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花を食む

作者: 夜道

 昏くなっていく。道々に佇む街灯が弱弱しく明滅して灯る。街の風景は紅よりも黒々とした青が優勢になってきた。

「本当にこっちで合ってるのか」

 観光客の姿もまばらで不安になってくる。本当ならそろそろ俺らも帰らなくてはならないのだ。それでもシオリの、海を見に行こう、という提案を断れなかった。海水浴もできない三月の海でも、あまり海に親しみの無い身として見ておきたかったのもある。高校生最後の春休み、大学の始まる猶予期間。卒業旅行(日帰りだが)であるし、きれいな海でも見れば記憶に残る。

「うん! こっちだよ。私のスマホを信じて」

 一日中歩き回っていたことを感じさせないはつらつさでシオリは振り返る。そのまま後ろ歩きでさも楽しそうに笑う。

「今日は誘ってくれてありがとうね。凛太郎ってばたまにはいいこと言うよねー。神奈川とか来るの小学生以来だよ」

「前見て歩け、ったく。……まあ学校行事以来だな」

 へいへいとふざけながらもシオリは前を向いて、ときおりスマホをのぞき込む。いつもの癖のあるショートカットを、後ろでくくって兎のしっぽみたいに生やしている。髪は青地に牡丹が描かれた和風なシュシュで彩られていた。土産屋で欲しがっていたから買ってやったものだ。大した値段でもないのにシオリはとても嬉しがってその場で髪をまとめた。

『どう? かわいいでしょ』

 そう屈託もなく笑う顔に一瞬戸惑って、誤魔化すためについ、けなしてしまった。せっかく二人で遠出したというのに、変に自意識が邪魔してガキみたいにふざけることしかできない。

「なあ、あのさ……」

「あーっ! 海見えた、すぐそこじゃん。ほら」

 はしゃぐシオリが俺の袖を掴んで走らせる。角を抜けると一気に視界が開けた。道路一つを挟んで砂浜、そしてどこまでも続く海。陽も暮れたこの時間では黒いうねりが絶えず動いているだけだったが、やっぱり雄大で、見に来てよかったと思った。残照が、最後の赤色を放っている。

 俺らは砂浜に並んで立ってそれを見届けた。

「ねえ、どうして私を誘ってくれたの?」

 陽が落ち切るのとほぼ同時に、シオリがぽつりとそう言った。普段聞かないような落ち着いた声の調子だった。

「それは、さ。まあ前からこっちまた遊びに来たかったし……」

 答えになっていない。けれど、さっきからすぐ隣のシオリを見ることができなかった。今、シオリの顔は見れない。俺の顔も、見せたくない。

「受験から解放されたらぜってー卒業旅行するつもりだったし」

 出てくるのはくだらない言葉ばかり。そう、旅行に誘う前からずっと言うつもりだったことがあるのに。高校で、いや小学校から俺とシオリは男女関係なく話ができる気の合う仲間だった。いつの間にか一番の友人でもあった。

 俺はこの期に及んで、言えなかった。このままでいい。ずっと変わらず仲良くつるんでいられればいい。そんなこと出来るのだろうか。俺らの進路は違う。お互い違う生活をして、引っ越した先で友達作って、全然接点のない関係になる。

「それに、暇してそうなの周りでシオリくらいだったからな」

 軽口で流そうとする自分が嫌いになる。なに日和ってんだよ。

「じゃあ、凛太郎誰でも良かったの? いつもつるんでる橋本とか渡貫とかと一緒のほうが良かった?」

「それは……。つか、何でそんなこと聞くんだよ」

 鼓動が早くなる。シオリからそんなこと言いだすなんて、まるで。

「私が――私が一番凛太郎に付き合ってやってたでしょ。高校三年間含め今までの感謝を示した旅行だと思ってたのに。あんた私の扱い雑過ぎない?」

 シオリが正面に立った。暗いが表情は辛うじて見える。辛そうに眉根を寄せている顔は、怒っているようにも、泣くのをこらえているようにも見える。

「馬鹿」

 隣を通り抜けてシオリが行ってしまう。

「ちょっと、おい待てって」

 早歩きでどんどんと距離を延ばされてしまう。仕方なく走りだすと、足音を聞いたのかシオリも走り出す。

「おま、元陸上部が本気出すなよな……!」

 そこから駅までずっと走りづめだった。別段体力があるほうでもない。最後のほうは歩くよりも遅い速さになってしまった。

 駅の前でシオリは待っていた。こちらに気づくと手を振り、周りの迷惑も考えず大声で名前を呼ぶ。

「お前、さあ……。はあ、はあ……。ちょっとタンマ……」

「はっはー、軟弱だなあ」

「運動不足に決まってんだろ。殺す気か……」

「ごめーん。きゃははは、ほら、買っておいたから飲みなよ」

 手渡されたスポドリが冷たく冷え切っていた。コートの下で場違いに温まった体に心地よい。内側から火照りが去るのを待つ。

「帰りの電車、これでいいよね」

 スマホに表示された出発時間はだいたい五分後。二時間後にはそれぞれ分かれて家までの道を急ぐことになるだろう。

「すぐじゃねえか」

「うん。別にお土産も買っておいたし、いいでしょ」

 改札へ進むシオリの、後ろへひっつめた髪に、青いシュシュに、どうしようもなく揺さぶられる。

 隣にいてほしい。いつまでも笑いあっていたい。

 でもそれは男女という形でなくてはいけないのか。

 改札前で立ち止まる俺を迷惑そうに人々が追い抜いていく。俺が付いてきていないことに気づいて、シオリはあたりを見回して不審そうにしている。改札にまだ留まる俺に気づかず、駅構内の奥へと俺のことを探しに行ってしまう。

 改札を抜けてシオリのもとへと歩み寄る。

「あっ! いたいた。もう時間ないよ! 走って」

 腕を掴まれ、否応なく引きづられる。まだどうするべきかわからなかった。

「ちょっと、走るよ!」

 電車なんて、まだあるだろう。次のでいい。

 言おうとして、口からはかすかな吐息が漏れただけだった。喉の奥が固まって。声を出すのも容易ではない。

「ええ? 何? 後で聞くから!」

 時間稼ぎもここまで。走りだしてみると俺は流される簡単さに呆れた。それは心の底にあるものに音をつけるよりもずっと楽で、何よりぬるま湯のように安心だった。

 俺たちは大急ぎで電車に乗り込むと、ほっと顔を見合わせた。電車がレールの上を走る音は単調で、乗客はどこを見ているのかもわからない虚ろな目でじっと座っている。俺たちは黒く塗りつぶされた車窓にお互いの顔を映して、今日の旅行を振り返った。

 『今日の旅行は楽しかった。いい思い出だ。』

 まるで週が明ければまた学校で飽き飽きした日常があるみたいに喋りまくった。相手に念を押すように、笑いあった。

 一時間もすると、車内の乗客はいつの間にか減って、俺たちも言葉数が減り、シオリは鞄に持たれて眠りについた。

 改めて見る。綺麗になった幼馴染。もう少しすれば成人する俺たち。異なる日常。

 なんだかその時未来まで見えてしまった気がした。

 次会うのは何年後だろうか。きっとその年数は俺たちを他人にしてしまうには十分な質量なんだろう。

 聞きなれた駅名が呼ばれるまで、ずっとずっと過ぎ去る街並みを眺めた。


 暗い展開は好むくせにハッピーエンドを書くことが多いと思って考えたもの。よくある話をどう書くのかというのも面白かったです。読んでいただきありがとうございます。さよなら。

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