第三話 確認
町の宿はそれなりに値が張る。
簡素な宿なら3000Zほどの宿もあるが、ノアが居ることだし今回は一泊8000Zの宿を選んだ。
受付でZと引き換えにカギを受け取り、二階の二人部屋へ向かう。
裸足かつ、薄着一枚のノアを担いでいる俺は、受付からしたらかなり不審に見えるだろう。
だが、受け付けは何も言わない。顔見知りの宿屋を選んで正解だった。
そんな気配りに感謝しつつノアをベットに寝かせ、自身も眠りについた。
「……て……きて……」
声が聞こえる。
「起きて!」
「あぁ~い?」
俺はふにゃふにゃな声を出しながら身を覚ます。
そこには昨日とは打って変わってパワー全開なノアがいた。
ノアは隣のノアのベットで仁王立ちして、俺を見下ろしている。
「あーおはよう。ノア」
「おはよう!知ってはいましたが、これぐらいの宿にもなるとサービスとして簡素な朝食が付いてくるんですね!」
「真っ先に報告するとこがそこなのか。昨日の……まぁいいや、朝食にしようか」
俺はノアが朝食を並べてくれていたテーブルの席に着いた。
「それにしてもここが宿だってよく分かったな俺の家かもしれないのに」
「さっき食事を運んできた人は使用人か? 答えはノー。盗賊風情に贅沢な帰る場所が用意されているはずがない。加えていえば、この部屋には私物がありません。運んできた荷物だけです。つまり!ここは宿である」
「お見事」
「どういたしまして。じゃあさっそく食べましょうか。いただきます!」
「いただきます」
ノアが元気よく挨拶をし、俺も追随する。
「エリク、この焼き魚美味しいですよ! 冷めないうちにほらほら」
「ははっ。こらこら急かすな。じゃねーよ、なんだ。昨日の夜屋敷の倉庫で会った人物は別人か?」
「あっ、その節はありがとうございました。封印を解いてくださって」
ノアがパンを頬張りながら深々と礼をする。
異様な出来事が立て続けに起きているせいか、やっぱり封印だったかと思うばかりだった。
だがここでうやむやにするのも後味が悪いので、色々聞いてみることにした。
「どこまで覚えてる?」
「私が月から力を受け取ったけど。急に強大な力を受け取りすぎて倒れちゃった。ここまで」
「てことは全部覚えてるな」
何だろうこの違和感、もやもやする気持ち悪さがある。
「なぁこんな話が平然と話されていていいのか?俺は何で平然と会話してるんだ?」
「色々情報が溢れすぎて慣れちゃったんじゃないの?」
「うーん」
自分でも情報が多すぎて逆に落ち着いている。
などと言い聞かせてきたが、昨日の夜から今日までの流れはおかしい。
逆にってなんだ、あれだけのことがあって平然としている俺ではない。
話が大きすぎて理解出来ていない。
だから平然としているのか。
いや、堂々巡りで思考が進展しない。
ここは整理するに限る。
「ちょっと待ってくれ」
「うん」
ノアは女神と人間のモードがあると思っていた。
でも今は何だ。
ものすごいハイテンションじゃないか。
誰だ?
「誰だお前?」
口に出してしまった
「昼のノアです。太陽の力を受けている影響で性格も明るめです」
「月の女神サマだと思ってたんだけど」
「正確には満ち欠けの女神です。月は私の担当で、太陽は一応別が担当してますね。月の光は太陽光とは全く別の魔力を纏ってはいます。それでも元は太陽光ですからね、太陽の力の強い昼間は太陽の影響の方が強いのです」
「なら、夜とは同一人物なんだな?」
「そうですね、昨日は恐らく重めの闇のオーラを出してしまっていました。あれは箱に封印されていた影響で切れていた月との契約を結びなおすためです。月に私の復活を認知させるには闇の威光を示すのが手っ取り早いですからね。まぁ再契約は初めてですけど」
世界を闇で包んでしまいそうな【彼女】は、ノアがちょっと気合を入れていただけだったらしい。
分かってしまえば拍子抜けだ。
「女神モードになったら俺のことを忘れたりしない?」
「何乙女みたいなこと言ってるんですか、私は同一人物なので覚えてますよ。」
「じゃあ右手を構えて魔術を使おうとうーんうーん唸ってたのに、急に黙って女神モードになったのは?」
ノアがあぁ……と申しわけなさそうに天井を見る。
「あれは『月からの魔力途切れてるんじゃない!?』と気付いて契約法を思い出して考え込んでいただけで……」
「あぁそういう感じなのか……」
ノアの別人格が宵闇の恐怖を纏って世界を包む。
そんなストーリーも考えていたが、そんなことは起きないらしい。
それでも強大な月の力を持つ女神サマなんだから、ほんの少し怖い。
「俺がノアに嫌われるようなことがあったら。どうなるんでございましょう?」
「変な言い方だね。その時は侮蔑の念を持って肉塊にしてさしあげよう」
「それはよろしくないね」
「あと、この国が滅ぶ」
「おまけでかすぎない!?おまけで俺も死んでるから!」