女は皇后候補と言われているため、自分やクロノスよりも地位は上である。
彼女の後ろにいるのはマーキスで、彼女は自分を見ると嫌そうな顔をしていた。
「エレニ様、積極的なのはよろしいですが、皇帝陛下はご公務中ですよ?」
自分とクロノスが言えないことを、マーキスは叫んだ。エレニはからからと笑う。
「申し訳ない。どうしてもお会いしたくてな」
(リオ様に会いたくて)
衝撃を受けた。
そんなことをリオに対し、言えるなんて--何て羨ましいのだろう。
コナツの性格的には絶対に言えないことである。屈託なく会いたいと言えるエレニのことが羨ましくなった。
(あれ?この人、公務中に邪魔したくないとか言ってなかった?)
先日会った時は、リオが公務中で誰といるかを気にしていなかったか?公務中に邪魔はしたくないから、と言っていたと思う。
「エレニですか。いえ、今は構いませんよ」
リオは特段気にしていないように、いつもの優しい口調で言った。
(リオ様、後宮に誰かいれるのは面倒臭いって言ってたのに)
リオに会いたいと言ったエレニに、公務中でもエレニが来ることに気にしないリオ。
(従兄妹だから?やっぱり、皇后候補だからなの?)
リオの隣にいるのは自分だったが、きらきらとした瞳をして階段下にいるエレニを、まともにコナツは見ることができない。
「良かったら、お茶でもしませんか?公務中でも休憩は必要でしょう」
「いいですねぇ、少し休憩をしたいと思っていたところです」
まぁまぁとマーキスは嬉しそうな声をあげた。リオが承諾したことが嬉しかったのだろう。マーキスはリオとエレニの婚姻を進めたいらしい。
「庭園で良いですか?準備いたしますわね!」
マーキスは頭を下げて玉座の間を出ていった。ぱたぱたと弾む足取りは、嬉しそうだ。喜びに満ちた足音が遠のく。
エレニが、自分とクロノスを見た気配がした。リオの脇にいる自分達は、その意味を察する。
「一旦休憩ですか。それでは失礼いたします」
「あ、あたしも失礼させて頂きます」
自分たちは下がって欲しい――と、エレニは思ったのだろうか?視線を寄越したという意味を自分達はそう理解した。
「コナツ、クロノス、ぜひ同席をお願いします。あなた達も」
しかし、リオは止めた。彼は玉座から立ち上がり、階段を降りる。
「そうだな!クロノスとコナツも来ると良い!」
「えっ、そんな」
「皆でお茶した方が楽しいだろう?皇帝陛下のご配慮だぞ」
エレニは屈託なくそう言った。
先ほど視線をやってきたのは、どういう意味があったのだろうか?自分が察したこととは違っていた。
自分が玉座の横から足を動かせないでいると、クロノスが「どうした」と声をかけてきた。クロノスはリオの後に続いて歩いていく。
リオは、エレニの隣に立ち、共に玉座の間から出ていく。長身の彼の隣に立つエレニは、綺麗だった。すらっとしたエレニの体は、凹凸があり、女性として憧れる体型だ。
(あまり2人がお並びになるの、見たくないのになぁ)
コナツは2人の後ろに控えながら、強くそう思った。2人は背が高く、並んでいるのも様になる。
(2人を見ているだけなのに、辛いわ)
できるなら先ほど退席したかった。リオはどういうつもりで自分を呼んだのか――いや、単に自分が側用人だからか。深い意味もないだろう。
「皇帝陛下!エレニ様!こちらにおかけ下さいっ!」
玉座の間から回廊を歩き、建物に囲まれた庭園に席が作られていた。汚れ1つない白いクロスがかけられたテーブルに、同じ色の椅子が並べられている。使用人達はお茶を白いカップに注ぎ、腰かけるリオとエレニに差し出した。
マーキスは満面の笑みを浮かべていたが、コナツを見ると目を細めた。何故自分がいるのかと言いたげだ。
