雨はやまない
『若者の投票率をあげたい!私に投票してくれなくてもいいんです。ただ若い人に政治に参加してもらいたい。あなた達の意思で日本を変えてほしいんです』
何気なく娯楽室で昼食を食べながらテレビをつけると、名前も見たことの無い国会議員が涙を流しながらそう演説していた。本気でそう思っているのか、演技なのかはわからないが、今の若者がこんなものを見ても何も心を打たれたりしないだろう。感覚が鈍っているとか感情が無いからじゃない。こう言う大人の演説にみんな慣れてしまったんだ。
そんな事を考えながらチャンネルを変える。
『子供には絶対にテレビゲーム等と言った娯楽をさせてはいけません』
双子の息子を二人共同じ有名私立高校に入れた事によって、一躍有名になった花嶋と言う女性が教育論を語っている。
『ほう、それはなぜ?』
番組の司会の男が相槌をうつ。
『テレビゲームなんてものは、本当にそれこそ子供のただのお遊びですから。将来何の役にも立たなければ、遊び出したら際限がありません。子供の娯楽は親が決めたもののみをさせるべきです。将棋だとか囲碁、後はスポーツなんかもいい息抜きになるでしょうね。』
『ゲームと将棋、囲碁、スポーツでは一体何が違うんでしょうか』
そう言うコメンテーターの一人と思われる男の顔を見て俺は心臓が飛び出るほど驚く。
「大、祐・・・?」
ただの他人の空似であるとは思うが、あまりにも似すぎている。だがありえない。大祐は十年前に俺の目の前で間違いなく死んだのだから。
『全然違うでしょう。将棋と囲碁は脳を使い、スポーツは身体を動かす事によって、頭をスッキリさせて勉強にも役立ちます。それになにより、将来役に立つでしょう』
『別にゲームでも脳を使うと思いますよ。確かにスポーツのように身体は動かさないので、スポーツと同様のメリットはありませんが。ただ一つだけ言える事として、私はゲームも将棋も囲碁もスポーツも人並以上にできますが、どれも別にはっきりと将来の役に立ったことはないです。やれば楽しいものですが』
そう言って大祐に似た男はへらへら笑う。
『囲碁や将棋ではプロがいるでしょう。世間的に見ても胸を張れる娯楽です』
『はは。まさか花嶋さん、今度は息子をプロ棋士にでもするつもりなんですか。そう言う世間ってなんなんですかね。あなた達のような大人達の凝り固まった下らない偏見の事ですか?』
『いい大人が屁理屈を並べないでください。現に私はこのやり方で息子を二人有名私立高校に入れたわけですから。どうせあなたはろくな学校も出ていないんでしょう?時間の無駄なのでこれ以上あなたとは話す事はありません』
少し苛立ちながら女性は言う。
『あはは。面白いなぁ。あなたみたいな偏見で凝り固まった下らない大人達を見習って、子供達は自分と違う子供を差別していじめたりするんでしょうね。いやぁ暗い!日本の未来暗いなぁ』
『ちょっと司会の方、この人なんなの?あなたいい加減止めなさいよ』
しかし司会の男はニヤニヤするだけで何も言わない。
『花嶋さん!』
パンっと突然大祐に似た男が手を叩く。それを聞いて花嶋はびくっと身を震わせて男の方を見る。
『今日はあなたの下らない教育論なんかを聞きに来た訳じゃないんですよ。あなたのような腐った大人の教育によって、日本の子供達がどのように育っていっているのかを話しに来たんです』
『はぁ?何を言っているんですか。下らない!私帰ります。なんなんですかこの番組。番組の前のみなさん!よく見てください。これが低学歴のやる事です。大人になってもこんな、子供みたいな馬鹿げた事を言う。自分の子供をこんな風にしたくないでしょう?ならば私の書いた本を読んで、子供達を立派な学校に入学させましょう』
そう勝手にまとめると花嶋は荷物をまとめてスタジオから去ろうとする。
『花嶋さん。帰る前にこれを見てください』
大祐に似た男がそう言うと真ん中にあった大きなモニターに三人の高校生達が一人の生徒を囲んで蹴っている映像が流れる。
