第二話
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改稿しました。内容に大きな変化はありません。
【ワールド・ローグ・ウォー】と表記していた部分を【W・R・W】と表記を変更。
一話、二話共にスティール"君〟と表記していた部分をスティール"さん〟に変更。
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第一話改稿しました。
前置きを追加。最初の▽までが追加の部分になります。
ストーリー自体に大きな変更はありませんが、演出が変わっております。ご不便をおかけしておりますが今後共お楽しみいただければ幸いです。
「何度も言ってきたが……クソゲー乙ッ!」
慣れているとは言え、二度と手に入らないかも知れない装備品類で潤っていた俺達のアイテムボックスは今やエリクサーやフルポーションを始めとしたポーション類と、唯一このゲームでロストしない初期装備の【麻の服】と【木の枝】だけになっている。
【奈落】にリベンジすることも叶わず、失った物が多すぎた。
負けることはないだろうが、これでは他国のプレイヤーが攻め込んできたら対処するのも苦労するだろう。
ダンジョンやレイドボスに熱を出している俺達としてはそんなことをやっている時間があるならボス狩りもとい【奈落】を倒したいのである。
「と、言うわけで作戦会議を始めたいと思います」
文句を言っていてもこのままでは埒が明かないと思った俺は、周囲を深い森に囲まれた亜人連合国の首都から北にある"血沸き筋肉踊る〟のクランハウスで緊急会議を開いた。
皆、ぶすっと脹れているが淡いオレンジ色のランプに照らされた木製の卓に肘を突いて静かにしている。
しかし会議などと仰々しく言っても俺達に作戦と言う作戦はない。今までもそうであったように、現実で溜まるストレスを発散するように突撃してきたのが俺達だ。
【W・R・W】はファンタジー補正が入るポーションやファンタジー武器でもない限り、弱体化の一つである中毒などは解毒ポーション以外にも現実の知識や技術に基づいた調合で出来る解毒薬でも回復することができる。
そのため、現実の職業が調剤師だったり医者だったりする人はゲーム内でも冒険をしながら流れの生産職《薬師》としてのロールプレイを楽しめる。つまり、現実にあれこれ知っている人間であれば作戦の一つでも立てられるのだろうが、戦術家でもなければ戦略家でもなく、勉強をしたこともないしする予定もない俺達には荷が勝ちすぎる話なのである。
それがわかっているからか誰も口を開こうとはしない。
ヒラヒラと宙を舞っていた虫がランプの光に誘われて、その身を燃やして行くのを静かに眺めていた。
どれくらいそうしていたのか、しばらくしてレックスさんが口火を開いた。
「で、どうする? もう装備は普遍級しか残ってないぞ」
そこに、討伐を諦める意味合いの言葉は何一つ含まれていなかった。
そう、そうだ。俺達はこうでなければ俺達ではない。
たかだか数回やられた程度で、武器を失った程度で俺達の心が折れるわけがないのだ。
何千、何万と理不尽な遠距離攻撃の暴力によって蹂躙されてきた俺達そんな程度で心が折れているならば、俺達はここに、こうしては居ないはずだと断言できる。
他の皆も先程まで匂わせていた若干の諦めも、今は感じない。
舌をだらりと突き出してだらしなくアヘ顔をキメていたスティールさんも、つまらなそうに爪を眺めていたポールさんも、今はその瞳の奥に静かに、しかし爛々と強い闘志をこれでもかと燃やしていた。
「同じくー。でも、最悪素手ってのも面白そうだよねー」
「俺は弓だけ残ってるけど。なんて言っても弓なんて使わないけどさ」
弓使いなのに弓を使わないと豪語するスティールさんは放っておくことにした。
