【10章】氷の花の患者
10章 氷の花の患者
「やーっと、皇宮から出られたわぁ―!」
帝都コリンティアに向かう馬車の中で、コナツは手足を伸ばして叫んだ。隣の座席には苦笑するセゾンが腰かけ、向かい側には真顔のクロノスが座っている。外を見れば天高くそびえる白亜の城は遠のき、城下に近づき、人々の喧噪が聞こえてくる。
氷の花に関して図書館で本を探し、5日後。
つまりはコナツに残された余命が24日である。
コナツとクロノスはリオの側近であるため、公務が忙しく、外に出かける機会というのを作れずにいた。コナツ単体では外に出る機会もあったのだが、リオがそれを許さなかった。
『何が氷の花の原因かわからないのですから、皇宮から出る時はクロノスと同行しなさい』
帝都に出るのだから別段危険もなかろうとは思うのだが、リオが言うことに渋々従った。
(魔術師で、しかも帝都出身のクロノスがいれば、心強いことは心強いしね···)
クロノスは首都コリンティアの屋敷で生まれ育ち、皇帝専属になる前までは屋敷から皇宮に通っていたという。島から出てきた自分よりもコリンティアには詳しいだろう。
仕方なくクロノスと共に行く時間を待っていると、5日も経ってしまった。焦る気持ちが募り、コナツは苛立つ気持ちに任せて何度1人で外に行ってしまおうと思ったことか。
1人で空いた時間は図書館でピロスの本について探るか、それぞれの患者の特徴を使用人たちに調べさせるしかなかった。
(結局ピロスについてはあまりわからなかったわねぇ。患者についても、かかる地域はばらばらだし、共通点はまるでない)
皇宮にいて本や患者のデータを見ていても、わからなかった。解決の糸口を掴めないため、やはり患者に直接会うしかないと思ったのだ。
(まぁ、あたしも患者なんだけどね···)
氷の花が咲くまで、自分は皇宮にいて、リオと共に過ごすことが多かった。
皇宮のピロス部屋にいるピロスくらいしか関わることはない。グリックラン皇国各地に広がる奇病にかかるようなことは、なかったと思う。患者のデータを見ていても自分との共通点は見いだせなかった。同じ地域に行ったとか、同じ川の水を飲んだとか、そういうこともない。
本当に、共通点は若い少女というだけだ。
「公務でお忙しくて、なかなか外に出られなかったです」
「そうねぇ。まぁ、バヤンホン国の大使も無事に帰ったし、魔術師軍の縮小も一応臣下の承認もおりたし、一段落かしら」
セゾンが自分に気を遣うように言った。
リオが議題にあげていた話は、とりあえず通っている。魔術師軍の縮小については、カイが黙然としていたのは気がかりだったが、承認はおりた。ちらりとコナツはクロノスを見る。
「クロノス、あんたは良かったの?魔術師軍の縮小」
最初にリオが議題を提示した時、クロノスが驚いていたのが印象的だった。魔術師として、かつて魔術師軍に所属していた身として、内心穏やかではないのではなかろうか。
「皇帝陛下のお考えだ。俺の意見など無価値だろう」
「···リオ様に従順なのは良いけど、思ったことは言った方が良いわよ」
「理論的には、正しい話だ。銃の方が魔術よりも殺傷能力があるというのなら、魔術はいつか不要になるだろう」
クロノスの答えは、コナツが期待していたものとは違った。
(理論的にってことは、結局クロノスはどう考えているのよ)
「まもなく、患者のデュカス様の家につきます、です」
セゾンが言った。今向かっているのは氷の花の病にかかった少女の家である。
「発症したのは、いつの子?」
セゾンは自分と共に氷の花について調べており、患者の少女達の資料も渡している。彼女は紙を確認した。
「10日前です」
「じゃあ余命は、あと20日なわけね···」
自分とさして変わらない。だが自分よりも短いとなると、焦りは刻々と募ってくることだろう。
