第五十二話 回想
驚異的な速さで森は成長している、放っておけばそれなりに離れた市街地にも、影響が出る。
今俺がすべきことはノアを止めること。
そう難しいことじゃない、ただ起こすだけ。
二歩前進し、手を伸ばせばノアに触れられる位置まで近づく。
ノアはノアのままでいるのだろうか。
仮に、ノアが過去の人格に変わってしまっていても大丈夫だ。
変わらないって約束してくれたから。
俺はノアの両手を包むようにして、ギュッと握った。ちょうどノアにしてもらったときのように、優しく暖かく。
「行こうノア。
まだまだ二人の旅を終わらせたくない。
それも、退屈する暇もない旅を約束するから。
また、俺と一緒に来てくれないか」
目を閉じ、柄にも無く神に祈った。
どうか、目を覚ましてくれ。
「……え……く」
微かにノアの声が聞こえた。
「え……りく……」
「ノア! あっおい!」
ノアは一瞬俺の方を見たかと思うと、突然全身の緊張が崩れ、グラリと俺の方へ倒れ込んだ。
俺はしっかりとノアの体を受け止めて、顔を覗き込む。
どうやらまたノアは意識を失ってしまったようだ。
この光景は、初めてノアと会った時を思い出す。
あの時は満ち欠けの神の力を回復させた反動で、ノアは倒れた。
赤い箱を背負っていたから、ノアは抱えて屋敷から撤退したんだったか。
今回は『生命と破壊の神』の力を取り戻して倒れ、俺が背負って帰ると。
ほとんど同じ状況に思わずフッと笑ってしまった。
「上手くいった、でいいのかしら?
森の成長も止まったわ、お疲れ様」
どうやらリエイが、上空から森を見てくれたようだ。俺だとこの森を出るまで、成長が止まってるか判断できないのでとても助かる。
「上手くいったかな。
でも俺は大したことしてないさ。ノアが起きた時にねぎらってやってくれ」
「僕の入る隙が無くなっちゃいそうですね。支援に努めますから、ノアさんを頼みますよエリクさん」
「任せとけ。それに、ムーランも大事な仲間だ。途中で置いてくようなことはしないさ」
「じゃ、また酒場に転移しましょうか」
リエイがパチンと指を鳴らすと再び酒場に戻った。
俺はさっさと二階に上がり、ノアをベットに寝かせた。
ガクンと意識が落ちた時は心配したが、今はちゃんと眠っている。
ノアが起きた時はなるべく隣にいたい。
俺はリエイとムーランを二階に呼んで喋ることにした。
「さてリエイ。ノアが全盛期並みに強いかは分からんが、力は取り戻せたみたいだぞ。
それと、人格は俺の知ってるノアのはずだ」
「賭けには勝てたみたいで何より。
私は一旦天界に帰るわ。
ノアの目が覚めたら、勝手に私から訪ねさせてもらうわね」
「どうぞどうぞ」
リエイが消えた。指を鳴らしてくれないと予備動作が全く無いので、驚いて少しビクッとしてしまう。
「闘いたくないな」
「攻撃の方は予測できますよ。
両開きの扉の真ん中をこじ開けるような動作をするので、その線状から離れてください。そうすれば避けられます。
接触すると硬度無視で、腕でもなんでも引きちぎられますけど」
「だから闘えます、とはならないんじゃないかなぁムーラン。
今のところは友好的なんだから、平和に頼むぜ。復讐なんか考えてないって言ってたろ」
「えぇ、過ぎたことです。復讐なんて考えもしませんよ。
反省していたようですし、後腐れなくあの話は終わりです」
一旦ムーランとの会話はそこで切り上げた。
ムーランは厨房へ夕食の準備に、俺は二階でノアの目覚めを待つことにした。