最終話 女神
「おやすみ、みんな」
ノアが歩み寄っていくと奴も数歩下がったが、ノアは距離を詰めて抱きしめた。
数秒動きが無かったが、奴の体から力が抜けてノアの方に寄りかかると、体の崩壊が一気に進み、塵となって消えた。
ただ、ノアの手のひらに残されたものもあった。ぼんやりと光る丸いもの。輪郭がはっきりせず、綿のように柔らかくも見える。ノアが治したであろう右足でグッと立ち上がり、ノアの隣に立った。
「ノア、その光ってるのは」
「これは【創造】の力そのもの。シロはやっぱり取り込まれてしまってたみたい」
「リエイに報告しないとな。全ての結末が出揃ったって」
「いーや、まだだよ」
壁でまだもがいているムーランを救い出そうと俺は歩き出していたが、ノアにはまだ気になることがあるようだ。
「なんで騙したのかな? エリク」
笑顔なのだが、顔を合わせていると背筋に寒気が走り、姿勢を正さずにはいられない。それとどこか懐かしいような気分もするのだが、そうかこれが殺気だからか。
「いやあの、仕方ないんだって! ノアの感情を一番揺さぶれる方法って何かなって思ったら、恐れながら俺が適役だったんだよ」
「うん。そうだねその通り、」
ピンと背を伸ばして立つ俺の背後に回り込んだノアは、ぐっと両肩に両手を添えた。そして耳元で囁く。
「許さない……」
怖すぎるな。どうだろう、何かをしないと許さないというのならともかく、許さない単品となるともうここで旅は終わるのかもしれないな。
俺は天を見上げたまま固まっていたが、いつの間にか前に回り込んでいたノアに手に引かれ、よろめきながら俺は歩き出した。
どうやらノアも、俺の感情を揺さぶる方法を知っていたらしい。
その後、壁から引き抜いたムーランの体にノアが触れると、擦り傷や打撲痕、骨折までもが数秒で完治した。ノアは自身の力に驚くこともなく、立ち上がろうとするムーランに手を貸している。俺もムーランも、その力に見覚えが無い。
「ノアさん。その力、どこで手に入れたんですか」
「私って【生命と破壊】の神だったでしょ。だから、ちゃんと力をコントロールできるようになったってことかなと」
話しながらノアは城門に向かって歩き出し、俺とムーランも後を追う。
「昔の記憶はあんまりないんだけど、エリクの右足を直した時しっくりきたんだよ。感覚みたいなものでしかないけど、これが昔のノアなんだろうなって」
ノアはどこか楽しげで、足取りも軽い。
「何か気持ちの面でも変わったのか?」
「うん。【生命と破壊】の力を使いこなせるようになることが、昔のノアの供養にもなったかなって。確かに昔のノアも私だったんだけど、この力でしか繋がりを感じられないんだ。それを使いこなせるようになったら、ちゃんと引継ぎが済んだってことになるのかなって」
「そうだな。そうだろうよ、後はリエイに報告して終わりだ」
「お疲れ様-」
「来たかリエイ、もう色々と片付いたぞ」
ふわふわと飛んできたリエイに諸々の説明をする。奴はもう完全に倒したこと、ノアが【生命と破壊】の力を使いこなせるようになったこと。そして、シロが消えたこと。
「そう、ノアが右手に持ってるそれが【創造】の力なのね。どうしようかしら、封印しておいても良いけど……ムーランが継承しちゃったら?」
「そんなに信用されてましたっけ」
「私もこんな事態には懲りたの、ムーランならうまく扱えるでしょ」
リエイはあっさりと【創造】を手放した。仲間のものだから、といった意識が薄いのは神特有の考え方なのだろう。
「では引き受けましょう。世界が回るのに必要な仕事は承ります。となると私はここでお別れになりますね」
俺が何かを言う前に、ムーランがぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございましたエリクさん。私の願いのためにも、今後は空から見守る形にさせていただきたいなと思います」
「お前の願いって……?」
