第五十一話 決意
「エリク、私も嫌だよ。自分が変わっちゃうのは」
まだ俺は何も言えていない、喋ろうとはしたものの、もごもごとして言葉になっていなかった。
まさに心を見透かされたという感じだ。
「でもね、私は私だから。もしかしたらちょっと暗くなったり、怒りっぽくなったりするかもしれない。
それでも、私はエリクと一緒にいるよ。
それは絶対変わらない」
ノアが俺の両手を包み込むようにしてギュッと握る。
情けない事に震えていた俺の手だったが、少しずつ震えが収まってきた。
「進めるよ。ひとりじゃないもの」
「そうなのか?」
「言ったじゃない。ノアがエリクを守るって、だから二人は一緒だよ」
「ははっ、情けねぇな俺」
「エリクは心が弱いよね」
「うるへぇ、人間なんてこんなもんだ」
芯の部分は変わらないとノアが約束してくれた、その約束に応えるには信じるしかあるまい。
「話はまとまった?」
リエイの呼びかけに俺とノアは力強く頷いた。そしてノアがハッキリとした口調で返答する。
「えぇ、『生命と破壊の神』の力を受け取らせて貰うわ」
「本当にいいのね?」
「大丈夫。エリクが信じてくれているもの」
ムーランが屋根と椅子を土に還し、辺りはまた何もない荒野へと戻った。
一瞬の沈黙の後、リエイがノアの方に歩き始めた。そして水晶玉のようなものをノアの胸あたりにゆっくりと押し付ける。
直後、境界を失ったかのように、水晶玉のようなものはノアの中へ沈んでいった。
十数秒経っただろうか、リエイは俺達が居る位置まで下がってきたがノアはまだ動かない。見た目の変化もないが、黙り続けているため俺達もうかつに動けない。
「リエイ、合ってたのかさっきの手順は」
「前例が無いって言ったでしょう~? でも多分大丈夫、やり方はなんとなーく知っていたような気がするから」
「また曖昧な言葉が並んだもんだな。でも待ってみるしかないか」
まだ動きは無い。ノアは少し俯いたまま、荒野の真ん中で佇んでいる。
俺の額には汗が滲みだし、時間の経過を嫌でも感じさせる。
だんだんとノアの身体が心配になってきた。人間ほどヤワじゃないと分かっていても、日差しの遮蔽物が無い荒野で立ち続けるのは、そう良いものじゃない。
「ん?」
何か違和感のようなものを感じ、少し頭を傾けてノアの足元をじっと見つめる。
さっきまでノアは何も踏んでいなかったのに、今は右足で雑草を踏んでいる。
これか、違和感の正体は。
ノアが足を動かした?いや、両足の間隔は変わっていない。足は動かしていない。
ならどうしてノアは、いつのまにか雑草を踏んでいるんだ。
「んん?」
ノアはいつのまにか、左足でも雑草を踏んでいた。
確実に言える、この雑草は数秒前はここに生えてはいなかった。
何故だ、と思考しようとする目の前で、その雑草たちはどんどん増えていく。
気付けばノアの周囲は草原の体をなしていた。
まだ勢いは止まらない、リエイにぐいっと引っ張られて俺が少し距離を取ると、ノアの足元に花が生え苗木が力強く成長を始めた。
そしてその範囲は広がっていく、ノアは背の高い木々たちの影にすっかり飲まれてしまった。
後ろを振り向いてみると、もう荒野の姿は無く雄大な草原が広がるばかりになっている。
その草原すらも、少しづつ森へと変わろうとしているのが見て取れた。
「これが……『生命』の力なんでしょうか? このスピードで無意識って、まずくないですか?」
ムーランがほとんど真上を見上げながら呟いた。
数十秒の出来事で茫然としていたが、草木の成長は衰える様子が無い。
「恐らく『生命』の力の一端だろうな。ちょっと止まりそうにないから、起こしてみるとするよ」
「気付いてくれるでしょうか」
「なんとかなる。ノアも待っていてくれてるさ」
心を落ち着かせるようにして、少し強めにフッっと息を吐く。
さて、ノアと今後の旅の話でもしてこよう。