おまえにとられて、なるものか
どうだった、古戦場巡りは。
思ったより戦国時代の戦場って、狭いものだろ? 戦車や飛行機が溢れる近代戦になると、すぐに山こえ、谷こえの大決戦。それが徒歩と馬じゃあ、限界がある。
スケールのでかさも、作品にとっては大事な部分だろ。だが、手のひらサイズの戦争を、細かく書くってのも、なかなかオツかも知れねえぜ。
日本人は何かと制限を設ける、縛りプレイが好きだからな。自由奔放な舞台より、がんじがらめの脚本劇が向いてるのかも。
その「お約束」の中で、できる表現を考える。そもそも、自分の身体は一つしかねえ。頭の中は無限でも、物理的な限界を忘れんなよ、こーちゃん。
おっと、戦場に頭ときたら、当然、首取りは外せねえな。それにまつわる話をしてやろうか。
ああ、グロい部分はすべて想像に任せるよ。気楽に聞いてくれ。
戦国時代。ちょうど鉄砲が普及し始めた頃の話だ。
鉄砲は高価なものだったのは言うまでもないな。本体然り、火薬然り、弾丸然り。信長が長篠の戦いで、あんなに鉄砲を使えたのも、商業の中心である、堺を押さえていたからというのがでかい。
それでも、鉄砲は各地でそのシェアを広げていた。なぜ、広がったかは、こーちゃんの見解を聞こうか。ほう、二点。
ふむ、一つは音。でかい音ってのは、相手をびびらせるのに有効だ。四方八方から鉄砲の音がしたら、もう生きた心地はしねえ。そこで消沈した相手に、接近戦を挑めば……ま、結果は見えとるわな。
もう一つは、安定した威力。弓にせよ、刃物にせよ、熟達しないと致命傷を与えづらい。しかも、訓練にほとんど参加しない兵では、技じゃなく運でケリがつきそうだな。だが、鉄砲なら当たりさえすれば、大きなダメージが期待できる、と。
特に後者は重要だ。素人でも、よく狙って撃てば、大将首が狙えるかもしれないんだからな。
戦国末期の東北地方。
鉄砲足軽の吉兵衛というものがいた。中央は信長の後を継いだ秀吉により、着々と統一事業が進んでいたが、東北は未だ群雄割拠。伊達政宗が現れて各地を切り従えるまでは、小競り合いが頻繁に繰り返されていたようだ。
吉兵衛の家は貧しかった。家には年老いた母しかいない。働き手は自分しかいないから、ひもじくても、母のために自分の分を削ることもしていたようだ。
戦で自分が死なないのはもちろんだが、一発、大将首を取って楽をさせてやりたいと思ったらしい。
幸い、といっては何だが、戦は乱戦になった。とはいえ、複数の部隊があるからな。あっちでチャンバラ、こっちでチャンバラ。
お行儀もよくないから、あちらこちらで集団を離れて、ひっそり斬り合ったり、目立たないように休んだりと、指揮が末端まで届かないような状態になったらしい。
まあ、こういうことになるのは、上に立つ奴がヘボいせいなんだがな。
さて、そんなこんなで、集団を離れた吉兵衛さん。鉄砲をかついで、木立の中へと分け入った。奇襲を食らわないように、あたりに気を配りながらな。
弾も火薬も持たせてもらったが、音が大きい以上、一発で仕留めたい。それも、褒美がたんまりもらえそうな、大将首だ。
腹の虫が鳴きだしそうになるのをこらえる。時間は昼下がり。そろそろ、誰でも一息つきたい頃合いだ。そこが、油断のつきどころでもある。
吉兵衛の狙いは間違っていなかった。二十歩ほど先に、人影が見える。
足音を殺して近づくと、ひとめで金がかかっていそうな、鎧直垂が目に入った。もぞもぞと肩が動いているところを見ると、持ち物の確認か、何かをしているらしい。好都合だ。
名のある武士と見受けた吉兵衛は、必殺の距離まで忍び寄る。外せば確実に感づかれる。一発で仕留めなくては。多少の危険は覚悟の上だ。
引き金。轟音。硝煙。
かの鎧武者の体が崩れ落ちる。そのうなじからの出血。命中だ。
吉兵衛は早速、首取りにかかった。敵味方を問わず、音は聞かれただろう。もたもたしていたら、今度は己の身が危ない。
首を手にいれた吉兵衛は、軍監、首の記録係のもとへと急いだ。だが、首は重い。眠った人の頭を持ち上げると、結構な重さになるだろう。腰に吊るしながら走っていたんだが、飯を抜いたせいもあり、足元がふらついてしょうがなかったらしいんだ。
ようやく、木立を抜けた吉兵衛。しかし、次の瞬間には青ざめることになった。
吊るしていたはずの首が無くなっていたんだ。
どこかに落としたかと、振り向いた瞬間、彼は再び驚くことになる。自分が駆けてきた道には、点々と赤い斑点。首から垂れたものだ。
しかし、その斑点をかすめるようにして、もう一つの別の赤い斑点が、元来た道へと伸びている。
吉兵衛は一人。斑点は二つ。これが意味するものは、分かるな。
恐ろしい想像に身を任せ、吉兵衛は元いた場所へと引き返した。
あまりに腹が減りすぎて、目が回り始めるが、どうにか耐える。せめて夢であって欲しかったが、やはり血の斑点は途切れない。
ついに、元いた場所にたどり着いた吉兵衛だが、先客がいた。
顔なじみの足軽。先ほどの銃声を聞いて、駆けつけたらしい。見苦しく地べたに尻もちをつき、唇を青くして、震えていたんだと。
吉兵衛が問いただすと、その足軽は
「首が……首が……」
うわごとのようにつぶやきながら、彼方の茂みを指さした。
同時に、人のものではない、耳をつんざくような悲鳴があがる。
とうとう空腹が幻聴を呼び込んだかと、吉兵衛もへたれこみそうだったが、どうにか踏ん張り、恐る恐る茂みへと近づいていく。
途中、首なしの死体を横目に見る形になった。あの時は、首取りに夢中で気づかなかったが、死体からやや離れたところに、たくあんを乗せた笹包みが落ちている。
どうやら仏は、昼飯の最中だったらしい。
吉兵衛はそうっと茂みの奥をのぞく。
そこには、握り飯を半分くわえたまま、倒れている野良犬。
そして、残りの半分に、血眼になって食いついている、武者の首があったんだってよ。