話し合わなければならないのは【奈落】の光線をどう耐えるかと装備についてだ。
ポールさんは素手での殴り合いも面白そうだと言っていたが、流石に現実的ではない。……確かに面白そうだとは思うけど。
「光線、耐えれると思います?」
俺が聞くと、全員両手を上げてお手上げだとジェスチャーをしながら頭を振った。
「無理だろ」
「だな」
「近接職にはキツイ。とは言え、俺達でも耐えられないものを他の奴等が耐えれるとは思えない。このゲームはバランス調整放棄してるから、【奈落】もその類だろ」
「……ですよねー」
そう。何を隠そうこの【W・R・W】は剣と魔法の異世界を謳っておきながら脳筋に非常に厳しく作られている。それはもう運営は近接職に親を殺されたのかと疑う程だ。
どう近接に厳しく、如何に魔法職が優遇されているかと言うと、奴等にはデフォルトで火の玉や石の礫を飛ばす、所謂魔法と呼ばれる魔技が常備されているが、近接職にはそう言った技が存在していない。つまり、ただ剣を振るしか許されていないのだ。近接は否が応でも生命力の鎧を纏った肉盾戦法を強いられるのである。ふざけんな。
幸い……と言っていいのかわからないが【W・R・W】は在り得ないほどの自由度を誇り、現実と殆ど遜色のない物理法則を備えているので技っぽい何かに関しては工夫次第ではやりようがあった。それを証明できるものも既にいくつか編み出しているので、実践できるかは兎も角として頑張れば一応の戦術幅は確保出来る。
他にも近接と遠距離、単体と範囲の優位性を備える魔法職なのに、そこに拍車を掛けるのが"詠唱〟と"融合魔技〟のシステムだ。
魔技は通常、HMDに表示されるシステムメニューや割り振ったショートカットから即時使うことができる。この時、HMDに表示される文字を読み上げると"詠唱魔技〟となり、威力が底上げされる。それを更に複数のプレイヤーで詠唱を繋ぐと"融合魔技〟になる。
この"融合魔技〟の威力は神話級装備に並ぶぶっ壊れ性能で、時間がかかるのと現実で声に出して読み上げなければならない羞恥プレイに耐えることができたなら、それに見合った範囲と威力の攻撃を放てるのだ。
だがそんな不遇にも負けず、変態道を極めに究めたのが"血沸き筋肉踊る〟の面子である。どうしてそんな道を進み始めたのか、それは俺にもわからない。ただ一つ言えるのは、このゲームのシステムと世界がそうさせたとでも言えばいいだろう。
装備のロストもそうだが、このゲームは妙なところで現実的だ。俺達のシリを眺めに来る現地の住民達は、実は中に人が入っているのではないかと思える程に生々しい感情を持っている。
国家間戦争に駆り出されて運悪く死んだNPCは魔物と違って再出現しない事もそうだが、そのNPCに家族が居た場合は残された家族は涙を流して泣き叫ぶし、所属国である亜人連合国には奴隷は居ないが他の三国では首輪を嵌めた死人のような顔をしたNPCがそこかしこに居る。
例えNPCと言われても生々しすぎて見たくない。
悲しい事に亜人連合国に所属しているのは俺達四人しかおらず、国家間戦争で攻め込まれて領土を奪われると侵略された領土の住民は奴隷にされてしまう事もあり、それを防ぐと言う意味で俺達は好きじゃなが対人戦をしているのが現状だ。
何万人とプレイヤーが居るのに四人と言う数は異常だが、それは亜人連合国が存在する立地に問題があった。
北には人間種至上主義で、亜人の存在を認めない公国があり、東には公国程は酷くないものの、奴隷産業がある王国に囲まれている。
どちらも主な種族は人間種で、労働力はあって困らないと言う"設定〟で亜人連合国によく侵略戦争をしかけてくるのだ。
プレイヤー達はあくまでゲーム感覚でしかないため、遠慮もなしにレイドシステムに則って襲ってくる。中には俺達と同じ考えをしている者もいるかもしれないが、所属国を変えるにはアカウントを一度削除する必要があるので、そう言った奴等は大抵、国家間戦争には参加しないでのんびりと生産に精を出している。
