第四十八話 今後
事件の聴取は予想より早く終わり、二時間ほどで酒場に戻ることができた。
慣れない作業で思ったより疲労してしまった俺は、すぐに二階へ上がり、寝てしまった。
起きると、一階から肉の焼けるいい匂いがしてくる。昨日の夕飯を食べていないので、正直重いくらいの朝食が食べたかったところだ。そんなことを考えながら、俺は階段を下りて行った。
「おはようエリク。よく寝られた?」
「おかげさまで。俺が寝ている間に何かあったか?」
「ついさっきだけど、冒険者さんが報告に来たよ。『昨晩の被害件数は0件!』ってね」
これでこの件は終わりか。
俺はカウンター席に腰を下ろし、ノアに手渡された水をグッと飲み干した。
そういえばムーランの姿が見えない、と思ったところに、ちょうどムーランが帰ってきた。
手に持っているのは封筒。恐らく中身は昨日の件の書類だろう、まだ書くことあったのか
「おはようございますエリクさん。これ冒険者組合の方に頂いたんですけど」
「まだ何かあったのか?」
「そう面倒なものじゃないですよ。報奨金のお支払いについての書類です」
「よっしゃあ!」
正直に言うとすっかり忘れていた。
俺がやらねばという使命感だけで動いていたために、これは嬉しい誤算だ。
ムーランから書類を受け取り、封を切る。
「報酬は、150万ゼタ。こりゃ結構高いな。俺組合員じゃないんだぞ結局」
「この国だと、半年は普通に暮らせそうですね」
「やったねエリク」
「いや嬉しい、嬉しいのだが。中途半端に大金を持つと、野盗とかに狙われたりするだろ」
「野盗に狙われたとして、盗られる心配あるの?」
「心配なさそうだな!」
ノアとムーランという戦力が居るため、通常の旅で心配するようなことは大抵解決できる。
神にちょっかいをかけられながらの旅になるので、危険極まりないのだが、もし俺が野盗に襲われたとしても、心配すべきは野盗側の安否になるだろう。
「他は特に重要な記述は無いな。んじゃあ、病院に行って、組合でお金受け取って。
それと、酒場に入居者募集して欲しいっての、取り消しておかないとな。師匠はそのうち復帰するんだし」
「その後はどうしますか? 街を出るとか、出ないとか」
「考えとく」
ノアの作った肉野菜炒めを食べながら、今後の予定を思案する。
『ノアが今回の事件の原因ではないか』という推測はハズレだった。そのため、急いでこの街を出る必要性は今のところない。
だが、今後のことを考えると、他の街を目指して動き出すべきだろう。
現在はっきりしている目的は、ノアの記憶を取り戻すことだ。事件が一通り片付いたのだし、ムーランが知っている情報をできる限り聞き出して、今後の行き先を決めよう。
敵ではないと確認できたムーランだが出会い方が最悪で、その後すぐに渇きの右腕と戦った。情報はほとんど聞けていない。
「ありがとうノア。朝食、美味かった」
「どういたしまして」
「さて、2人とも。作戦会議のお時間です。議題は次に向かう場所。
まず旅の目的は、ノアの記憶を取り戻すことと決めている。俺には目的が無いし、ムーランはノアに付いていければそれでいいらしいからな」
俺は、ノアとムーランをテーブル席に誘導する。
座ってもらったところで、俺も再び2人の方を向いて座り直した。
「重要な部分はまず、ムーランがどこまで知ってるかだ。というかムーラン、言えないこととかあるか?」
「いえ、知っている範囲であれば、なんでも答えられます」
どこから聞いていこうか。ムーランとノアの立場、これまでの経緯。ジルクラッド四楔について知っていることは、聞いておきたい。あとは他の勢力とかか?
「ノアとムーランが、リエイと戦った理由から聞いていこうか」
そうして俺はムーランに話を振る。
「結論から言うと、ノアさんの持っていた生命と破壊の神の力を、自分の管理下に置くことがリエイの目的でした。
まず、神という存在達は各自何かしらの役割を持っています。ですがそれを失う場合があります、それが封印です。その場合は他の神がその任に付きます」
「生命と破壊の神の力を得て、リエイは何がしたかったんだ?」
「リエイは、何かがしたかったわけではありません。生命と破壊の神の力が強大過ぎたので、不安要素だったのでしょう。ノアさんは昔からリエイと意見が合わないこともあったのです。
ノアさんはリエイとエレの二人に倒され、ノアさん側に付いていた僕もすぐにやられました。目覚めたのはノアさんと同時か、少しあとぐらいです」
「それで今に至ると。
ムーランの記憶があってノアの記憶が無いのは、リエイが言っていたようにやられ方の程度の差なのか?」
「『生命と破壊の神』の力を奪われるまでやられたからでしょうね。
その力を持っていた時期の記憶が、能力ごと失われてしまったのではないでしょうか」
「能力と記憶が連動してるなら、能力を取り返せば記憶が戻るってことはないか?」
「前例がないのでなんとも言えませんね。ですが、賭けるならそこになるでしょうね」
最終目的は、リエイから『生命と破壊の神』の力を奪還することになりそうだ。
交渉してみなくては分からないが、すんなり返してくれたりしないだろうか。
「ムーランはノアの護衛か何かだったのか?」
「僕は勝手にくっついて行動していただけです。四楔シロが適当に作って廃棄したなりそこないの神を、ノアさんは救ってくれました。僕はその内の一人で、弟のように扱ってくれていました。
当時の仲間たちが今どうなっているかは分かりません」
「私の話をしているはずなのに、全く身に覚えがないっていうのも変な話よね」
なりそこないの神と言うくらいなのだから、ムーランほど高性能なのはレアケースなんだろうな。なぜムーランは廃棄されていたんだろうか。
しかし、四万年あってリエイがまだ現役な時点で、戦力としては期待できなさそうだ。
目的としては変わらず、ノアの記憶を取り戻すでいいか。
だがリエイに会うためには、あちらからの接触を待つしかない。
そうなってくると、今やるべきことは無いという結論に至ってしまう。
神の住処にでも、こちらから行ければ良いのだが。
「俺としては、今やるべきことは特にない。リエイに会えるまではどうにもすすめないと思うんだが、何か良い案はあるか?」
「私はない」
「僕もないですね。こちらからリエイに接触する手段は知りませんし。奴の気分次第です」
「私に会いたいって?」
しばらく理解が追い付かなかったが、隣にリエイがいた。
そうだ、前図書館で会った時もこんなタイミングだった。驚きはしたが、冷静を保たねば。
ノアとムーランはリエイを警戒し、注視している。
俺は椅子からずり落ちかけた半身を起こし、とりあえずリエイに応答する。
「あぁ……うん」
「こう突然出てこられると、驚く前にあっけにとられるから楽ね。変にびっくりしなくていい」
「お二人が警戒を解いたので、僕も警戒を解いていますけどいいんですか?」
「敵対しているわけじゃないから大丈夫だ」
俺はリエイの表情をチラリと確認する。深刻な話をするっていう感じではない、話を盗み聞きした上で現れたのだから、もうこれは全て解決してしまう勢いで、話が進むのではないか。
「リエイ、単刀直入に言うわね。
私の、ノアの生命と破壊の神の力を返してちょうだい。
できないなら一戦交えるだけよ」