第五十五話 開戦
ノアのこじ開けた穴は、ここに来た時のような高低差が無く、一歩跨げばシロの部屋に戻れた。また調査が振り出しに戻るかと思われたが、事態は大きく動き出していた。
家の壁は吹き飛ばされており、同様に隣家も破壊されている。そして町中で爆発音や崩壊音が聞こえてくる。
「ムーランの仲間はえらく強いな?」
「僕も予想外です。ともかく止めましょう。世界の均衡が崩れる前に」
俺はノアと共に走り出した。
ムーランはこの状況で、過去より未来を選んでくれたようだ。ノアにも役職があるようにここに暮らす神達には、各々司る分野があるはずだ。倒されればそのコントロールが失われ、世界に重大な異変を与えかねない。
酒場でも、復讐なんてしないと言っていたが、気持ちで負けてくれるなよ。
そう考えている間にも俺とノアは、黒いフードのようなものを被った奴らを倒し続けていた。といっても、俺は勝てないので後方で警戒にあたることしかできないが。
「ノア、何か感じたことはあるか?」
「見た目が一緒だから、分身してる本体がいるかなと思ったけど、そうじゃないみたい。フードの下はみんな違う顔だし、戦い方も違う。そんなに特異な技は使ってこないから、これがムーランの言ってたなりそこない達で間違いないと思う。
聞いてた通りそんなに強くないし、多分そう時間が経たずに殲滅できると思う」
「容赦ねぇ……」
「まぁね。多分私達四人の中で、一番覚悟できてないのエリクだよ」
「余裕があると、どっちも助けたいとか思っちゃうんだよね」
「しゃんとしてね。地上の皆の未来がかかってるんだから」
「うす」
ノア、ムーラン、リエイの奮戦によって、街は徐々に落ち着きを取り戻していた。元々の住人である神達は、ここでの生活が安全すぎたのか、そう戦力になるものは少なかった。戦闘タイプではないものも居るのだろうが、リエイが俺達に助けを求めたのはこういう面からも正解だったのかもしれない。
俺はリエイと合流し、次の作戦を練った。
「リエイ、この動きが陽動だとして奴らはどこを狙うと思う?」
「分からないわ。一応城みたいな建物はあるけど、エレが住んでるだけ。これを攻撃されたらダメっていう施設はないわ」
俺は城の方をチラリと見た。あちらの方までは戦火が広がっていないことから、とりあえずエレはまだ交戦していないはずだ。
「いや、エレはこういう時に助けてくれない奴なのか?」
「いえ? そういえば変ね。こっちに出張ってきて参戦してくれないなんて」
「あーもうなんでこうリエイは危機感がすっぽ抜けてるんだ! 城に行くぞ、エレが危ない!」
その時、ドンという音と共に城壁のレンガが飛んできた。ノアが結界を張って防げたものの、城は目も当てられない崩落ぶりだった。炎の竜巻が現れたかと思えば、次の瞬間には城門から土石流が溢れ出す。
「災害の詰め合わせだな。その力はちゃんとエレの統制下にあるのかって話だが」
「とりあえず近づこうよ。結界浮かすね」
ノアが四人を包んだまま城の上空へと近づく。竜巻を避けつつ中庭を覗くと、まだ戦闘が続いていた。
黒の人影に混じり、一人縦横無尽に飛び回る白い姿が見える。
「リエイ! あそこで戦ってるのはエレか!」
「えぇそう!」
「ここが正念場だ! エレを全力でサポートするぞ」
結界を解除し、俺は街を見守りつつ全体状況の把握に努め、他の三人はエレに加勢するため行動を開始した。