【9章】暗殺者の目
9章 暗殺者の目
まさかリオが皇帝になるなど、誰が想像できただろうか。
彼は優艶な笑みを浮かべた、コナツとクロノスを引き連れて回廊を歩いていた。辺りが暗くなった空を見ることなく、回廊には床を照らすようにして灯りがついている。
公務が終わり、玉座の間から出てくる彼の姿は悠然としており、若いながらも皇帝としての威厳を持っている――と、本人は思っているのだろうか?
この1年、彼の姿を見るたびに苛々していた。
彼を初めて見た時から、ずっとそうである。グリックラン皇国の島国からやってきたと思えば、皇位を継ぐと言い出したのだ。
他の皇子達と違って島国に追いやられていた彼に、皇位継承権があったことに驚かざる得ない。リオなどではなく、誰よりも皇帝にふさわしい者が他にいるだろうに、と強く思った。
「ん?」
リオが足を止めた。
回廊を歩きながら、建物に囲まれた庭園を彼は見渡す。回廊には灯りが配置されていたが、庭園は回廊からの微かな灯りにのみ照らされているだけだ。周りは真っ暗で、庭園の中に何があるかまでは認識できないだろう。
「どうかされましたか?リオ様」
リオの後ろに従っていたコナツが、訊いた。
彼女はリオに近く、まるで寄り添うようにして立っていた。長身のリオと比べると、彼女は小さく見えた。東の国の者は顔立ちも幼く見え、実年齢は16歳と聞いているが、より幼く見える。
「いえ、気のせいでしょう」
慇懃な口調が、鼻につく。
皇子の中でも彼のような口調の者はいなかった。まるで皇子には似つかわしくない、嫌味なほどに丁寧な口調。謙虚は美徳であるとでも思っているのだろうか。
わかっている。一度嫌いになった相手というのは、一挙手一投足でも、何が何でも気に入らなくなるものだ。例え彼が自分に優しくても、自分はそれに対して絶対的な苛立ちを感じるのだろう。嫌いな相手というのは、いくら善意を向けられても変わることなどない。
「この後の予定もあります。早く行きましょう」
「はい」
リオはコナツに言い、先頭を歩いた。彼の後ろを、コナツ、クロノスも続いていく。クロノスは庭園に一度視線をやったが、すぐにリオの後に続いていった。
(当然のように権力を手にする奴)
どうして彼が皇帝になったのか。
歯ぎしりをする。苛立ちが、爆発しそうだった。
(リオを皇帝の座から引きずり降ろしてやる)
暗闇の中に隠れながら、負の感情を抱えた者は、気持ちを吐き出す。
瞳に宿るぎらぎらとした光は、リオに気づかれることはなかった。




