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04:魔女見習い、試してみる

 麗らかな春の日差しの中、寝起きが割と早かったメアリは、早速殿下の元へと訪れていた。昨夜はたらふくお肉を食べさせてもらい、今日は足取りも軽い。鼻歌でも歌いたい気分でアベルの目の前に立つ。

 寝癖を直そうともしない不機嫌そうな彼を前に、メアリは朝の挨拶と、一応敬礼もする。


「おはようございます。今日も良い天気ですね」

「おい」

「はい? なんでしょう?」

「お前は今、どこにいる」

「えっ、何を仰ってるんですか。殿下のお部屋に決まってるじゃないですか」


 屈託のない顔でメアリが言うと、アベルは額に手をつき大きなため息をついた。


「違うだろ! 厳密に言えば、俺の部屋の前――つーか、窓の外じゃないか」

「そんな細かいことどうでもいいじゃないですかー」


 窓の前をぷかぷかと浮きながらメアリは朗らかに答える。


「この格好で王宮に入ったりしたらすぐさま見咎められますよ? 面倒ごととか嫌いなんで」

「浮いてるほうが遙かに目立つだろうが! それに、城の者には言っておいた。一応、お前のことは侍女として迎え入れると」

「ええー! それこそ嫌ですよ。わたし作法とか知らないのでやってられませんし、侍女がこんな姿許されるわけないじゃないですか! わたしはこれが一番気に入ってるんです。ですので、これからもバレないようにこうやってこっそりと――」

