第四十三話 自衛
おそらくこの事件の元凶であろう手。
暗闇から伸びてきたそれに、あっけなく接触を許してしまった。
接触後、その手は再び路地の闇の中へ戻っていった。
俺は路地から離れるように数歩下がり、ダメージに備える。
しかし何故か変化は起きず、腹部をさすってみても外傷は見つからない。
もう20秒ほど経過しているが、攻撃に失敗したのだろうか。
「大丈夫ですかエリクさん」
「どぅわ!」
突然足元からムーランの声が聞こえてきた、見れば地面からにょきっとムーランの頭が出ている。
目が合うと、木が成長するようにずるずると地面から出てきた。
「土の中を移動できるんだな。心臓に悪いから、緊急時以外やめてくれ」
「今がそうでしょう」
「まぁそうなんだが……」
「エリクさん上からも来ますよ」
「なにがだよ」
直後、頭部に鈍い衝撃を感じ、前のめりに倒れそうになる。
ムーランが支えてくれたが今度はなんだ。
振り返るとノアが立っていた。夜ノアにしてはずいぶんと雑な登場だ。
「エリク、ケガはない?」
「たった今、強く頭を打ったよノア」
不満を漏らす俺を尻目に、ノアとムーランの二人はキョロキョロと辺りを見回している。
俺も再度あの路地に目を凝らすが、どうにも先ほどのような存在感は感じない。
「俺に接触してきた奴はもうどこかに行ったみたいだ。確証はないけどな。
でもなんで俺が襲われたって分かったんだ?」
「ノアさん曰く、エリクさんが危ないと感覚で分かったそうです」
「勘の範囲だけどね」
「切っても切れない縁になってきたな俺達」
接触されたときはどうなるかと思ったが、とりあえずこの二人に守られている間は一安心だ。
情けないが、討伐はこの二人に任せることになりそうだ。
それにしてもなぜ、師匠や他の被害者たちのように昏睡状態にならなかったのだろうか。
敵が攻撃に失敗したという認識はあっているはずだ、しかし敵側からすればいつもと変わらない行程を踏んだように見えた。
普通であれば、接触に成功したので魔術か呪いのようなものが発動する。
だが俺に対しては正常に作動しなかった。
俺より反射神経のいい師匠がやられているのだ、俺が触れられただけなのだから、師匠と敵との接触はさらに短い一瞬だっただろう。
なら俺に耐性があったのか? 俺自身が持っていたものではなく、ノアの影響で何か得たのなら有り得なくもなさそうだが、実際その辺りなのかもしれないな。
「ノア、出かけた俺に結界みたいなの張ったのか?」
「いいえ。張ってないわ」
「ノアさんが守った訳ではないんですね」
ムーランがふむふむと何やら考えている。その後、五秒ほど首を傾げていたムーランが口を開く。
「おそらくノアさんの影響でしょう。エリクさんは魔力を扱えるようになっています」
「俺が魔法を使える?」
「魔法が使えるというと少し違うタイプのような気がします。ノアさんはどう思います?」
「最初は呪術の使用による魔力のゆらぎかと思ったけど、これはエリク由来のもののようね。
けれど全身を覆うように薄く魔力が漏れて、コントロールが出来てない。でもそうして鎧のように纏えてないとやられていただろうから、不幸中の幸いね」
「喜んでいいのか」
「これから先、その力に振り回されそうな気はしますがね」
「多分私のせい、というかそれしか原因が考えられないわね。今まで全く使えなかったものが使えるようになるなんて」
俺は自分で対処できる範囲が増えた、と嬉しく感じたものの実感は湧いていない。
今のところ魔力を纏っていることが、視覚的にも感覚的にも感じられていないのだ。
だが新しい力を得れた。どうにか、ノアに全部任せの戦闘は減らしていきたいもんだ。