自分だって、好きで来たわけではない。
「マーキス、2人の分も淹れてくれ。あと、席の用意も頼む」
自分はリオの後ろに控えるつもりだったが、まさか席も用意をするようにエレニが言うとは思わなかった。リオが同席を頼むと言ったから、本当の意味で同席をさせるつもりなのだ。
「わかりました。ご用意します」
マーキスが恭しく言うと、傍に控えている使用人を動かした。コナツの後ろにいたセゾン
も手伝うのか、ぱたぱたと走っていく。
「恐れ入ります」
席を用意され、コナツは遠慮がちに席に腰かけ、差し出された白いカップを見つめた。中には紅茶が入っており、茶色の液体をすすると、甘かった。
「皇帝陛下、クロノスとコナツに奇病についての調査をさせていると聞きました。調査はどうですか?」
「はい、先ほどもその話をしていたのですよ。2人はとても優秀で、治し方についても解明できるかもしれないんですよ」
「それはとても良いことですね!でも、2人に危険はないのですか?なぁ――」
自然に2人は会話をする。とても自然に話ができる2人を見て、コナツは猛烈な嫌気がさしていた。クロノスは無表情で紅茶をすすっているが、彼のように無表情になれたら良いのに。
(ああ、嫌だ)
この場にいたくない。
エレニは話を振ろうとしてくれているが、コナツの気持ちは暗くなっていく。
「ぐっ!ぐっ!」
その時、足元を小突いてくる生物がいることに気が付いた。自分の足をこづく影を見て、目を丸める。
「あれ?タロウ?」
足元にいたのは、タロウだった。
自分の足をこづき、「ぐっ!ぐっ!」と声をあげている。コナツは紅茶を置き、タロウを持ち上げた。
「え?河童じゃないですか。タロウって呼んでいるんですか?」
リオがすぐに気が付いた。
彼は紅茶をテーブルの上に置き、自分が胸に抱いた河童の頭を撫でた。前のように怖がることなく、タロウは「ぐっ!ぐっ!」と鳴いている。
「あ、申し訳ございません。勝手に名付けちゃって」
タロウと名付けたのは自分だ。勝手に呼んで怒るだろうか
「それは構いませんが、連れてきたんですか?いつ?」
「いえ、あたしは連れてきていません」
ピロス部屋には鍵をかけている。何故、タロウが庭園にいるのか。
「ぐっ!ぐっ!」
タロウは手足をばたつかせ、力強く鳴く。
リオは優しい笑みをタロウに向けていたが、彼の顔が笑みを浮かべたまま突如として強張った。
「失礼っ!」
「え」
リオが大きな声を出した時、コナツの視界は、何かがリオに向かって飛んできたのが見えた。
リオがテーブルを力強く蹴とばし、テーブルの上に置かれたカップが、倒れた音がする。
「きゃああっ!」
マーキスを初めとして、女性の使用人が叫ぶ声が響く。
同時に、鉄が擦れた音。リオが、腰の鞘から剣を抜いた時の音だ。
コナツはタロウを抱きしめると、タロウは「ぐぅ!」と鳴いた。
「リオ様っ!!」
力強くコナツが叫んだ時、リオは太い剣を倒れたテーブルに突き刺していた。
彼の剣には彼の胸元と同じ虹色の宝石が埋め込まれており、光に照らされて怪しげに輝く。
飛んできた何かは、リオが蹴とばしたテーブルの上に着地していたのだ。
『オマエッ!コロス!!』
テーブルの上のそれは叫んだ。
牙がある口を開き、ぎりりとテーブルクロスに爪をたてる。
リオが突き刺した剣は、それを殺してはいなかった。
その生き物に、これ以上近づくのであれば突き刺すと警告をしているようだった。
「え、タラコス?」
コナツはテーブルの上で咆哮するタラコスを、信じられないように見つめた。
間違いなくテーブルの上にいたのはタラコスだ。
尻尾をぶんぶんと不機嫌そうに振り、リオに対して唸り声をあげている。
(どうして、ピロス部屋には鍵をかけているのに!)