「全然こっそりじゃねー! 見ろよ、お前の足元を! さっきから衛兵たちが騒いでるぞ」


 言われて渋々メアリが下を向くと、確かに幾人かの衛兵が集まって揉めているようだ。 それから数分も経たずに部屋のドアがノックされる。


「殿下、ジェイルにございます。少しよろしいですか」

「……入れ」


 予想できたことだが、それでも何の対策もできないまま、ジェイルを迎え入れた。彼の静かな瞳が恐ろしい。


「殿下、衛兵たちが騒いでおります。初めて見る魔女の存在に、彼らも戸惑っているようです。よくない噂が立つ前に、早急に何とかしてほしいと――」

「分かってる、分かってるんだ。こいつには後でよく言い聞かせておくから」


 頭を抱えながら、とりあえずジェイルを一旦抑える。まず一番しなければならないのは、あくまでも我が道を突き進むメアリの存在だ。昨日の二の足は踏まない。


「メアリ、まず聞きたいんだが、魔女の存在は皆にバレてもいいものなのか?」

「別に隠してるわけではないので大丈夫だと思うんですけど」


 はっきりさせたいのに当のメアリの返事は曖昧だ。


「他の魔女たちも、立派に成人したら近くの村や町で普通に暮らしてるので」

「その時には魔女だって公言してるのか?」

「してる人もいればしていない人もいると思います。特に何も言われてないんです」

「そうか……」


 あまり解決しなかった。


「彼らは皆、メアリ殿が宙に浮かんでいるのを目撃しています。魔女と伝えるしか術はないのでは……?」


 ジェイルの言葉に、アベルは渋々頷いた。


「そうだな。しかし俺の友人ということで、他言無用ということにしておいてほしい」

「分かりました。しかしどこまで歯止めがきくかはわかりません。覚悟はしておいてください」

「……ああ、承知している」


 アベルが重々しいため息をつくのを見届け、ジェイルはそのまま一礼して去って行った。


「なんか、すいません」

「本当にな」

「でも、でも別に魔女だってバレてもわたし達は特に困りませんし、大丈夫ですよ」

「そうだといいんだがな。でもまあこの話はひとまず置いておく。どう転ぶかもわからない未来をどうこう言っても仕方がない」


 アベルはソファにドカッと座り込んでいった。彼に手で座るように指示され、メアリも目の前の椅子に腰を下ろした。


「それで、なに良い策は見つかったのか?」

「……策?」


さっぱりなんのことだかわからないという表情に、アベルは大声を張り上げた。


「だから、俺の結婚を解消する方法だろ! そのために俺は見逃してやったんだからな」

「ああそっか、そうでしたね。でもわたしもあれから結構考えてたんですよ?」


 大量に食べさせてくれた肉の恩に応えるため、メアリはメアリながらに策を講じていた。自分の過去の修業、経験を思い出したり応用したりしていたのだ。


「殿下、今何か硬貨持ってませんか?」


 メアリは自慢げそう表情をしながらアベルに尋ねた。彼のきょとんとした表情が、次第に疑り深いそれへと変わっていった。


「お前……俺に向かって無心するつもりなのか?」

「なっ――! んなわけないでしょうが! ちょっと試しに実験してみるだけですよ」

「実験……? 硬貨でか?」

「はい。ちゃんと昔からある催眠――ごほんごほん。うん、ちゃんとした魔術ですよ?」


 なおも怪しんだ表情は変わらない。が、追求は諦めたようで、アベルはポケットをまさぐり始めた。


「硬貨なあ……。今はこれしか持ってないが」


 そう言ってアベルはポケットから一枚の金貨を出し、こちらに投げて寄越した。


「金貨、ですか……。目がチカチカして、あまり効かないような気がするのですが……」

「なんの話だ?」

「いえ、こちらの話です。できれば銅貨とかがいいんですけど……」

「銅貨? 注文の多いやつだな。そんなもの持ってるわけないだろ」

「ですよねー。殿下が持ってるお金といえば、金貨ぐらいしかないですよね」

「……腹の立つ物言いだな」


 茶化したような言い方にアベルはムッとしたが、言い返すのが馬鹿らしくなったので無視を決めた。いつも能天気で飄々としているメアリが、珍しく気合いの入った様子なので、少し期待もしていた。


「じゃあ仕方ないですね。ここはわたしのポケットマネーでいくことにします」


 そう言って、ポケットから銅貨を取り出すメアリ。にんまりと言ってのける彼女に、アベルはため息をついた。


「お前……持ってたんなら最初からそれ使えばいいだろ」

「嫌ですよ! これはわたしの大切なお小遣いなんですよ? 使い物にならなかったらどうしてくれるんですか」

「使いものって……」


 大袈裟な物言いに呆れたように呟いたが、その後のメアリの行動でその真意に気づいた。

 メアリはなんと、キリで銅貨に穴をあけようとしていたのである。


「おい……」


 突っ込みどころ満載な彼女に声をかけようとしたが、生憎熱中しているようである。娘の成長を見守るような、もしくは失敗して学んでいくのを見届けるような生暖かい眼差しで彼女を見守り続けた。見守ること十分後。


「殿下~。穴が開かないです」

 メアリは根を上げた。


「当たり前だ。そんな細っこいキリで穴をあけられるものか。それに、よくもまあ王族の目の前でそんなことができるものだ。通貨偽造で捕まえるぞ」

「え、ええ? 穴を開けようとしただけじゃないですか」

「それを偽造というんだ。全く、常識というものを知れ」

「でも殿下、これじゃあ実験できませんよ」


 ひっかき傷しかつけられなかった銅貨をメアリは手の上で転がした。そのまま疑問が口から飛び出す。


「師匠、どうやって穴を開けたんだろ? 魔術? もしかしてもともと開いてたとか?」

「この国の硬貨に穴が開いてるものなんてないぞ」

「え~。じゃあやっぱり魔術ですかね」


 不満そうな顔を出し惜しみせずに銅貨を睨んだ。どうやって紐と銅貨をくっつけるのか。穴に括り付けるのでないのなら、接着したということになる。


「じゃあ溶かしてみますか」


 メアリは何やらごにょごにょ呟いた。すると、その手のひらから突如として炎が出現し、彼女はそれに硬貨をかざした。


「は、はあ!?」


 あまりにも非現実的な光景に、アベルはしばし唖然とした。そういえばこいつ、魔女だったな……と薄ら頭の奥で思い出した。あまりにもメアリがボケっとしているので、しばしば彼女が妖術が使えることを忘れてしまう。


