【11章】氷の花の奇病が、完治した患者
11章 氷の花の奇病が、完治した患者
メラニアが落ち着いてから、自分達は建物の中から出た。
彼女は涙を流したことで気持ちが少しすっきりしたようだったが、まだ彼女を苦しめる氷の花は胸に残り続けていた。涙と一緒に氷の花も溶けてくれたら良いのに、そうは都合良くいかないようだった。
「可哀想、です」
建物の中から出ると、セゾンはぽつりと言った。メラニアがいる2階を仰ぎ見ているため、メラニアのことを言っているのだろうとわかる。
「そうね、早く治し方を見つけなきゃね」
「ああ、皇帝陛下もそれがお望みだ」
クロノスが強く言ったことで、コナツは目を丸めた。彼は真顔だが、メラニアの姿を見て思うところがあったのだろう。彼はメラニアが泣いている時、追加の質問もせず、メラニアが落ち着くのをじっと待っていた。
(不愛想だけど、優しいところもあるじゃない)
リオのためだとか言いながら、メラニアの哀れな姿を見て、早く助けたいとでも思ったのだろう。
「この近くにも、他の患者がいます、です」
「本当?じゃあそこでも話を聞きましょ」
資料を見ながらセゾンは言い、コナツはクロノスを見た。クロノスも首肯するため、馬車に乗り込んで移動をする。5分と経たずに目的地に着くと、そこは大通りに面した建物の前だった。建物には貼り紙が窓に何枚も貼られており、ぎゃーぎゃーという鳴き声がする。鳥ではない。
「何これ?ピロスを売っているお店なの?」
建物の中から聞こえてくるのは、ドラゴンの鳴き声だった。リオのピロス部屋でも同じ鳴き声を聞いたことがあるため、コナツはすぐにわかる。
「ピロスも売っているが、基本はピロスの一部を売っている店だ」
「一部?一部って、どういうことよ」
「見た方が早い」
クロノスが先陣をきるため、コナツは黙って後についていく。
「いらっしゃいませー!今日はドラゴンが入ってるよ!」
カウンターの奥にいた黒髪の少女が、元気よく叫んできた。一瞬少年かとも思うほど短い黒髪の少女であった。
店の中は薄暗く、木で作られた棚に商品が陳列してあった。棚に置かれているのは小瓶や小さな透明の箱に入れられたもので、確かにそれらはピロスではない。コナツは棚に置かれた1つの小瓶に目を向けた。
「爪?···こっちは、毛?」
棚の上には、小瓶の中に入った小さなドラゴンの爪や、獣を思わせる黄金の毛が透明な箱に入れられ、置かれていた。
どれも、クロノスの言う通り、ピロスの一部である。
「お、ピロス見えるの?見えない人は何があるかもわからないのにぃ」
カウンターにいた少女が、物珍しそうに自分を見つめてきた。口元には、にぃっとした笑みが貼りつけられている。少女の隣に置かれた赤いドラゴンはぎゃーぎゃーと鳴き声を発していた。
「ここでは、ピロスの一部を売っているの?ピロスじゃなくて」
「ああ、ピロス本体は高いよ?効能があるピロスの一部を売ってるんだよ」
「効能?効能って、何よ」
「効能はピロスによるよ。例えばそこのドラゴンの血は有毒だ。誰かを殺したくて、毒の血だけ買っていくやつもいる。薬を作りたくてマンゴラドラの茎を買っていく人もいるねぇ」
ピロスの一部というのは、そういうことか。
マンゴラドラは人型の草のピロスのことで、薬草によく使われるというのは知っていた。
「悪趣味ねぇ」
毎日ピロス部屋で生きているピロスを見ているから、ピロスの一部を販売するなど悪趣味なように感じられた。そうかな?と少年のような少女は、にぃっと笑う。
「で?何を買いに来たの?」
「買い物に来たのではない。我々は皇宮の者だ」
「えっ、皇宮?」
少女は驚いていた。自分は苦笑しつつ、セゾンを見た。
「そういえば、患者の名前は?」
「あ、ユーニア・イコゲニア様、です」
「いるかしら?あたし達は彼女と話をしに来たの。氷の花について調査をしていてね」
セゾンに確認し、コナツは言った。すると少女は目をぱちくりさせる。
