第三十六話 異変
俺の所へノアが駆け寄ってくる。
「エリク、まだ動くかも知れない。念のため私の後ろに居て」
「あ、あぁ。今更かもしれないが消音と不可視化の結界でアイツ囲めるか?」
「お安い御用」
まだ燃えている化け物をノアが結界で囲い、俺とノアは近場の茂みに隠れる。
俺からは結界内の様子は見えないが、その辺の察知はノアに任せよう。
数分後ノアが口を開いた。
「……終わったよ。結界も解いた」
「お、そうか。残骸が見当たらないのは綺麗に消滅したってことか」
「力尽きたのか分からないけど、崩れ始めたと思ったらきれいさっぱり消えたみたい」
「ふむ」
「どこから来たんだろうね、さっきの」
ノアは何故か遠くを見つめて寂しげにそう言った。
「分かんねぇけど……ジルグラッド四楔に関係があるんだろうな。あんなのは人間のいる場所に存在していいものじゃない」
「私は?」
『私は?』とはどういう意味だ、と俺はしばし硬直する。
「いや、ノアは存在していいの。ノアはあんなのと同列じゃない。さ、帰ろう。来た時みたいに結界で城門通りますか」
「わかった! 病院も寄ってくよね?」
「あぁそうだな。それから酒場に戻ろう」
俺とノアはゆっくりと歩き出す。とりあえず、やるべきことがいくつかできた。病院に寄ってから組合のソイリオさんにお金を託す。それから酒場に帰って「ムーラン」という人物を調べる。
ムーランはちゃんと存在してどこかで偽物が入れ替わったのか、それともあのバケモノの人間型がムーランでノアと談笑していた時から人間ではなかったのか、そこがカギになるハズだ。
「そういえば。ノアはどうやって攻撃する判断をしたんだ?」
「んん……エリク怒りそうだなぁ」
「あぁ直感」
「まだ言ってない! けどそう。攻撃したのは嫌な気配がしたからだよ」
少しノアの言葉が弱弱しい。直感という不確かなものでは俺は納得しないと思ったのだろうか。確かに直感で人の首をすっ飛ばしてしまうのは本来あってはならない
「そう悩まなくていい。『嫌な予感がする』じゃなくて『嫌な気配がする』。言葉の通りであればこの二つは大きく違うんだ。前者は本当に勘だけど、後者は感覚としてしっかり受け取ってる。攻撃は最終手段として、今後もその感覚には頼っていいはずだ」
「そう……なのかな」
「そうそう」
俺としては色々意見を交わしても良かったのだが、ノアはとりあえず納得したようで、ここで話は終わった。俺がノアに説明して終わる会話は多いが、もしかすると意見を出しづらいような言い方になっているかもしれない。今後は断言したりするクセも極力抑えねば……
「ねぇエリク」
「どした」
「城門の兵士さん……来た時より増えてない?」
考え事をしながらやや下を向いて歩いていると城門まであと少しの距離まできていた。
見ればノアの言うように兵士が増えている。
「俺がさっき走ってきたときもこんな人数は居なかった。何があったか知らないが、今結界を張ったまま通ったら絶対誰かにぶつかるな」
「とりあえず様子見?」
「んまぁ聞き耳は立てとこう。あちらから目視はされないんだし」