第五十四話 接続
「何も無いな」
シロの家に到着した四人だったが、どうにも進展は得られそうにない状況にいた。
外装は街の他の家と同じように、レンガのような白色のブロックを積んで作られており、ごく一般的な二階建ての家屋とそう大差ない構造のようだった。だが、中には家具らしきものがなく、生活感というものがまるでない。
「リエイ、シロは道具の類を使わないのか?」
俺の言葉にリエイは首を縦に振る。そうなると、本人が誘拐されれば部屋に何もなくなるのも頷ける。だが、食事とかはどうなのだ。ノアもムーランも食事はするが……
いや、今その話はいい。
「じゃあ、なりそこないの廃棄場とやらに向かわないとな」
「えぇ。じゃあ開けるわね」
隠し扉か何かがあるのか。となれば二階だろうか、と考えたが違った。
「はい」
リエイが空中を撫でるように左右に手を動かすと、空中に人がくぐり抜けられる程の大きさの穴が空いた。正規の入り方というよりは鍵をこじ開けるようなやり方に見える。
「半年に一回。要するにシロが神を完成させたとき、私はここを開きに来るの。中を覗いたことはないけど」
俺は扉から中を覗き込んでみる。すぐに感じたイメージは崖だ。
今はまだシロの部屋の床に足を付けているが、すぐ先に黒が続いている。地面はあるのか、そもそもこの空間で俺は生きられるのか、どれも判断がつかない。
そんな俺の背中をリエイが押す。
「大丈夫、多分ね」
「私もついてるからね」
俺の右にノアが立っていた。そして、いつの間にか手を繋いでいた。
「行くか」
「うん」
ザっと、俺は右足を上げて強く一歩を踏み出した。
「あぁやっぱ床ないわ」
思い切りバランスを崩し、ノアを引っ張って俺は落ちていった。
数秒もしないうちに、ノアの風の力で俺の身体はふわりと浮いた。その横をムーランらしき泥の球体が通り過ぎていったが、頑丈なのでどうにかなるだろう。
「はっ」
ノアが右手で火球を作り、辺りを照らした。
浮かび上がった光景は、およそ予想のできないものだった。
何もない、俺達が落下してきたことを考えるに縦横には長いが何もない四角い部屋であった。シロが居る確信はなかったものの、なりそこないの残骸も無い。
「おい、リエイどういうことだ、これもまさか心当たりがないなんて言うなよ」
「うーんどういうことなのかしらねぇ……まさか何も居ないだなんて。」
先に底に降りていたムーランが、地面と壁に泥を這わせて一面を調べていた。目に見えない魔術の残滓を探っているようだが、その表情は固い。
「何か分かるか」
「いえ。何も分からないという事を、より一層確かにしただけでした」
不思議そうに歩き回るリエイを見るに、ここに何かあったということは確かなようだ。
だがリエイが過去に見た、居るはずの何もかもが存在しない。
「リエイ、隠し扉みたいなものは無いのか?」
「……ないわね。私達が降りるために作った入り口以外、他の空間と繋がってない」
となると、どこへ行ったのか。
いや、違う。問題はそこじゃないだろう。異常な状態ということは、シロが居なくなった後にこの部屋を綺麗サッパリ片付けた何者かがいるということ。罠があってもおかしくない、何もないならさっさとここを離れるべきだ。
「皆! 早くここから出るぞ!」
「うんわかった。急ぐんだね」
ノアが四人に素早く風の力を付与したがもう遅かった。そうなった場合一番初めに気付くであろうリエイの表情が硬く、余裕を失っている。
「リエイ、他の空間とのつながりはまだあるか」
「……ないわ」
「ノア、中止だ」
纏った風が弱まったタイミングで、俺は矢継ぎ早に指示を出した。
「ムーラン、壁面に到達するまで泥を延長してくれ。ノアは部屋全体が照らせる数の火球を設置してくれ。リエイは再度扉を設置できるか確認を頼む」
指示を出した数分後、状況はおよそ最悪と分かった。
まず、リエイからの報告で出口の設置が出来ないと分かった。
つまりは、リエイ以外にここの扉を開閉できる奴がいるということだ。そしてそれはシロではない。わざわざ半年に一回、リエイが扉を開けに来ていたのだから。
何も得られないと分かった時点で、急ぎここを離れるべきだった。待ち伏せという最悪な展開を回避できなかった。
「となればどうする、出なければどうにもならないが、出る方法が無い」
「エリクさん。まさかここに居たなりそこない達は、今まで潜んでいたんですか」
「そうなるな。ここみたいな異空間を操れる奴が居たんだろう。ここ以外の異空間、隠し部屋みたいな場所に全員移動していたんだ。ここにも外にも一体も居なかったんだから、そういう空間があるってことで考えた方がすんなり理解できる」
困った。リエイは様々な手段を試しているのか、手を左右に振り、宙に文字を書くような動きをしているが、何も変化はない。
「なんでお前の権限がなりそこないに負けるんだ。お前とエレ、シロ、ノアで四楔。
それが最上の存在じゃないのかよ」
「はは……そのはずなんだけどな」
どうやら歴史を覆す異常事態のようだ。リエイはとにかく必死に出る手段を考えている。
俺にはどうこうできない。ここはいい結果を待つしかないらしい。
「ねぇエリク。ちょっとやってみたいことがあるんだけどいいかな?」
「お? 自信ありげな表情だな」
ノアはシュッシュと仮想の敵に拳を振るい、軽く左右にステップを踏みながらニッと笑ってアピールしてくる。
「リエイと相談だな。おーいリエイ、ここは天界から離れてるか?」
「うーんと……裏の世界みたいなものだから、距離と言うか層が違うのよ。
でも、表の世界と裏の世界って感覚で繋いでるから、そう考えると薄皮一枚破れば繋がる関係かもね」
普通は世界と繋がりが無いが、リエイや今回の犯人のような存在が裏と表の世界を繋げているのか。まぁ理解したとは言い切れないが、その方が希望になるかもしれない。
「とまぁノア。ご要望は今の質問で良かったか?」
「大正解だよエリク」
そういって、ノアは壁の方へ歩いて行った。ノアの背中を見送る俺に、気だるげなムーランが近づいてきた。
「すまんムーラン、泥出し続けると疲れるか?」
「えぇまぁ。普段より疲れましたよ。まともな空間じゃないからでしょうか」
「ま、ちょっと休憩しときな」
「ノアさんは何をするつもりなんですか?」
「聞いたわけじゃないが、多分試してみるんだろう」
「試す?」
「得たばっかりの破壊と神の力をさ」
俺がそうムーランに伝えた時、ちょうどノアが思い切り拳を振り上げたところだった。
手には稲妻のような光と炎に似た赤黒い何かを纏わせている。
「とぉぉぉりゃあぁぁぁぁ!」
ノアの正拳突きが壁面を思い切り叩いた。異様なことに音が無い、俺の服が擦れる音は僅かに聞こえることから、別に音を奪い取った訳ではない。
次の瞬間には、ビキッという音がした気がしたが、それも聞こえなかった。ノアが拳をぶつけた壁に、斜めにヒビが入っているが、これも視覚とは裏腹に聴覚では何も感じない。
「もういっかい!」
ノアが再び拳を放った。
やはり音はしなかったが、変化はあった。ノアの正面の壁に渦巻き状の穴が出来ている。ここに来た時と同じ、どこまで続くか分からない黒色の穴だ。
「うまくいったみたいだな」
「無茶苦茶ですね。扉を作ったっていうよりは、境界を壊しただけじゃないですか」
「ともかく外に出よう。もう外は戦いが始まってるかもしれないけどな」