 メアリは溶けかけている銅貨の中央に紐を垂らし、二つをくっつける。そして軽く水も呼び出し、瞬時に冷やした。

 紐と銅貨が接着したのを確認し、メアリは笑みを浮かべた。


「できた。できましたよ殿下!」

「あ、ああ」


 小さな銅貨に紐を接着する、その些細でくだらない行為に大層な妖術を使うことが、アベルには理解できなかった。もっと人の役に立つことに使えないのか。


「よし、じゃあ殿下、この銅貨の動きを目で追ってくださいね」


 メアリはアベルの目の前に出来上がった代物をつき出した。彼の目が、胡散臭いものを見るような目つきなのは、気にしないことにする。


「お前、何をするつもりなんだ?」

「いいからいいから、とにかく目で追ってくださいよ」


 同時にメアリはゆらりゆらりと手を動かし始める。


「あなたはだんだん王女様と結婚したくなーる。あなたはだんだん王女様と結婚したくなーる」


 声に合わせて銅貨を揺らした。それに合わせて、大人しくアベルも目を動かす。――その間抜けな姿に、心中で吹き出したのは、言わないほうが良さそうだ。


「あなたはだんだん王女様と結婚したくなーる。あなたはだんだん王女様と結婚したくなーる」

「…………」

「あなたは――」

「いい加減にしろっ!」


 突然アベルはメアリお手製催眠道具をはたき落とした。


「わっ、わたしの今月のお小遣いがっ!」


 それは丁度、開かれていた窓から目の前の大木の枝に引っかかった。今月のお小遣いが目の前で揺れる。


「ひ、ひどいじゃないですかー。せっかくの手作りなのに……」

「こんな子供だましが俺に通用するとでも!?」


 目の前の銅貨を取ろうと必死になっているその後ろ姿にアベルは叫んだ。しかしそれでも怒りが収まり切らずに続ける。


「それに、俺が頼んだのは結婚の破棄であって、俺の意思自体を変えることではない!」

「でもアベル様の意思が変われば、全て丸く収まりますよね?」

「――そうだが……! いや、というかそもそもそんな術に俺がかかるわけないだろう!」

「えー、そうですかね? わたしが師匠にやられた時は術にかかっちゃいましたよ?」


 師匠は何も知らないメアリに真面目腐った顔で催眠をかけ、あろうことか彼女の少ない小遣いを強奪したのである。非情にもほどがある。


「だから……そういう子供だましな奴じゃなくて、魔女にしか使えない妖術でちょちょいと――」

「だから言ったじゃないですか、わたしはただの魔女見習いだって。そんな大層なものは使えませんよ」


 ここへ来た時の自信ありげな様子はどこへやら、すっかり飄々とこんなことを言ってのけるメアリにアベルは脱力した。


「そんなことよりどうするんですか。私の今月の小遣い」

「小遣いって……今月分はあれだけなのか?」

「そうですよ! 何買おうかなーって楽しみにしてたのに!」

「そ、そうか……銅貨一枚」


 アベルは思わぬところで庶民の財布事情を知ることとなり、純粋に驚いた。銅貨一枚といえば、リンゴ三つ分ではないか。それだけの金で何を買おうというのか。――肉か。肉なのか。どうせこいつは肉だ。アベルはそう確信した。


「もう、ちょい……」

 一方のメアリは窓から身を乗り出すようにして銅貨に手を伸ばしていた。木と窓はそんなに距離は離れていないのだが、小柄なメアリにとっては精一杯伸ばしてやっと届く距離のようだ。小遣い――否、肉のことしか頭にないメアリは、自分の体のことより目の前の銅貨を優先する。結果、銅貨には手が届いたものの、そのまま重力に従って体が下へ傾いた。


「わ、わわっ!」

「――っ、危ないだろ!」

「ぐえっ!」


 アベルは急いでメアリのフードを掴み、引っ張り上げた。本当にいろんなところで役に立つフードである。首が閉まっているであろうメアリは咳き込んだ。


「こういう時こそお前の妖術使えよ! くだらないことに使いやがって」

「く、くだらない……」


 自分にしてはナイスな思い付きだっただけに、その言葉に地味に傷ついた。

 というか、殿下のために実験しようと思ったのに……。


 メアリはしばらく落ち込み、そしてハッと気づく。自分の大切なお小遣いの存在に。アベルがメアリを引き上げるとともに、銅貨をも救出することに成功していたので、傷がついていないか確かめる。


「というか、この銅貨、もう使えませんかね?」

 見ると、メアリの持っている銅貨には紐がこびりついており、取れそうにもない。それどころか、もし取れたとしても銅貨に刻まれている紋様がすでにぐちゃぐちゃになっている。使用した瞬間に捕まりそうな代物である。


「はあ……またお前の罪が増えたな」

「ええ!? そんな、そりゃないですよ! 殿下のためにやったことなのに」

「もっと他の方法があっただろ。そもそも何で硬貨じゃないと駄目なんだ。他の丸っこいものじゃ駄目なのか?」

「さあ……どうなんでしょう。師匠は硬貨を使っていたのでそれを真似しただけなんです……。殿下のためにやったことなのに。なのにそんなわたしの善意が罪になるなんて!」


 メアリは突然顔を上げてキッとアベルを睨んだ。


「殿下っ、ほら受け取ってください!」

 メアリが銅貨を投げた。条件反射でアベルはそれをキャッチする。


「おい、どういうことだ」

「あはは、殿下に差し上げます~。これでわたしの罪はチャラ! 硬貨偽造の確たる証拠品を持ってる殿下の方が今は犯罪人ですよ!」


 満面の笑みで言ってのけ、メアリはくるりと背を向ける。


「では、これでお暇させていただきます!」

 これ以上厄介な罪を背負うわけにいかない。

 メアリは立てかけてあった箒を手に持ち、かっこよく窓から飛び降りた。


「おい、危ないぞ!」

「わたしが誰か忘れたんですか? わたしは見習い魔女ですよ~」


 急いで窓の下を覗き込んだアベルを通り越し、その頭上でメアリは優雅にぷかぷか浮いた。


「とりあえずわたしはこれにてっ!」

 高笑いをしながらメアリは去って行った。その下では先ほどの衛兵たちが再び騒ぎ出している。


 出ていく時ですら静かに出ていけないのか。


 当の本人がああも騒がしければ魔女だと隠し通せるのも時間の問題かもしれない。アベルはため息をついた。

 そしてふと、手のひらの銅貨に目が行き、再びため息。


 王族に罪を擦り付けるより、証拠品を隠滅するほうが確実だろ……。

 メアリの行く先がつくづく心配になるアベルだった。

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