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天地雷雨の自鳴琴

 よう、つぶらや。音楽のテストどうだった? ほう、そりゃよかった。

 俺、おたまじゃくしはどうにかなるが、曲名と作者の一致とかがきついな。まったく、うちのセンコーはクラシック好きで困っちまうよ。

 教科書外のクラシック曲の鑑賞を課題にするとか、正気の沙汰じゃねーよな。百円ショップにCD売っていたからましだったが、飛んだ散財だよ。

 ダウンロード? ああ、だめだめ。ケータイは持たせてくれねーし、パソコンは親父が仕事で使う。ネカフェは財布に痛すぎる。俺の小遣いじゃ、二週間はパン生活だ。

 それにしても、音を記録して再現しようとか、よく考えたよな。エジソンたちの蓄音機が有名どころか。

 オルゴール? あれ、記録と言えるのか? でも音楽を再現するから、記録なのか?

 なんか哲学的だが、オルゴールといえば、こんな伝説を聞いたことがあるぜ。

 興味ありか? じゃ、今日の昼飯おごれよ。それで手を打つ。


 踊りと音楽は、古来から密接な関係があったのは、言うまでもないな。それらは立派な伝統芸能だが、普段の生活の中には、姿を現さない。

 踊って、歌って、その間だけ、この世に存在する。俺がこうして口から出している話も、存在するのは話している間だけだ。終われば、空気にとけて消えちまう。

 その命を永らえさせる方法を人類は考えたわけだな。

 俺の話なんかは、つぶらや。お前が書いてくれればいい。踊りは最近になって、ビデオが生まれた。で、音楽延命の技の一つが、オルゴールってわけ。

 伝統芸能の継承者がいなくて問題、と最近騒がれているだろ? あれ、意欲だけじゃ無理だからな。

 寸分狂わぬ、リズムと音程。これが鍵だ。極めれば、自然に感情を乗せられる。

 部族とかだと顕著だな。年端もいかないうちから、これらの適性を見るために、幼年から練習だ。かけがえのない、命の時間を使ってよ。過去の命を先へとつなげんだ。

 でも、再現できなくなったら、終わりだ。この世から消えちまう。

 だからよ、さっきあげた技術ってのは、たとえ一時は蔑まれようと、立派な運命への抵抗だと思うんだよ。


 明治時代、伝わったばかりのオルゴールは、伝統芸能を支える人の間でも、地味に使われていった。

 泰平のためだ。今で言えば、エンタメ目的のカバーやアレンジが流行りすぎて、原曲の響きを伝える人が極端に少なくなっちまったらしい。それを永遠の形で残したいと、プライドを捨てた執念が、オルゴールに託されたんだ。

 真っ先に収録されたのが、雨乞いを始めとする、天候に関する音楽だ。

 歩き巫女の文化は知っているな? 神社の修復費とかを集めるために、全国をまわった巫女さんたちだ。彼女らの踊りや音楽には不思議な力が宿っていて、優れた者だと天候さえ操れたという。乞われれば、何日にも及ぶ、祈りを込めた儀式が催された。

 その生身の霊験が失われつつあった時代、使い手を機械に託し、より長く、より正確に音楽を遺そうとしたんだろうな。

 明治。神秘はすべて科学で解き明かし、取って代わらんとする混迷の時代さ。


 歩き巫女の文化は、目立たないながらも続いていた。目的は変わっていないが、オルゴールを使う者が徐々に増えていった。

 何せ、リズムや音程も一定のものを保てるんだ。職人技を必要としない。人手の確保が楽だったんだ。覚えるのは、手入れの仕方。

 ちぐはぐだよな。伝えていく技じゃなく、固めていくための技が優先されるんだぜ。

 そうして、文明開化が行き届いていない寒村とかでは、引き続き、儀式が行われていたんだと。旋律をオルゴールに託してな。


 生身と機械の違いがあれど、時が経てば、神が宿るのは確からしい。巫女さんの中に、古来の復活と言われるほどの、オルゴール職人が現れたんだ。

 字面で見ると滑稽だが、その出来は確かだった。彼女の手で作られた数々のオルゴールは、雨を望めば雨を呼び、風を望めば風を呼んだ。

 その調べを持って、全国の巫女たちは人々を助け、見返りにお布施をもらうわけだな。金儲けのイメージがするが、そこは人の良心次第といったところか。

 とにもかくにも、巫女さんのおかげで、神社の修繕費用は順調に確保できていたという話だ。


 でも、目的が同じだったら、たどり着く問題もまた同じだったのさ。

 後継者。彼女の文字通りの神業を、誰も受け継ぐことはできなかった。神社は彼女にすがり続けるしかなかったのさ。

 その神社、利益など考えてなかったらしいからな。清らかさを追い求めても、摂理は確実に神域を蝕み始めていた。

 目は衰えて、肌は枯れ、その手が老いにしびれても、彼女はオルゴールを作り続けたらしい。自分の技を継ぐ、誰かが現れることを信じて。

 

 しかし、祈り空しく、彼女はこの世を去ったらしい。

 その神社も今は残っていないようだ。

 彼女が亡くなった後、その死を悼むかのように、三日三晩の雨が降り注いだ。しかし、その後、大きな地震が起こり、神社はほとんど崩れ去ってしまったらしい。

 そして、追い打ちをかけるかのように、かろうじて形を保っていた本殿に、落雷が直撃。一夜にして荒れ野原となってしまったんだと。

 つないでいくってのは、本当に難しいことだよな。



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