他にも亜人連合国を所属国に選ぶのに大きな障害がある。それは、何故かこの亜人連合国の周りだけレベルの高い魔物しかいないと言う事だ。
どんなゲームでもプレイヤーのレベルは1から始まる。だからまず、プレイヤーが対峙するのはゲームでお馴染みのスライムだとか、ゴブリンだとかの弱い魔物であるはずだ。
しかし、この亜人連合国の周辺に居るのは南東に森を抜けた先に広がる最も近いフィールド【ガーランド湿原】は50レベル越えの【ハグ】と呼ばれる半魚人の魔物がこちらの手の届かない水中から一方的に攻撃してくるし、公国や王国へ抜ける森の中では30前後の【ウルフ】系統の魔物が群れで襲ってくる。
結果、獣人族のもふもふなケモミミに釣られて亜人連合国を選んだプレイヤーは理不尽を強いられる。そして心を折られて「無理ゲーだろ!」とぶち切れて去って行くのだ。
亜人連合王国マゾすぎ。
この一言に尽きる。
基本的にダンジョンやフィールドボスの生息するマップに住んでいると言われるくらいに引きこもり、そうじゃないときは森の奥深くにある亜人連合国の首都でのんびりしている俺達は他のプレイヤーとの交流が薄い。だが全くないわけでもない。
聞いた話では他の国周辺の事情は違うらしく、ちゃんと弱い魔物が出るらしいのも俺達、近接大好き人間の感情に波風を立てるには十分過ぎた。そんな不憫な扱いを受けていれば何とかしてやりたくなるのが人の情。
そんなわけで、それぞれ苦難苦行の道を乗り越えて出会った俺達は運命の同志なのである。
装備を失ったからだとか、敵が強いからだとか、システムがクソだからとかは散々味わってきている事でなので、それを理由に【奈落】から手を引くと言う考えには至らないのは至極当然の帰結だと言える。
故に、攻略出来るビジョンが見えなくとも萎えたりはしなかった。
「俺達は失いすぎた。しかし、じゃあ他のプレイヤー……超優遇されている魔法職の前に膝を折るのか? 違うだろう。俺達には極限まで高められた生命力と筋力がある。俺達の武器はなんだ? そうだ、筋力だ! 魔法職は詠唱しなければ上位プレイヤーでもそれほど強力な魔技は使えない。だが俺達は複雑な操作を必要としない。ボタン一つで奴等の詠唱魔技以上の一撃を与えられる。つまり、装備集めに於いての優位性は我等にある! リベンジマッチは十日後、仕上げるぞッ!」
元からインストールされていない頭の中身を更にからっぽにしてひねり出した結果がこれだ。
優遇されている魔法職に対する嫉妬の篭った八つ当たり気味の煽り文句だったが、机を叩いて立ち上がり、万感の思いを込めてそう言うと、腕を組んで瞑目していた三人は静かに頷く。
「じゃ、やりますか!」
「ですね!」
「あいあいー!」
俺達にそれ以上の言葉は要らなかった。
翌日、俺は上司に持っていた有給を全て申請した。まだ入社して一年も経っていない俺がそんな事をすれば宜しくない目の付けられ方をしてしまうだろうが、それは些細なことだ。
業務が滞らないように休憩時間を使ってしっかりと資料を作り、そして二日後ついに七日間の連休がやってきた。
……とは言え、上司にお小言を貰ったのは言うまでもない。
▽
「だあぁらっしゃぁあぁあ!」
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、俺は空気を蹴って空を跳び、空中を自在に飛び回る【亜竜】の首を刎ねる。
「グオォオオォオッ!」
断末魔を上げ、首を失った巨躯が重力に従って森の中へと吸い込まれていく。
それを見届けまでもなく墜落する【亜竜】の体を足場に次へ次へと飛びついていく。
――一匹。
――二匹。
――三匹。
力なく落ちた【亜竜】の身体が、木々の隙間から粒子となって空に上がってくる。
え? 何? 空気を蹴って空を跳ぶのは魔技じゃないのか?
