第二十九話 役職
「なーんにも分からなかった!」
ノアは酒場に帰るやいなやテーブルに突っ伏してふてくされていた。
無理もない、リエイが居なくなってからも色々と図書を漁ったが、大した情報は得られなかったのだから。
「昨日の今日で全部解決ってわけにもいかないさ。手間がかかる方が張り合いあるだろ?」
「そーいうものなの?」
「そーいうもの。気まぐれに現れたリエイとも喋れたんだ、確実に進展はしてるさ。」
「わかった……」
俺がなだめるとノアは案外素直に納得してくれたようで顔を上げた。
「それにしても私が生命と破壊の神なんてね」
「それ引っかかってた。最初に会った日の翌朝に宿で色々聞いたとき、ノアは満ち欠けの神っていってたよな」
「うん。というか今も自分は満ち欠けの神だって思ってるよ」
「でも歴史書には生命と破壊の神としての記述しか無かった。ならノアが自分を生命と破壊の神じゃなくて満ち欠けの神と認識している理由はなんなのか」
「分かんない」
「だよなぁ……ノアが満ち欠けの神って言ってるんだからそっちが正しいはず。歴史書の方が間違ってるんだろうけどなんでだ?」
二人とも頭を抱えて黙り込んでしまった。
月光を奪って世界を暗転させたり、盗賊を大地ごと消し飛ばしたりと、ノアが神である事は疑わずとも良い。
でもその肩書が違ってるのはなんでだ?リエイは歴史書の通りに時間と空間を司っているようだったのに。
「あぁもしかして」
口を開いたのはノアだった
「どした」
「なんとかの神っての二つづつあるんじゃない? 私が生命と破壊の神と満ち欠けの神を兼任してるとか」
「あるとしたらそれになるか。リエイ、シロ、エレも複数役職があったりしてな」
「その仮定で言うと、私が生命と破壊の神の部分を忘れてしまってると」
「忘れたか力を失ったかだな。リエイは神が倒されて封印されたら何が起こるか分からないって言ってたし。それにしても……」
俺は一呼吸おいて続ける
「歴史書に書かれてた生命と破壊って役職の方が、満ち欠けより大事なハズなのにな」
「やれやれ、なんで忘れちまったんだか」
「セリフを取るな。んじゃまぁ、この話は一旦ここで終わりにしよう。次はリエイが言ってたノアの危険性の話だけど。なんかある?」
ノアは首を横に振る
「だよなぁ……危険性とか言われたって情報が少なすぎる。リエイは直ぐに分かるよって言ってたけどなぁ。怒らせたらめんどくさいよ、とか?」
「リエイなら言いそうだけどね。あ、でも危険性がなんとかってリエイが言ったのは私たちに嘘の不安を残して楽しむためだったりもしそう」
ノアが強いから危険、それなら俺が見た事だし、リエイも過去を歩いて見たのだろう。
ノアは怒らせたらめんどくさい、それなら別にもったいぶることもないし俺も知っている
「考えても結論は出ないか」
「そうだね」
とりあえず話はここでひと段落した。
予想を立てておくのは大事だがとりあえずもっと進展があってからだな、とお互いに確認しあう。
帰ってきたのが遅かったのもあるが気付けばもう太陽が沈みかけていて、酒場を開く時間が近づいてきていた。
照明に火を付け、二階で明日の予定でも考えるかと思ったが少し困ったことがあった。
「キリータさん遅いねぇ」
酒場に帰ってきていた時から分かっていたことだが師匠が居ない。買い物に行っているのだろう、と思っていたがどうにも現れる気配がない。
「そうだよな。もう店開かないとなのにどこで油売ってんだか。ノア、念のため地下のワインセラーを見てきてくれ」
ノアが厨房の方に歩いて行ったのを見計らって外へ出る。誰もいない。大通りの方にも目をやるが人通りがあるのが確認できるだけで、師匠の姿は無い。
今帰って来れないなら仕込みも間に合わないし今日は休みだな。
書置きも無かったし、師匠は急用で出かけているのだろうか?
俺は一旦外に出て『準備中』の立て札を『本日休業』に置き換え、再び店内に戻った。
「エリク……キリータさんが……」
そこには顔面蒼白のノアとぐったりとしてノアに背負われている師匠の姿があった。