「さ、つきました、です」
馬車から降りると、まずはセゾンから馬車を降りた。黒い馬が2匹が馬車を引いており、彼らは荒々しく息を吐いていた。足を地面に叩きつける馬を落ち着かせようと、黒い正装を着た使用人が手綱を引く。
中流階級の人間が住むような、小さな白亜の建物の前である。続いてコナツが降りるとき、セゾンが手を貸してくれる。グリックランの家紋が印された馬車から降りれば、周りの人々がわっと驚いていた。
「わぁ、外国人だ!」
無邪気な子供が叫び、慌てて大人が口を閉じさせていた。コナツは視線をやることなく、民家を見つめた。
大通りから外れた路地裏の小さな家だった。路地裏にも多くの人々がおり、自分のことを興味深そうに見つめている。
「人気者だな」
「東国の人間が珍しいだけ、いつものことよ。相手にしないわ」
グリックラン皇国での奴隷は南国からきた黒い肌の奴隷が一般的である。自分のような毛色が違う奴隷の姿を、一般人は「外国人」と呼び、珍しがる。まして皇宮の馬車に乗った奴隷など、見たこともないのだろう。
「ママー!あの外国人、ちっちゃいー!」
は?とコナツは、大声で叫んできた少年を睨んだ。少年は2階から自分を見下ろし、指を指していた。
「誰が胴長短足よっ!可愛い顔をしているからって何言っても許される訳じゃないのよっ!」
「おい、やめろ」
コナツの怒った声を、クロノスは冷静に止めてきた。建物の中に入ろうと、彼は自分の肩を押して促してくる。少年の母親が「すみませんっ!」と謝る声が聞こえてきたので、コナツはとりあえずクロノスに促されるままに建物の戸を叩いた。
「ごめんください、皇宮の者です」
戸を叩いてから、2階から降りてくる足音が聞こえた。パタパタと足音がしてしばらくしてから、出てきたのは中年の女性だった。彼女は沈鬱な表情を浮かべ、コナツの顔を見て驚いた。いつもの反応だ。
「こ、皇宮の···?」
彼女の顔はやつれていた。心配の色が濃くて、ろくに眠れていないようのか目にクマがある。
「デュカスさんの娘さんに会いに来ました。あたし達は氷の花について調査をしている者です。娘さんに、会わせてください」
「氷の花について···ですか。娘の、あれは、な、治せるんですか···?」
中年の女性は、患者の母親なのか。娘の余命が宣告され、ひどく心配しているようだった。母親ならば、無理もないだろう。コナツはできるだけ声のトーンを低くし、言った。
「治し方を調べています。娘さんにもご協力をお願いしたいので、会わせてはもらえませんか?」
母親の瞳から、光が消えていた。皇宮の人間が来たのだから、娘の病を治せるかもしれないと期待したのだろう。失望しつつも、悩むようであったが、彼女は「どうぞ」と建物の中に入るように促してくる。
「お邪魔します」
建物の中も白亜の作りにはなっているが、壁に赤いタペストリーが飾ってあったり、古びた食卓が置かれていたり、庶民の生活感がある部屋の作りになっていた。コナツ達を建物の中に入れると母親は2階にあがっていく。2階から母親と、少女が話している声が聞こえてきた。会話の内容までは聞こえてこないが、自分たちのことを話しているのだろう。少ししてから母親は2階から降りてきた。
「娘がぜひ協力したいと申しております。どうぞ、2階におあがり下さい」
「ありがとう」
コナツはなるべく丁寧に言い、母親を1階に残したまま、階段を上がった。
部屋の中に入ると、枯葉色の長い髪をした少女がベッドから半身を起き上がらせ、待っていた。年頃はコナツとあまり変わらないだろう。
「どうも、皇宮の方々···メラニア・デュカスと申します」
メラニアはコナツとクロノス、セゾンを見比べ、恐々としていた。特にコナツを見つめ、不思議そうな顔をしている。セゾンは南国からの奴隷だとすぐわかるが、自分が異質な外国人だからだろう。
