第四十九話 失踪
「返すわ。焦らしてる場合じゃない」
「え?」
俺とノアが同時に疑問符をリエイにぶつける。
ありがたい、ありがたいのだが、リエイがこうもあっさり力を返してくれるとは、思っていなかった。
「どういう心境の変化だ?」
「心境と言うよりは、環境の変化かな。戦いに来たわけじゃない。共闘のお願いに来たの」
「共闘とは突然な話だ。
過去のいざこざの話はムーランから聞いた。友好的な関係じゃないんだろ」
「あれは私が悪かった、歴史に残る愚行よ。恥を忍んで頼みに来たの」
ノアがリエイへの警戒を少し緩める。
ノアもムーランもお気楽なリエイしか知らなかったらしく、そんなリエイの神妙な面持ちから、事態の深刻さを感じたようだ。
俺から見ても、本当に自分だけではどうしようもないといった嘆きを、リエイから見て取れる。
「もしかして今何か起きているの? できるだけ詳しくお願い」
「分かったわ」
ノアが話を振り、リエイは事の顛末を語り始めた。
「今、天界でシロの失踪が騒ぎになってるの。最後に見たのは4日前、気付いたのは昨日。
シロはずっと部屋に篭ってるから、居なくなったタイミングは分からないわ。
ふらっと見に行ったら居ない、作りかけの何かも無い。
今までまったく外に出なかったシロが、自分の意思でどこかに行ったとは考えにくい。
なら何かに襲われたとしか思えないのよ」
「犯人は神に類する存在かそれ以外かは分かってるのか?」
「分からない。身内に攻撃される理由はないと思うんだけど。
神は人間と違って、悪意を持たないから理由の無い交戦はしない」
「神は悪意を持たない、ねぇ。
恨みや怒りじゃなく、理路整然とした理由を持って攻撃してくるってことか」
「だからまぁ、信念ってのが人間よりも恐ろしく濃く反映されるけどね。
こいつは排除すべきだ、と信じてしまえば行動に移すまで一切の躊躇がない」
「私を封印したのも、そんな理由なのかなリエイ」
「あの時は信じて疑わなかったの、ごめんノア状況が変わってやっと気づいた」
「この事件が起きてなかったら、私の力も記憶も、また数万年封印されっぱなしだったかもしれないのね。エリクが生きている内に解決できないじゃない」
「まぁ人間には寿命があるし、それもあったかもな」
ノアに怒られているリエイをぼんやりと眺めながら考える。
神ってのもいい加減なものだな。こう話していても、俺たち人間が考えているような完璧な存在としての神はいない。
「僕とノアさんが封印されてから、シロはずっと変わってないんですか?」
しばらく黙っていたムーランが、リエイに問いかける。
「ええ。神を造る以外はほとんど何もしてなかったもの」
「なら、僕と同じ生い立ちの存在がやったというのは。シロが作り続けている神。そのなりそこないたちが」
なりそこないの神による反乱、その可能性が思考の片隅にはあった。
ムーランのようにかなり完成された存在も廃棄されていたのなら、四万年の間にそれなりの勢力になっているはずだ。
いやちょっとまて、人間的な時間の考え方になっている。試作品だとしても神だ、数万年に一体ぐらいしか完成しないかもしれない。
「なぁリエイ、ムーランみたいなのがいるってことは、廃棄されても生き残ってる奴もいるんだろう?
総数はどのくらいだ?」
「知らない。私たちにとってはどうでもいいことだからね。シロも知らないんじゃない?」
「む、ノアさんの記憶が戻っていたら、大喧嘩になってそうなセリフだぞリエイ。
エリクさん、半年に一体ぐらいです。神になれるのはおよそ1割。単純計算なら完成体8000体、なりそこない72000体くらいになります」
「ムーランと同程度か、それ以上に戦闘能力がありそうなのは、大体どのくらい居ると思う?」
「予想でしかありませんが、なりそこないの中なら4000居るか居ないかぐらいでしょうね」
総力戦だと完全体達の方に分があるか。天界転覆とまでは無理だとしても、シロを倒すか誘拐して一泡吹かせてやろうって程度なのか。
それだとただの憂さ晴らしになるな、シロが悪だと思っての行動なのだろうか。
「ムーラン、なりそこないの神達に『悪意』ってある?」
「ありません。悪意だけの行動、復讐や憂さ晴らしをするのは人間だけです」
「リエイ、一つ聞くぞ。初めて図書館で会った時、ノアが色々知りたいことを聞いたよな。でもお前はもったいぶって、ノアをからかった。あれはノアを困らせて楽しんでたろ? 神にも悪意は存在するんじゃないか?」
「そこ大事なの?」
「あぁ大事だ」
「ノアは嫌がってなかったじゃない」
「いーやーがーってたー!」
「それはごめんなさい」
「よーし、もういい。『悪いことだと思わなかったらやってしまう』程度だな。この純粋無垢いじめっこめ。
よし仕切り直しだ、その前提を頭に入れといてくれ解説するぞ」
オホン、と咳払いをして頭を解説に切り替える
「まず第一に、犯人がまだ現れていないというのがこの事件の重要な要素だ。
神が自身の行動を善行だと信じて行うのであれば、成し遂げた後もこそこそしている必要がない。派手に勝利宣言してもいいくらいだ。けど今のところ姿を隠している。
そこがだめだ、一番まずい。
シロを倒すなりさらうなりしたのは、今回の目的じゃなく通過点だったってことになる」
「最終目標の達成のために、今は発見されたくないってこと?」
「そうだ。まだ事件は終わってない」
「エリクさんは、その犯人たちの最終目標について何か見当がついているんですか」
「いや、まだ断言できるような予想は立てられてない」
まだ情報が足りない、神についてもムーランとリエイから聞いた知識だけだからな。
犯人が俺であれば『何か自分の正義を実行する』ために、次の一手は何になるか……
いやまて、なぜ犯人はシロを狙ったんだ?
「リエイ、シロは最初に奇襲をかけるべき強敵になるのか?」
「シロは武闘派じゃないわ。研究のことしか考えてないもの。それも神を作ることだけよ。
赤い箱を作るときにちょっと協力してもらったんだけど、武器やら道具を作るのはやはり面白くないなってぼやいていたし」
奇襲は無警戒の相手に先手を取れる戦術だ、使うべきなのは優先的に倒すべき相手に使うべきだろう。現にリエイは危機を察知してノアの協力を仰ぎに来たんだ、もう奇襲はできない。
今回の犯人に、戦術を考える頭脳が無いってことはないだろう。ムーランはなりそこないの神として生まれたらしいが、人間と比べて遜色ない頭脳がきちんと備わっている、獣ではない。
当然、完成体の神にはそれ以上の知性があるはずだ。
どちらが犯人にせよ、最初にシロを狙わなくてはいけなかった理由がある。シロが最大の障壁だった理由が。
いやまて人間とは違うんだ。やられたのはシロ、神だ。倒すことによって得られる戦利品の規模がまるで違うじゃないか。
「犯人の目的は戦力を増強することなのか……?」
「エリク、それってどういう」
「最初に狙われたのはシロの『創造』の能力だったんだ」