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ドアポストにはさむもの

 今日は助かったよ、つぶらや。

 悪かったな、引っ越しの手伝いさせちまって。せっかくの休みだってのに。

 飯をおごってくれたら、構わない? お安い御用だ。近くのファミレスでいいか?


 結構混んでるな。注文くるまで、ドリンクバーで粘る羽目になりそうだぜ。

 なあ、メロンソーダとオレンジジュースが同じ口から出てくるって、どう思うよ? 俺は邪道だと思っているんだが。

 学生時代、罰ゲームですべてミックスの七味唐辛子入りドリンクを飲んだ? おえっぷ、気持ち悪いことするな、学生は。飲めなかったらどうすんだよ。

 しかも、飯を食った後のタイミングとか、死ねるだろ。大惨事にならなかったのか?

 ギブしたら、つぶらやが処理する? それはそれは、質実剛健な胃袋で何よりだ。

 明日から自炊か。金は少しでも温存したいし、いっちょ張り切るかね。あとドアポストを毎日確認しないとな。

 別に溜まってからでいいだろ? 無精なお前なら、そういうと思ってたぜ。

 だがな、ダチがこんな体験をしたらしくってよ、やけに気になるんだ。


 ダチが引っ越したところは、駅に近い徒歩五分のアパートだ。

 ちょっと歩けばスーパーやドラッグストア、レストランとコンビニがある。風呂とトイレはしっかり別にしてある、1DK。

 十畳半ってところだ。一人暮らしには十分なスペースだろ。ガスや水道の手続きも済んで、ネット回線も引き、気ままな生活を楽しんでいたんだと。

 だが、住み始めて一カ月くらいしてよ。おかしなことが起こり出したんだ。

 ダチが寝静まった真夜中。パシ、パシって部屋のドアを叩く音がするんだってよ。大きすぎる音じゃないが、決して無視できない、絶妙なボリューム。

 音の出所は、ドアポストだったのさ。ダチは寝ぼけまなこをこすりながら、ポストに挟まっているチラシを抜き取る。風に吹かれて、ドアを叩いていたんだろう。

 近くの教会で行う、ミサの案内だった。特に興味のなかったダチはざっと流し読みして、ゴミ袋に放り込んだ。

 だが、眠り直す直前に、ダチはふと疑問に思ったらしい。このアパートには集合ポストがある。どうして、わざわざ個人のドアポストに入れたんだろう、てな。

 その日は、チラシをまいた奴が気づかなかったんだろう、て結論づけたらしい。

 安物アパートだから、集合ポストは建物側面についているだけで、部屋の前まで誰でも簡単に来られるようになっているしな。


 翌日以降、ダチは仕事の行き帰りに、集合ポストを入念に見るようにした。

 今までが面倒くさがりで、のぞこうとしてなかったからな。どっちゃり溜まっていたチラシを引き抜いて、ゴミ箱に放り込んだ。

 つぶらやも分かると思うが、ドアポストに挟んであるチラシって、気になるもんじゃないか。自分に距離が近いせいなのだろうな。デリケートゾーンに近づく、悪意って奴?

 下手くそで誤解を招く表現はよせ? へいへい、作家センセイのご忠告、アリガトウゴザイマース。

 で、ダチは集合ポストをすっかり空っぽにするようにしたわけだ。これならドアポストにチラシを挟まれることもないだろう、と思ったらしいが、見通しが甘かった。


 ドアポストに挟まるチラシは、切れることがなかったのさ。

 しかも、おかしなことにな、ダチが寝ている時はもちろん、風呂に入っている時、トイレに入っている時とか、すぐにドアに向かえねえ状態を見計らって、ポストにチラシを挟む音がするんだと。

 のぞかれているのか、とダチは恐怖した。年頃の女ならともかく、ひょろいおっさんたる自分に興味を示す奴など、別の意味でやばい。

 二次元、三次元を問わず、今まで得た知識を元に、部屋中を漁ったり、壁や床や天井も調べてみたが、異状は見当たらなかったようだ。

 ある晩には、寝ずにドアポストを見張っていたらしいぜ。チラシを挟んでいく何者かを確かめるためにな。だが、それすらもお見通しといわんばかりに、ダチが粘った日にはチラシは何も挟まれなかったらしい。

 あまりのわけのわからなさに、ダチは心底疲れちまったって言ってたな。


 そして、二カ月ほどが経った、雨の日のことだった。

 ダチはアパートに帰ってきた時、レインコートを羽織った男が自分の部屋に立っているのを見たんだ。真っ黄色に染まった繊維からはみ出た腕には、大きな紙袋が下げられている。

 チラシを挟んでいた奴か、とダチは一瞬興奮したようだが、すぐに落ち着いた。チラシを入れるにはあまりに大きい袋。それは電話帳だったんだ。

 かなり分厚いから、ダチのアパートの集合ポストには入らない。ドアポストなら口が広いから入るだろうと踏んだんだろうな。

 ダチの部屋は103号室。101号室と102号室のドアポストからは、電話帳の頭がのぞいているところを見ると、しっかり入るのは立証済み。

 だが、ダチの部屋の前の配達員は容易に動かなかった。ドアポストの途中で電話帳が引っかかっているようだ。小さな舌打ちも聞こえた。

 バカな、とダチは思ったらしい。ドアポストも毎日チェックしている。あの奇妙なチラシ以外、ドアポストに挟まったものなどない。ポストの中は空のはずだ。

 配達員からじかに電話帳を受け取ったダチは、部屋のドアを開ける。ポストの中身はやはり空。もう一度、外側から電話帳を押し込んだ。大した抵抗もなく、電話帳はドアポストの中に吸い込まれていったらしい。


 なあ、配達員は何に突っかかったんだろうな。今まで突っ込まれた奇妙なチラシたち。何かで詰まっていることを教えたかったんじゃないかって、俺は思うのさ。

 ダチは特に被害がないのをいいことに、今もアパート暮らしを続けているらしい。でもな、一抹の不安があるとは言っていた。

 姿なくポストに詰まっていたものたち。今はどこに潜んでいるのだろうってな。


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