「ノアさんに幸せになってもらうことですよ。ノアとの別れは済みましたから」
ムーランはノアの方を見ているようで、どこか遠くを見つめていた。愁いを帯びた表情ではあるが、ほんの少し笑っていた。
「ノアさんも短い間でしたがありがとうございました」
「うん。ありがとねムーラン」
「では、また」
そう言ってムーランは一歩下がった。入れ替わりにリエイがずいと近づいてくる。
「私達も復興で忙しくなるわね。六十年ぐらい放っておいても良いとおもうんだけど」
「それはやめとけ、時間は有限だ」
「それもそうね。じゃあ二人とも、戻るのは酒場でいいわね」
「ん」
「じゃあねリエイ」
「ノアも元気でね」
リエイがぐっと指に力を込め、鳴らしたと思った瞬間には酒場に戻ってきた。
おそらく時間にすると一日経っていないはずだが、まぶしい夕日がとても懐かしく感じる。
「ま~た急に帰ってきたじゃないか」
ワインセラーの方から声が近づいてくる、どうやら元気に酒を嗜んでいたらしい。
「ただいま師匠」
「あいおかえりぃ。今わの際みたいな顔して金を押し付けていったのに、二日で帰ってくるとはねぇ」
「さして時間はかからなかったんだ。でも腹が減った」
「私も」
「なら夕飯でも作ろうか、今晩久しぶりに客を入れるんで、腕がなまってないか心配なんだよねぇ」
話しながら師匠は厨房を漁り始めた、俺とノアは適当な椅子に腰かけ、顔を見合わせる。
「終わったんだって感じがするね。この匂いも、ゆっくり流れる時間も」
厨房から投げられた濡れタオルで顔を拭くと、冷えすぎた井戸水の香りが愛おしく感じられた。懐古趣味は無かったはずなのだが。
「これからエリクはどうするの?」
「そうだなぁ。ノアと行くならどこでもいいかな」
「えっ……」
素でものすごく恥ずかしい事を言ってしまった。ノアはうつむいているが顔が赤いのは分かる。でもこれは引くタイミングじゃないだろう。
「どこでも行ける。冒険でも、観光でも、買い物でも、食事でも。だけどその隣に俺は居たい」
今度は俺がテーブルを見つめる形になる。照れ隠しで詩人のような言葉になってしまったが、ノアの返答が来るまで顔をあげられない。
遠くで師匠が笑いをこらえているのが分かる、奇妙な声を漏らすくらいならいっそ笑い飛ばしてくれ。
「うん、一緒にいこうエリク」
一秒を言葉の理解に使い、二秒後に顔をあげるとノアと目が合った。
この太陽みたいな笑顔を守るためなら俺は命を張れる、そう思えただけでもう感動で打ち震えるほどだった。
「はいはいお二人さん、夕飯出来たから冷めないうちに食べなさいな」
「……タイミング」
「何言ってんだ、今話しかけないとこれからずっともじもじしてただろう、二人とも顔洗ってきな、顔が真っ赤で笑いが止まらないよ」
「いーんだよ! もう幸せなんだから何言われても動じないぞ」
「あぁまた恥ずかしいこと言う、ウッヒッヒッヒ! アッハッハッ!」
「笑い過ぎですよキリータさん! エリクは真面目なんです」
「真面目っていうか、カッコつけなんだよコイツはクハハッ!」
笑いながらノアの隣に座って背中をバシバシ叩く、ノアはぷいとそっぽを向いてしまったが、ちらりと覗き込んでみると表情は柔らかい。俺もつられて口元が緩んだ。
「ちぇ~楽しそうでいいねぇ若い衆は」
「残念ながら幸せだ師匠。しかも理由は明白」
皮肉を返す俺の隣で、ノアが胸を張ってこう続けた。
「彼、女神に憑かれてます!」
二年間もかかってしまいましたが、無事完結させることができました! 続きの構想もありますが、しばらくは新作「エルフの王女と最強の皇帝」→https://ncode.syosetu.com/n7014gg/ を書き続けたいと思います。
最後にわがままですが、感想を頂戴できればと思います。
時間がかかっただけあって、本当に皆様の言葉が聞いてみたいのです。
ブックマークしてくださった皆様、評価してくださった皆様、本当にありがとうございました。引き続き応援頂ければ幸いです。 塚田恒彦