タラコスが出てくるはずがない――まして、リオを襲う理由がわからない。
「マーキス!レイピア!」
エレニは大声を叫び、マーキスに手を伸ばした。
マーキスは目を丸めながらも、使用人の1人が抱えていたエレニの細いレイピアを受け取り、エレニに渡した。
「な、なんです?ここに何がいるんです!?」
マーキスは叫んだ。
この場に何がいるのか、彼女は見えていないのだろう。声も聞こえるはずだが、姿が見えないので当惑しているようだ。
「皇帝陛下に牙を剝くとは、不届きなやつめっ!」
エレニはタラコスに果敢に向かっていった。
タラコスは飛びのき、テーブルを前足で弾き飛ばした。
カップが地面に落され、割れる音がする。エレニは足首まで長いドレスを着ていながら、華麗にレイピアを振るう。
タラコスは前足でエレニの身体ごと叩き潰そうとしていたようだが、エレニは素早くタラコスの懐まで潜り込み、斬ろうとしていた。
タラコスはのけ反り、頭を咄嗟に引いた。細い剣とはいえ、首を斬りつけられるのを避けたのだ。
『オマエジャナイッ!』
タラコスが吠え、顔をリオに向けていた。
「リオ様っ!!」
「コナツ!後ろに下がりなさい」
彼は太い剣を構えながら、コナツを庇うようにして立っていた。彼の背中越しに、コナツはタラコスを見つめる。
「エレニ様っ!離れて下さい!」
クロノスが叫べば、エレニは眉を吊り上げつつも、タラコスから一定の距離を取るようにして一度引く。
クロノスがタラコスに向かって手をかざせば、タラコスの立っていた周りに雷が落された。タラコスはぐるぐると弱々しい鳴き声を漏らし、尻尾を縮ませた。
『マジュツシッ!!』
憎々しそうに、タラコスが吠えながら叫んだ。
タラコスが後ずさって逃げようとした時、クロノスはタラコスを鋭く睨んだ。
手をかざし、タラコスの動きを封じるようにして雷でできた檻が具現化された。タラコスは頭を左右に振り、悔しそうに吠える。
タラコスが雷の檻に閉じられ、誰もが息を吐いた。突然現れたピロスに、皆驚く他なかった。一番初めに動いたのは、コナツだ。
「リオ様!お怪我はありませんかっ!」
彼の前に立ち、コナツはリオの姿を見た。剣を鞘から引き抜いただけで、怪我はないように見えた。
「私は大丈夫です。私よりも···」
「クロノスっ」
クロノスの名前を叫んだのは、エレニだった。
彼女は床に伏したクロノスの肩に手をやり、憔悴の顔で彼の顔を覗き込む。
膝をおって床に伏せるクロスの顔は苦し気で、荒い呼吸をしていた。
「魔術は咄嗟に攻撃をするというのに不向きなんです。視認して、使う魔術のイメージをしないといけませんからね。それにあの檻は、力がいるのでしょう。早く他の魔術師も呼んできてください」
「そんな···誰かっ!!」
コナツが叫ぶと、マーキスを始めとして使用人達が慌てて駆けていく。
クロノスは言っていた。
使役魔術にはリスクがある。
他の魔術も同様で、力を使うには反動があるのだろう。
お茶会は、滅茶苦茶だ。テーブルは倒され、割れたカップが庭園の中に転がっている。
「···どうしてよ、タラコス」
コナツは呟いた。ピロス部屋で面倒を見ていたタラコス。
毎日面倒を見ていたタラコスが、まさかリオを襲うとは、誰が想像していただろう。自分はこんなことのためにタラコスの面倒を見ていたのではない。
もしリオが襲撃に気づかなければ、リオが死んでいた可能性だってあったのだ。
(そんなこと、絶対に許せない)
リオが死ぬことは、コナツにとってはありえないことだ。絶対にあってはならない。
「どうして、こんなことをしたの」
『コロスヤツノニオイ、カガセテモラッタ。コロシタラコドモクレル、トリヒキダッタ』
「は?取引?取引って誰と···」
タラコスと取引をした?
リオを殺したら、子供をくれてやると言った誰かがいたというのか?
タラコスの好物は、人間の子供である。
『ミエナイ』
「見えないって···役に立たないわねっ!!」
コナツは襲撃された苛立ちをこめ、怒鳴り声をあげた。「ぐっ!」とタロウも力強く鳴く。
そう、タラコスは盲目である。
盲目のタラコスには、取引を持ちかけた人間の姿を、見ることはできないのだ。