「こんにちは、メラニア。あたしはコナツ。こっちはクロノスと、セゾンよ」
「こ、コナツ···?外国人···ですよね?言葉、お上手ですね」
コナツという名前も変わった名前だと思われたのだろう。グリックラン皇国の言葉をすらすらと話せることを驚かれるのも、よくあることだ。
リオに教えられた言葉は、なまりなどがなく、はっきりとした発音である。
「ええ、5歳の頃からこの国にいるからねぇ。···体調悪いところ来て、ごめんなさいね」
「い、いえ、具合は悪くないんです。寝ていろって母から言われたんです。病を治すには、寝ていることが良いって」
コナツはクロノスと目を合わせた。
氷の花の病は、風邪ではない。現にコナツは動き回れている。病と呼ばれていることから、そのように娘に眠ることを強いるのだろう。
クロノスは、メラニアに近づいた。
「悪いが、咲いたという氷の花を見せてもらえるか。俺は魔術師だ。どういうものか調べたい」
「ク、クロノス様」
「ん?」
セゾンが止めるような声を出した。メラニアも驚いていたが、「魔術師様···」と呟くと、苦笑する。
セゾンとメラニアの反応は、最もである。
「あんたもうちょっと遠慮しなさいよっ、左胸にあるんだからねぇ」
「だから悪いと言っているだろうが」
「だったらもう少し申し訳なさそうにしなさいよっ!」
クロノスの顔からはわからないが、一応は申し訳ないと思っているらしい。表情に出ないので、本当にわからない。
メラニアは迷うようだったが、「魔術師様なら···」ともう一度呟くと、白いパジャマをはだけさせた。最低限しか見えないように手で隠しながらも、胸にあるそれを曝け出した。
「これです。これが、10日前に咲きました」
メラニアの左胸に咲いていたのは、氷の花だった。コナツと全く同じ形の花だ。花の種類としては同様のものなのだろう。大きさも一緒だ。日にちが経っても大きさが変わることもなく、溶けていくこともないのだろう。
「急に咲いたこれが、命を吸い取ったらと思うと怖くて···こんな呪いにかかるようなこと、していないのに···」
メラニアが悲痛に言った。
か細い声音は今にも泣きそうで、コナツは彼女の背中をそっと撫でた。あと20日で死ぬと言われたら、誰だって怖いだろう。背中を撫でれば、メラニアはひくりとしゃくりあげた。顔を俯かせ、彼女は顔を見えないようにする。
「···奇怪だな」
クロノスはメラニアの氷の花を見て、呟いた。考え込むようにして腕を組んでいる。
「見ただけで、魔術か魔法かどうか、わからない?」
「···わからない。こんな美しく整ったものを植え付けるには、ピロスの可能性が高いと思うが···」
クロノスでも断定することができないようだった。
「メラニア、病にかかる前に魔術師と会ったとか、変なピロスを見たとか、そういうことはなかったの?」
「魔術師様なんて、会いません。ピロスも···私には見えないから」
メラニアは顔を俯かせたまま首を横に振る。
(この子は、見えない子か)
彼女自身は認識していなくても、ピロスと彼女が接触した可能性はあるということだろう。魔術師でも、人間を見ただけで魔術師かどうか識別することはできない分、可能性としては残されているが――。
(あたしだったらピロスは見える。あたしは変なピロスと接触していないもの)
自分は見えるのだから、もし氷の花を咲かせるようなことをされれば、気づかない訳がない。
「まだやり残したこともいっぱいあるんです···。どうか、治して下さい···」
メラニアは嗚咽しだした。コナツは「頑張って探すわ」と彼女に聞こえるように囁き、背中を撫でる。彼女は最初はびくりとしたが、自分に寄りかかるようにして体重を預けてきた。強く、彼女の華奢な身体を抱きしめる。
胸に咲いた氷の花を割らないよう、気をつけながら。