「私?私に何か用?」
「えっ、あんたが患者?」
まさか目の前の少女が患者だとは思わなった。彼女はメラニアと違って元気そのもので、余命を宣告されている少女とは思えない。
(あたしもだけど、この子が余命宣告された少女のようには見えないわね)
自分のことは棚にあげながら、ユーニアを前にして失礼にも思ってしまった。
「氷の花ねー。あれだけど、なくなっちゃったんだよね」
―――彼女の発言が、信じられなかった。
え、と小さく言葉をこぼす。
「―――なくなったぁ!?」
「うん、治った」
ほら、と彼女は胸を少しだけはだけさせた。店内で自分達以外に人はいないとはいえ、氷の花は確かに彼女の胸には存在しなかった。
「ど、どうして!?何したの!?」
コナツはセゾンから資料を奪い、彼女の名前を確認した。彼女の名前は患者のリストの中に、ちゃんとある。彼女が病だったということは本当なのだろう。
資料によると、余命はあと3日だったはずだ。
「えー、普通に溶けてなくなったよ?薬になるっていうマンゴラドラの茎を食べたり、ニンフの髪を食べたけど」
「マンゴラドラの茎に、ニンフの髪!?」
ニンフとは踊るのが好きなグリックラン皇国の妖精である。マンゴラドラといい、ニンフの髪も薬にはなると聞いた事があったが――。
(これ、治るの!?)
ちらりとコナツは店内を見る。自分も氷の花が咲いているのだから、それらを飲んで治るというのなら躊躇なく飲むだろう。
「んー、でも薬で治った感じはしないなぁ。飲んですぐは氷の花はあったし」
は?とコナツは言いかけた。
ユーニアは悩むようにし、首をひねる。
「ピロスの薬で治った訳ではないのか?氷の花が治ったという患者の報告は初めてだ。完治した時、どんなことがあったか教えてほしい」
クロノスは自分が持っている資料を目で確認し、余命があと3日であると記述された文字を指でなぞった。
余命3日という日にちを残して治った理由を、自分も知りたい。
「えー、したことねぇ。さっき言ったピロスの薬を飲んだのと···」
ユーニアは頭を抱えていた。
記憶を思い出すようにして、彼女は、「あっ」と言った。
「強いてしたことを言うなら、余命宣告をされたから、好きな男に告白した」
「は?」
好きな男に、告白?
自分とクロノスは目を合わせる。セゾンも目を瞬かせていた。
「もう死ぬんだと思ったら、言わなきゃって思ったんだ。3軒隣の店の男なんだけどさぁ、ずっと好きでね。想いを伝えないまま死ぬなんて嫌じゃない?告白したら、何とあっちも私のこと想ってくれてたんだよね。想いが通じ合って死ねるなら良かったなぁって思ってたら、胸の花がなくなってた」
ユーニアは熱っぽく言った。
まるで少年かと間違えるような外見をしているのに、彼女は乙女だった。顔を赤らめ、想いが結ばれた幸福に浮かれている。
「···何それ?そんな魔術とか魔法ってある?」
「···想い人からキスをされないと解けないという魔術がある。理論的には、そういう魔術や魔法が存在してもおかしくないが···」
コナツとクロノスはひっそりとした声で話し合う。
氷の花が胸に咲き、完治した患者を見つけることができたというのは幸運だ。
もしかしたら今発症している患者たちは、治る可能性があるのかもしれない。
自分も、助かるかもしれない。
そう思ったが、薬を飲んだことが幸いとしているのか、それとも片思いをしていた男と想いが通じ合ったことが幸いとしたのか、現段階ではわからない。
(片思いだった男に、告白をした?)
薬を飲むことは、難しくはない。
マンゴラドラも、ニンフも、グリックラン皇国内にいるピロスだ。手に入れようと思えば手に入るため、患者たちに配ることはできる。
だが、もしも片思いの男と想いが通じ合うことが完治の条件だった場合。
(そんなこと、あたしにはできないわ)
少なくともコナツにはできない。
皇帝陛下に恋をしている自分には、そんなことはできるはずがない。




