第四十二話 路地
俺は廊下で聞き耳を立てながら長椅子に座っていた。師匠はというと、今回の騒動初の治癒という事で医者に質問攻めにされている。
「エリクさん、キリータさんの様子はいかがですか」
そう俺に話しかけてきたのはソイリオさんだった
「どうやら体調良好のようで、廊下に追い出された僕にもおよそ聞こえる声で喋ってますよ。
それにしても情報が早いですねソイリオさん。院内にいらしてたんですか?」
「えぇ」
ソイリオさんも俺の横にドスッとすわる。ニコニコと笑ってはいるが、屈強な体格から少し威圧感が漏れておりどうしても緊張してしまう。
「ソイリオさん、何か事件に進展はありましたか? 概要は冒険者の方から聞きました」
「道中でお会いになられましたか。50名ほどで巡回と警備に当たっていますが、今のところ遭遇情報はありません」
冒険者組合がまだ何も掴めていないとなると、今回の事件の元凶はそう簡単に情報を残してくれそうにないな。
疫病の可能性も状況から見ればまだ残っているのだが、ノア関係の存在によるものだと考えるべきなのだろうか。どちららにしろ俺は疫病の治療などできないのだ、神話的な存在の方を疑っておこう
「そうですか……キリータは病院と警備の方々にお任せして、僕はこのあたりで一度酒場へ戻ります。心配して待っていると怒りますからねあの人」
「分かりました。私はお医者様の面談が終わったころに、キリータさんと少しお話をしたいのでここに残ります。エリクさんは酒場に戻られたとお伝えしておきますね」
「よろしくお願いします。病み上がりなんですから、一応配慮してやってくださいね」
「えぇ、もちろん」
俺は立ち上がり、軽くお辞儀をしてその場を後にした。
ナイフを返却してもらい外に出ると、日が沈むころに来ただけあって、数十分の間に街はすっかり夜に浸かっていた。
同じ道を歩いて帰っていると、路地にはまだ冒険者達が警備に立っていた。
すでに何か所かは人が入れ替わっている辺り、連携や伝達が上手くできている組織だなと関心させられる。
俺は立ち止まることなく、大通りへ向かった。
酒場から大通りで迷うことはないが、大通りから病院は脇道分かれ道が結構多い。確か二つ先は左だったよな。
突然、足が止まる。
それは視界の右端辺りに違和感を感じたためだ。
左の路地へ向けた視線を右へと動かすと、そこには何の変哲もない路地があった。
俺の目的地とは違う、別の道に繋がっているであろうただの路地だった。
誰も居ない、ただの路地だ。
しかしその暗い路地には確実に何かがいる。
ノアほどの強烈な殺気ではないが、恐らく今目を逸らせば即座に襲われると分かる。
俺の右手には反射的にナイフが握られていた。
フリーにしてある左手で攻撃を警戒しつつ、ゆっくりと後退する。
正体の分からない存在と無策に戦闘するのは、冷静じゃない。
師匠の仇討ちだからこそ、その存在に対しては最大の警戒をもって当たらなくてはならない。
「あっ」
闇から腕が伸びてきていた。
俺は小さく驚きの声を上げたが、両手の反応は追いついていない。
直後その腕がトンと俺の腹部に触れた。