それを見ると花嶋は見る見るうちに真っ青になり、その場に腰を抜かしてしゃがみこんでしまう。
『さすがお母さんだ!自分の子供はすぐわかりますか!さすがだ!』
花嶋は無言で映像を見て固まっている。映像はどんどんと入れ替わり、どれも同じように一人の生徒が執拗ないじめを受けている様子が流れていて、どの映像にも花嶋の双子の息子が映っていた。
『も、もうやめて!何よこれ、どう言う事なの?』
『あっははっは』
司会の男が堪え切れないと言った様子で笑い出す。
『花嶋さん。どう言う事って、あなたの育てた優秀な息子達の雄姿ですよ。いやぁ、立派だ』
『はーっははっはっは。ひぃーはっは』
大祐に似た男が言うと、司会の男は机をバンバン叩いて笑い転げる。
『花嶋さん。あなたのその立派な、偏見に満ちた差別的な教育によって育った息子さん達はどうですか?』
モニターには全裸にされた子供に、水をかける花嶋の息子達の様子が映る。花嶋は画面から思わず目を逸らし、床を向いて震えている。
『花嶋さん。だめだ。ちゃんと見ないと』
そう言うと大祐に似た男は花嶋の方に行き、両手で花嶋の顔をモニターの方に無理矢理向ける。
『この番組は生放送だ。これからはあなたの家族が、この水をかけられている少年のように壮絶ないじめの対象になるんでしょうね。あなたの息子達は今頃ママのかっこいいところを見るためにテレビを見ているのかな?今どんな気持ちでテレビを見ているだろうね。これから大変だ。気合入れていかないとね。地獄のような日々が始まりますよ』
そう言って男は花嶋の背中をぽんぽんと叩く。花嶋は呆気にとられながら男のほうを見て、何かを言おうと口をぱくぱくさせる。
『あ、あ、あ、あなた達のやっている事も同じじゃない。結局こうやって、私の家族をめちゃくちゃにしようとして、いじめと一緒じゃない!!わあああああああああああ』
花嶋はヒステリックを起こしたかのように頭を掻き毟って叫びだす。
『その通りだ花嶋さん。ようやくわかったんだね。どれもこれも一緒なのさ、偏見も差別も、何もかも下らない事だ。ゲームも将棋も囲碁もスポーツも全部ただの下らない娯楽。あなたの教育によって育った子供がやっている事も、今私があなたにやっている事も全部下らないただのいじめだ。あんたの人生もあんたの子供の人生も、俺の人生も、これを見て楽しんでる視聴者の人生も全部一緒だ。全部平等に下らない。一緒なんだよ花嶋さん。正しさを決めるのはあなたじゃないんだ。あなたに残された事実は一つだけ。あなたの撒いた下らない種で、下らない地獄をこれから見る事だけだ』
『はっはっは。あーっはっはっは』
司会の男は相変わらずバンバンと机を叩いて笑い転げている。他の出演者と花嶋は呆然とその様子を眺める。
しばらくその様子が映された後、番組は突然終わり、コマーシャルが流れ続けた。
「なんだこれは」
まさにその言葉しか出てこなかった。こんなにひどい放送事故は初めて見た。それよりもあの大祐に似た男は一体何者なのだ。司会とあの男がグルでやっていた事だけはわかる。そして大祐に似たあの男を見れば、十年前の出来事に関係した何かが起きている事も考えずにはいられない。
『コンコン』
ぐるぐるとそんな事を考えていると、ドアのノックの音ではっと我に返る。
「どうしたんですか?山下先生」
部屋に入るなり同僚の後藤が不思議そうに俺の顔を見る。
「いや、なんでもない。何かおかしな顔をしていたか?」
「いえ、すごい汗だったので」
確かに気づくと俺は顔からだらだらと汗を流していたようだった。
「いや、少し暑くて」
「そうですかね?まあずっと雨降ってますしね。湿気が高いからかな」
そう言うと後藤はエアコンをつけてドライに設定する。
「それにしてもこの雨いつやむんですかね。最近ずっとですよ」
「ああ、そうだな。いい加減やんでほしいもんだ。・・・もううんざりだ」
「はは。そこまで言うなんて、山下先生よっぽど雨が嫌いなんですね」
本当にもううんざりだ。窓を叩く雨を見ながら俺は心からそう思った。