馬鹿を言ってはいけない。魔技にはしっかりと【浮遊】と呼ばれるものがある。それは俺みたく足を忙しなくバタつかせる必要もないくらい優雅に空を舞うのだから、無様に空を飛び跳ねるこれは歴とした努力の賜物だ。
|"血沸き筋肉踊る〟《俺達》は【空脚】と呼んでいるが、着想はダンジョンで浸水したステージを前にしたときだった。水に足が沈む前に足を出せば水の上を走れる、なんて馬鹿の発想を仮想現実の筋力が可能にした魔法のような物理現象。物理魔法だ。魔技と一緒にされるのは心外である。
昔を思い出しながら【亜竜】を狩っていると、数十匹居た筈の【亜竜】はすっかり姿を減らしていた。
その最後の一匹の首を刎ねる。
「グギャッ」
耳障りな断末魔と共に重力に従って落ちる体と一緒に地面に降りると、そこかしこに散らばる素材類が目に入た。
それらを拾い集め一息ついて顔を上げる。
伸ばした視線の先には何十、何百もの群れが作り出していた黒い雲が晴れ、見事な山が姿を現して聳え立っていた。
「手間取らせやがって」
目的は【亜竜】なんて雑魚ではない。連合国の南東【ガーランド湿原】を更に抜けた先。目の前に見える山の遥か上空。【ダンジョン:竜峰】の隠しレイドボスだ。
「さて、待ってろよ……七耀竜【陽ノ竜】!」
そう言って俺はただの鉄の塊にランクダウンした特大剣を担ぎ直すと【竜峰】へと歩を進めた。
▽
七耀竜は火、風、地、水、闇、光、そして神竜の七匹の属性竜を纏めた呼び名である。
神竜を除いた六匹は【W・R・W】の大地をぐるりと取り囲むように配置されたダンジョンの最奥にどっしりと構えており、他のボスに比べて屈指の強さを誇る。だが、神竜の存在を確認した者が居ないので実際は六耀だと言われている。六耀では語感が悪いので神竜は付け足されているに過ぎず、設定上にしか存在しないと噂されており、プレイヤーの間では七耀竜ではなく数合わせドラゴンなどと不名誉な通り名で通っていたりする。
そう言われるのも仕方ない。神竜って属性何だよ、と思わないでもないからだ。
存在するかも眉唾な竜はさて措き、目的の【陽ノ竜】は数居るボスの中でも面倒臭さで群を抜くと言われる光の属性を持つ。何が面倒臭いって、こいつは自動回復力が高い上に他のレイドボスは使ってこない回復魔技の一つ【下級回復】を使ってくる。【回復】系統の魔技は対象の最大HPに依存する割合回復と言えばその面倒臭さがわかってもらえるだろう。
しかし、実はこの【陽ノ竜】、魔技攻撃に対する抵抗力が高いから魔法職は苦戦するのであってゴリ押し肉弾戦が大好きな近接職からしてみればサンドバックとして非常に愛されているレイドボスでしかない。
それだけに戦闘回数の多いボスで、裸装備でもやり合えるくらいには慣れている。なので装備を集め直すのにどこから攻めるべきかと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが【陽ノ竜】だったのである。
【竜峰】の山頂に座する表ボスの【白竜】をサックリと倒した俺は確定ドロップである【白亜の竜燐】を太陽に翳して光を反射させる。すると、丁度山の中央の辺りで鏡のようにキラリと光が照り返され、目に見えない階段が雲の上まで伸びていく。
これが【陽ノ竜】に至るための隠しギミックだ。
掲示板でも【陽ノ竜】について語られているのを目にした事がないため、もしかしたら俺達の独占状態にあるのかも知れない。大体、素材にしか見えないドロップ品を使うなんて他ではないようなギミックがノーヒントとか不親切すぎるのだ。魔法職にとっては【白竜】も中々面倒な能力を持っているのだから連戦するとは誰も考えないだろう。なんとも運営の悪意が伝わるギミックである。
