ご近所埋蔵金伝説
こーら先輩、どうですか、あたしの新作?
更にできるようになったな? もう、ネタを挟まないとほめられないんですか。
でも、ありがとうございます! 先輩の新作も面白かったです!
だが、ことあるごとに、イケメンの男同士で抱き合うのはやめろ? 男はもっと泥臭いもんだ? へ〜んだ、私の勝手でしょうが。
男がきれいな美少女を好きなように、女だってきれいなイケメンが好きなんです〜。メロスとセリヌンティウスだって、抱き合ってるじゃないですか。
ああ、先輩はセリヌンティウスだったら、「あきれた友だ。生かしておけぬ」な方でしたっけね。
それを言うなら、先輩の書く女はなんです! 見た目だけよくって、ノータリンもいいとこですよ! ルックスに脳みそを奪われてるんじゃないですか、あの女どもは。
見た目だけで人生ベリーイージーな、媚び媚びの空っぽヒロインたち。もし、二目と見られぬ顔にしてやったら、難易度どうなるでしょうね?
ナイトメア? インフェルノ? 所詮、男の考える女なんて――。
いや、よしましょう。物書き同士で口論しても、しょうがありません。
決着は言葉のナイフでなく、作品の質でつけましょう。その上での負けなら、甘んじて受けます。先輩もそれでいいですよね。
ふふ、さすがはこーら先輩。望むところですか。
次の講義まで時間があるし、ちょっとお茶しません?
お待たせしました。
紅茶とドーナツ。私の命です! 先輩との勝負に向けて、補充は欠かせませんよ!
え、今日はいつものシュシュじゃないんだな? よく見てますね。
はは〜ん? 作品で勝ち目がないから、作者の私自身をたらしこむ手はずですか?
脳内お花畑、乙? え〜、なんでそこで、バッサリなんですか! ちょっとは気を持たせるとかしてくれないと、女の子にモテませんよ〜。
あ、創作手帳にメモするんですね、今のこと。女の子の前でやります? 普通?
創作の参考になるのを喜べばいいのか、自分が女扱いされていないのを嘆けばいいのか、分からなくなっちゃうな、こーら先輩といると。
このシュシュ、よく見てください。ほら、腕時計になっているんです。珍しくないと言われるかもしれませんけど、私にとっては大切なもの。
そして、私が筆を執る理由。時々、思い出したくて身につけるんです。
先輩が書く理由は先日聞きましたし、その借りだと思って聞いてください。
これを買ったのは、三年ほど前のことです。
近くの大きい公園でフリマを開いてまして、外出ついでに立ち寄ったんです。装飾品が多かった記憶があります。
ちょうど新しいシュシュがほしいなって思ってたのと、掘り出し物ないかなあ、て物色してたんです。
そしたらマーケットの隅っこに、テントなしのブルーシートで場所を確保している店を見つけたんですよ。みすぼらしさはあっても、そういうのに弱いんです、私。
今、考えても、奇妙なくらい雑多なものを売ってましたよ。
ボタン電池から一人で持ち運べるとは思えない柱時計まで、所狭しでした。あの店だけでも、市場が開けそうな勢いだったのを、よく覚えています。
それらを売っていたのは、眼鏡をかけているおじいさん。ああ、マンガに出てきそうな特徴的な方ではありませんよ。チェックの入ったベストを来て、緑色のネクタイをしている優しそうな方でした。
私がシュシュありますか、と聞いたら、これでもいいかいって、今、持っているシュシュ型腕時計を出してくれたんです。
どうして三年前買ったものが、傷んでいないのか? ふふん、大事に使ってますからね。
純粋なシュシュがいいなって言ったんですけど、おじいさんは答えました。
その時計には、昔に発掘された金が使われていて、埋蔵金のありかを教えてくれる、と。
噴飯ものでしょう? でも、当時の私は、自分の下手さに筆を折ろうか悩んでいた時期。
表向きはものすごく喜んで感心した振りをして、内心、このおじいさんの妄想に付き合えば、少しはネタの足しになるかなって思っていました。
おじいさんが話したのは、次のようなことです。
