第三十五話 変異
「手荒でごめんね!」
倒れそうになった俺をノアは自身の背中まで引っ張っる。
ノアの目はまばたき一つせず、ムーランの形をした何かから離れない。
ノアにはねられ地面に落ちた首は灰のように散らばって消え、首を失った胴体はあれあれと首を探すように手を動かしている。血は流れず、切断面はただただ黒一色で染まっている。
「ノア、あれはなんだ!?」
「分かんないけどさっきまでのムーランとは別の何か!」
何故気付かなかったのだろう、こうして視界に収めるとわかる。ノアに会ったときのまとわりつく悪寒、それに近しい死が無秩序に垂れ流されている。今はノアがその悪寒をほとんど引き受けてくれている状態だが、こいつを町に逃がすのはまずい。
もしかすると町にはすでに何らかの被害が出ているかも知れない。それも気になるところだが今は目の前のこいつに集中しなければ。そう考えていると、頭を失った胴体がゆっくりと少しだけ前傾した。頭があればおじぎというべきだろうか。
「エリク危ない!」
ガガギイィィィィィィン!
ノアの手刀が突然の攻撃を弾く。首のあった部分から黒色の槍のような物が出て俺とノアを狙ったのだった。弾かれたそれは地面に突き刺さり、直後胴体がゆっくりと引き抜くように頭を持ち上げ始める。
「今ッツ!」
ノアが瞬時に走り出し胴体に体当たりする。そして間髪入れずに地面を思い切り蹴って胴体を抱えるようにビルタ区の壁を越えていった。
一瞬あっけにとられてしまった俺だが、すぐさま城門を目指して走り出していた。俺に何が出来るかは分からないがあんな化け物とノアを放って置けない。
城門の兵士に止められる事を危惧したが内側から外に出る人間は検査しないらしく問題なく出られた。
そして走る、ノアの跳んだ方角へ。
帝都の円形の城壁に沿って進むと、ノアと先ほどの化け物であろう何かが交戦しているのが見えてきた。
だが先ほどとは違って化け物はムーランの姿ではなく、黒色の犬のような姿になっている。サイズは大型犬のそれではなく5mはあるようだ。
「ノア!」
「エリク! コイツいくら切っても再生するし形が変わる!」
「火は!」
「やってみる!」
ノアは飛び掛かってきた化け物に臆することなく、逆に真正面から突っ込んでいく。
そしてあと数メートルでぶつかるというところでノアは走りの勢いを殺さずに化け物の顔に合わせて飛ぶ。
「降り神憑き《一刀・炎獄槍》!」
炎を纏い弓のように弾き絞った右の拳を鼻っ柱に叩き込む。ぐしゃりと拳が顔にめり込む音がしたかと思うと化け物の身体を乱暴な炎が包んだ。その衝突で、走ってきた勢いは相殺されノアは着地し化け物は横倒しに倒れた。
駆け付けた俺はというと、いずれノアが使ったであろう火という手段を提示しただけで始終棒立ちであった。