役目を果たした竜燐が粒子となって消えると、俺は透明な階段を上って雲の上にまでやってきた。
そこでは――
「クルァァアアァアッ!」
【陽ノ竜】が大きな翼を広げて吠えていた。
両手を広げた姿はまるで山の如し。【白竜】も戦艦くらいはありそうなほど結構な大きさであるが、それでも一線を画す巨躯。全身を真っ白な鱗で包み、その姿は神々しさを滲ませている。
「迫力はいつもと一緒で満点だ。それと、相変わらず鳴き声は可愛いな。……っと、忘れるところだった」
竜の放つ威圧をそよ風の如く受け流した俺は有り合わせのなんの効果も持っていない特大剣を抜くと巨体を揺らしてやって来る【陽ノ竜】を無視してシステムメニューを開いた。
変更する事があまりなかったので忘れかけていたが【ワールド・ローグ・ウォー】には"称号〟と呼ばれるシステムがある。
これはHP等のステータスを基礎値プラス%してくれるものから魔物と会話できるようになると言った特殊な効果もつ物と様々で、普段装備している称号の【不屈】は、HP上昇と一定ダメージ無効化と破格の効果なので固定化していた。だが装備品集めなら持久力よりも火力を取るべきだろう。
「どれがいいかな……」
所々"称号〟の入手条件すらわからず【???】となっている部分もあるが、七年間毎日ゲームを俺の入手済み称号は相当数埋まっている。
チラッと【陽ノ竜】に目を遣り、距離を確認する。【陽ノ竜】は可愛い鳴き声を上げながら向かってきているがまだこちらに到着するまでかかるだろう。これが【炎竜】だったならこれほど悠長にしていられないだろうが、今から対峙するのは攻撃力に関して七耀竜最弱なので問題はない。
視線を戻し、メニューをスライドさせる。
「うーん……」
レイドボスに有効なのは【殺戮者】、【暴食】、【狂戦士】、【竜狩】、【竜滅者】の五つだろう。他にも【戦闘狂】や【破壊者】と言った対人戦で猛威を振るう称号も持ち合わせているが、魔物それも単体相手に使うようなものではない。
【殺戮者】や【暴食】は【竜滅者】よりも火力が上がるが反面、HPにマイナス補正がかかるため大きく低下する。それは生命力オバケとしては沽券に関わるので避けたいところだ。
【狂戦士】はヒットストップ無視や攻撃する度に火力が上がる特殊効果は魅力的なのだが、一定確立で武器破壊が起きるので装備が少ない今は無しだ。
となると、やはりここは順当に【竜狩】か【竜滅者】になるわけなのだが、
「手に入れてから始めてじっくり読んだけど、なんて言うか……」
【竜狩】は単純に【竜族】にダメージ上昇補正が乗るだけでしかなく、【竜滅者】は【竜族】に与えるダメージの上昇値が他よりも高いがドロップ率が低下するようだ。
あれもこれもと言うのは都合が良過ぎるとわかっているが、どれもが一長一短で考える程【不屈】でいいのではないかと思えて来てしまう。
HPを早く削る分には【竜滅者】が一番なのだろう。しかしレイドボスのリスポーンは現実時間で一時間掛かる。その間は他の竜を回るつもりなので、態々レア率を下げる必要もない。
「ここは【竜狩】にしておくか……これでよし。行くぞッ!」
そうしてメニュー操作を終了して顔を上げると、眼前には視界を埋め尽くす白が迫っていた。
▽
「クルォオン!」
「どっ……せぇえい!」
ビリビリと空気を震わせる咆哮と同時に
――ズドンッ!