このシュシュを身につけたまま、夜眠ることを十五日連続で行う。すると、十五日目に電車から降りたところから始まる、明晰夢を見る。
その夢の中では勝手に足が動くが、視点は自由に動かせるはず。駅の名前や周りの風景をよく覚えておくこと。そして、足が止まった場所に埋蔵金があるとの話でした。
それからの十五日間は、あっという間でしたよ。充実してたってわけじゃなくって、空っぽ過ぎたという意味で。
そして、十五日目。私は明晰夢を見ました。
普通なら驚くところでしょうけど、こんな時、物書きはありがたいですね。日頃から題材を追い求めているせいか、すぐに順応できましたよ。
おじいさんに言われた通り、駅名を見ましたが、私の知っている無人駅でした。見える風景からして間違いはありません。
確かに勝手に足が動いて、改札を出て、町中を歩き出しました。私の記憶にある景色の通り。いえ、あまりに記憶通り、と言っていいでしょう。
なぜなら、私がこの駅を利用する時は、親戚の一家に会いに行く時だけ。そして、その家への道筋を、夢は正確に辿っていた。
まさか、まさかと何度も思いましたよ。そうしてたどり着いたのは、予想通りの親戚の家の前。
生垣に囲まれた、瓦屋根を持つ木造建築。昔ながらの風情がある、ちょっとしたお屋敷です。明治か大正時代くらいに、引っ越してきたらしいです。
体がインターホンを押したところで、夢から覚めました。
埋蔵金の行方。ここまでおじいさんに言われた通りに運ぶと、少しは希望を持っちゃいますよね。
次の休みに、予め連絡を入れて、私は一人で件の親戚の家に向かったんです。埋蔵金のことは伏せてね。
子供たちは外せない用事がある、とのことで、家にはおじさんとおばさんだけがいました。
親戚といえど、めちゃくちゃ仲が良いというわけでもない。どうやって話を持っていこうかと考えましたが、私はバカですからね。家系図とかありますか、なんて聞いちゃったんです。
今、考えたら、人の家に来て、家系図見せろって不審者ですよね。おじさんが親切な人でよかった。
家系図を見ながら、私は聞いたんです。過去に鉱山とかで働いていた人とかいませんかって。埋蔵金って、親戚の家のご先祖様が持ち出した鉱物じゃないかと、考えたんです。
すると、おじさんは少し険しい顔になって言いました。過去に鉱山事故で亡くなった先祖がいる、と。
まずい、地雷を踏んだ。そう思って冷や汗をかいた私に、おじさんは話してくれました。
この家系図は、ここに越してきた時の当主が書き記し始めたもの。当主の父親の代までは文字の読み書きができなかったらしいです。
その父親は鉱夫でした。長年鉱山で働いていたらしいですが、ある日、事故で亡くなられたという話。
しかし、死の数カ月前。自分にもしものことがあったら、庭の梅の木の根元を掘れ、と言い残していたそうです。
先輩も大体予想がつきました?
木の根元に埋まっていたのは、砂金の入ったつぼだったのです。それも中身いっぱい。毎日の労働の合間を縫って、鉱夫の父親が地道に蓄えた富。
大黒柱を失った親戚の先祖は、妻の実家にあたるこの地域に越してきて、今にいたるそうです。
そこまで聞いたら、私も分かりました。
ああ、このシュシュ時計に、きっとその時の砂金が使われていたんだ。時間をこえて、この家にこようとしていたんだ。金銀以上に大切な、自分の子孫たちを見守るために。
私は全ての事情を話して、このシュシュ時計をおじさんに渡そうとしましたが、おじさんは笑って言ったんです。
君が買ったのならば、君のものだ。受け取ることはできない。ただ、ご先祖様の気持ちとご先祖様を思った、君自身の気持ちをずっと大切にしてあげてほしい、と。
私の文章はまだまだ未熟です。幻想まみれかもしれない。自己満足かも知れない。
けれども、このシュシュを見るたびに思うんです。
文字を書けない人でさえ、自分の心を、命の叫びを綴り、伝えることができるのであれば。
私たちにできないはずは、きっとないって。




