第三十八話 目的
「あなたは何者?」
ノアが問いかけるとムーランは少し残念そうな顔をしてから答えた。
「やっぱり覚えてないですか?」
ノアが顔だけ俺の方に向ける。ただひたすらに意味が分からないという顔をしているが、俺も分からないので返答のしようがない。
「意味が分からないのだけれど……?」
結局ノアは思ったままの事をムーランに聞いた。
「まぁ仕方ない、か。残念だけど」
そう言うとムーランはパチンと指を鳴らした。すると俺とノアを拘束していた塊のような物がどろりと溶け落ちた。その塊は蛇のような形に変わりムーランにスルスルと吸収されていった。
「ではゆっくりお話しします。ちょっと初対面の流れはしくじりましたが」
「ちょっと待て」
ノアに引かれてノアの背中にまわった俺と、一瞬たりともムーランから視線を離さないノア。座ってお茶でもしながら話をしようという雰囲気にはなれない。流れを渡さないために無理やりだがこちらから問いを投げよう。
「あんなバケモノけしかけて何が目的だ」
「あれは僕の作った泥人形です。戦闘能力を見る目的は果たせました」
「で?」
ノアが口を挟む。いい様に振り回されてかなり頭に来ているようだ。
「私を何に使おうって?」
「利用目的と言えばそうかもれないけれど、そう怖いものじゃない。協力関係になりたいんです」
協力ときた。リエイのようにただ面白半分で観測しに来た存在ではないのか。ノアも警戒というよりは困惑の表情に変わっている。出来るわけがないと言いかけたが、この申し出まず断れるものなのか。
「交戦の意思はもうないんだな?」
「えぇ、最初から」
「なら協力の目的を聞こうか」
俺の言葉にノアは目を丸くして、えぇ?という声が少し口から漏れた。
「こんな奴の話聞かなくてもというのは伝わる。でもここはそう頑固になるより聞けることは聞いておきたい。どうだろうノア」
「むぅ……」
ノアは口を尖らせて俺から顔を逸らしてしまった。怒ったというよりはやや不満が残るといった表情だが、ここは少し我慢してもらおう。
「あまり信用されていないようですね」
ムーランが苦笑する。
「会話から入らずにまず攻撃してきた理由がまだ不明瞭だ。擬態した泥人形からの急襲がなかったらここまで警戒していない。あっさり拘束を解いた上に、今攻撃してこないから戦う気はないだろうと分かってはいるが。ただ頭ではわかっているけれどというやつだ」
「僕のミスです。エリクさんなら交戦後に説明しても理解してもらえるかと。敵意がない事の証明に努めます」
「高評価ありがたいがとりあえずそうしてくれ。あぁじゃあ目的を聞く前に、一つ疑問を解消してもらえるか?」
「なんでしょう」
「お前も神に類する存在だろうからそれに近しいノアはともかくだが、なんで俺の事を知っている?」
「それは簡単です。一緒に旅をしてきたからです」
「リエイみたいに記憶を歩けるってことか」
「いえ、そうではありません。僕の能力はこの……あぁノアさん落ち着いて、拳を振り上げないで」
「安全な運用もできる能力なんだな?」
「えぇ、このように泥になったり泥を作ったりぐらいです」
そう言うとムーランの手首が土色に変化していき、ボトリと落ちた。その塊はムーランの足元を一周すると手首に向かって飛び、ムーランの手首は元の形に戻った。
「乾くことがない点以外は自然界のものとおよそ同じです。あぁあと弾性を加えてますね。分身擬態なんかはそれとは別に魔法でコーティングして作成します」
「なんだか普通の工程を経ているな」
「僕は武闘派ですから」
「そうなのか。ま、話を戻そう。なんで俺の事を知っている?」
「僕があの赤い箱から二人を見ていたからです」
「へぇ赤い箱……」
しばしの沈黙。俺は首をかしげ、ノアは文字通り固まっている
「まじ?」
「まじです」
「元同居人だってよノア」
「……」
「ノア?」
封印されていたのか? それともノアの監視役? はたまたリエイの分身か。突飛な話の連続に混乱しているはずだと俺は心配になりノアの方に目をやった。
ノアはぼんやりと窓の外を眺めていた。その顔は困惑というよりは諦め、そんな安らかな表情だった。