と頭上から落ちて来た前脚を頭の上に掲げた剣で受ける。
巨岩が降って来たと錯覚するような攻撃に、ドクンと高揚感が胸を打つ。
「そうそう……こういうの! だが――!」
魔法職なら今頃ぺしゃんこにされて復活ポイントで全裸を晒していたと思う。それも極振りされた筋力のおかげだ。俺の筋力の前では竜の踏み付けも温く、HPは全くと言っていいほど減っていない。
ダメージは受けていない。だが、やはり大質量の竜の踏み付けだからだろう。足元を見ると足は地を砕いてくるぶしの辺りまで沈み込んでいる。
それをズボッと何事もなく引き抜き、押し潰そうと力を込め続ける脚を押し返す。
「俺を攻め切るには火力が、足りてないぞ!」
「ルォオオオオン!」
勢い良く脚を押し返された事で【陽ノ竜】は可愛らしい鳴き声を出しながらゆっくりと身体を傾ける。
こんなチャンスを見逃す奴はゲームを始めたばかりの初心者くらいだ。
すかさず脚の上に飛び乗り、俺は前脚を切りつけながら頭へと猛進する。
「オラオラオラオラァ!」
筋力が足りていなければ出来ない両手剣片手振り。
木の枝のように軽い、しかしブォンと風を切り裂く刃の音は鈍く、技術もへったくれもない力任せな攻撃は【陽ノ竜】の純白の鱗を剥ぎ取るように切り裂いた。
「キュオオォオン!」
痛みを感じているのだろうか。悲しげな声で【陽ノ竜】が啼いた。
その声にジクリと僅かに胸が痛んだが、これも敵対者の性。
俺達は共に敵同士で、情けをかけ合う相手ではないと自分の心に蓋をした。
▽
俺は基本的に攻撃を避ける事はしない。回避行動をしていると手数が下がるからだ。殺られる前に殺れ。死人に口無し、ヘイト無し。これが俺達の美学である。
巨大な武器を背負い、巨大な敵と戦う。これぞファンタジーの王道。
空気を震わせて迫る尻尾の薙ぎ払いがくれば剣を背負って受け止め、卑劣にも遠距離攻撃を吐こうとしたら下顎を殴りつけて口を閉じさせる。
魔法職には出来ない生命力と筋肉に物を言わせたゴリ押しは三十分程続き――
「こんなもんかな。ちゃんとした装備があれば十分くらいで終わるんだけど」
顔と体をボコボコに腫らした【陽ノ竜】はぐったりと雲海のベッドに身を横たえていた。
身体からは僅かに粒子が立ち上り【陽ノ竜】の生命力が尽き掛けているのが窺える。
少しだけ可哀想だと思わなくもない。が、相手も俺を斃そうとしてきている以上、こちらも手を抜くつもりはなかった。
「お願いします、お願いします!」
一瞬にして感傷を投げ捨てた俺は慈悲も節操もなく両手を摺り合わせて息も絶え絶えな【陽ノ竜】を弔うと共に、小声で祈りを唱えながらレアドロップ品である伝説級武器【光剣:常光ノ剣】を落としてくれるのを願っていた。
やがて、
「クルルルル……」
【陽ノ竜】が小さく啼き、全身が粒子となって消えて逝く。
「頼むぅ!」
――落としたか?!
何度も斃してきているからだろうか。レイドボスを攻略した余韻を味わう事無くドロップ品の有無の確認に入った。
食い入るように【陽ノ竜】が横たわっていた場所に目を遣ると、そこには一本の片手剣が突き刺さっていた。
「いょっし!」
思わず拳を握り締めてガッツポーズを決めた。
【光剣:常光ノ剣】は他の竜が落とす武器に比べれば大した攻撃力は有していない。だからだろうか、体感と経験の素人判断だがドロップ率は他のボスに比べて20%も高い脅威の30%前後くらいはあるだろう。
加えて状態異常解除までの時間短縮や自動HP回復と言った近接職には嬉しい効果を持っている。他にも【浄化】と呼ばれる特殊効果も付いているのだが【浄化する】としか書いてないのでただの設定でしかないと言うのが俺達の見解だ。
一見万能のように思える【光剣:常光ノ剣】に不満があるとすれば、それは武器の分類が片手剣であると言う事だ。
俺に限らずクランのメンバーは大きな武器を好む。かく言う俺もゴツイ重鎧と大きな武器が大好きだ。魔法が飛び交うこのゲームで振りの遅い武器はそれだけで不遇なのだが、そこは漢の浪漫で十分カバーできる。いや、だからこそ浪漫を求めなければならない。
特大剣をドロップするボスは【炎竜】と【地竜】なのだが今回この二匹を回るつもりは今のところない。【竜ノ伽藍堂】と呼ばれるボスラッシュにも手を出す予定だからだ。
予定ルートは【闇竜】が【黒纏ノ重凱】と言う黒騎士ロールが出来る棘の付いたイカした重鎧を落とすので一週間【陽ノ竜】と【水竜】と【闇竜】の三匹を回す。神話級も落とす可能性があるが高望みせず、堅実に伝説級狙いで行くのが約束の日までのプランだった。