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03:魔女見習い、休戦する

 ソファに若い男女が座り、向かい側に壮年の男性。男女は緊張したように座しており、男性は小難しい顔をしている。何だか自分が、父親に交際している女性を紹介している図のように思えて、アベルは思わず身震いした。


「違うっ、本当にこいつとは何でもなくて!」


 張りつめていた空気の中、突然アベルが叫び出したので隣のメアリは驚いた。対する男性――近衛隊長のジェイルは心得たように咳払いする。


「わかっております。しかし、しかしですね、殿下。生誕祭の最中に招待客を放っておいて、そのようなお戯れはいかがなものかと……」

「いや、全然わかってない! というか違う、違うから!」

「違いません! わたしこの人に無理やり押し倒されて!」

「お前は黙ってろ! ややこしくなるだろ。……っ、ちょっとこっちにこい」


 メアリが余計なところで口を挟むので、おちおち誤解を解くこともできない。決心してアベルは彼女の腕を掴んで部屋の隅に連れてきた。ジェイルに愛想笑いをした後、しゃがみ込んで小さな声で話し出す。


「おい、ここは一旦休戦するぞ。ジェイルをやり過ごすんだ」

「えー、何のために?」

「俺とお前のためだ! いいか、よく聞けよ。お前は今不法侵入と盗みの件で犯罪者なんだぞ。それがジェイルにバレた途端、お前は捕まる」

「そ、それは……確かに嫌ですけど」

「だろ? 対する俺はお前に結婚の解消を頼みたいから、今お前が捕まると困る。利害が一致してるだろ?」

「ま、まあ……」


 この王子の言うがままに行動するのは癪だが、確かにそれしか道がないように思われる。


「わかりましたよ。一旦あなたと手を組みます」

「よし、じゃあお前は俺の話に合わせてくれ。くれぐれも変なこと口走るんじゃないぞ」

「あなたこそ」


 アベルの余計な一言で二人の間に火花が散った。しかしいつまでもこうしていられないと、同時に二人は立ち上がった。馬が合うのかそうでないのかよく分からない二人である。


「殿下、お話はお済ですか」

「あ、ああ。待たせたな」

「陛下がお待ちです。できればそろそろ広間の方に戻ってほしいのですが」

「ああ、そうだな。しかしその前にお前の誤解を解かなければ」

「はあ」


 アベルは一つ咳払いをすると、重々しく口火を切った。


「こいつ……いや、この人はメアリだ」

「あ、はい。メアリです」

「――近衛隊長のジェイルです」


 お互い会釈をする。


 なんだこの状況。


「えーっと、俺たちは、な。恋仲みたいな関係ではなく、ただの……そう、ただの友達だ」


 アベルは信憑性を持たせるためにメアリの肩に自分の腕を回した。メアリも愛想笑いを浮かべながら肩を組む。


「テラスの隅にいたメアリに声をかけたら……意外に馬が合って。しばらくしたらメアリが俺の部屋を見てみたいって駄々こねるんでな。連れてくることにしたんだ」

「は、あはは……。そうなんです~。どんだけお坊ちゃんな生活してるのかなって、庶民からしてみたらすごーく疑問に思いましてね~」


 アベルの物言いにムカッとしたメアリは、回していた手で彼を軽くつねる。するとアベルも応戦して腕の力を強めた。


「お二人のご関係は理解しました。友人関係にあるということでよろしいんですね?」

「ああそうだ、友人だ」

「そういうことなら、先ほどの衛兵たちにも誤解であると伝えておきましょう。しかし殿下、いくら友人であるにしても、妙齢の女性と密室に二人きりになるのはいただけません。今後、このようなことにならないようお願いいたします」

「あ、ああ、もちろんだ」

「では、とりあえず今は早く広間の方に戻ってください。陛下がお待ちです」


 ジェイルが意外にも冷静に流してくれるので、二人ともどもホッと息をついた。どちらからともなく、組んでいた肩をばっと外す。


「ちょっと彼女に話しがあるんだ。ジェイルは先に行っててくれ」

「分かりました。遅くならないようお願いします」


 ジェイルが廊下の角を曲がり、姿が見えなくなると、二人は思わずその場で脱力する。


「何とかごまかせたみたいで良かったですね~」

「ああ、何とかな。ジェイルが淡泊な性格でよかったよ」

「これからどうするんですか」

「俺は広間に戻る。そういえば招待客に挨拶もまだだったからな」

「そうですか。じゃあわたしは家に戻りましょうかね。今日は疲れたし」


 そう言って自然に足をアベルとは反対側に向けようとしたところで、彼にフードを掴まれた。


「おい犯罪者」

「ですよねー」


 そうそう見逃してはくれないらしい。

 メアリは腹をくくってアベルに向き直った。


「分かりました! あなたの頼み事とやらを聞きましょう! そうすれば見逃してくれるんですよね?」

「まあな」

「盗みと不法侵入、どちらとも?」

「ああ」

「今後またお肉を盗みに入っても?」

「……それも契約内容に入れろと?」

「もちろんです。そうでないとあなたの頼み事やらは聞きませんよ?」

「……分かった。これからも肉食べに来ていいから」

「よっし!!」


 メアリは確約された内容に喜びの声を上げた。アベルはそんな彼女を冷めた目で見つめる。


「そんなに肉が好きなのか。昔話でもよくあるように、魔女は草食だと思っていたのだがな」

「確かにみんな草食ですよ、わたしが異端なだけで」

「自覚してんのか」

「だから師匠や他のみんなにもバレないようにこんなところまで 来てるんじゃないですか。よっぽどのことじゃない限り、誰だって王宮になんて忍び込みたくないですよ」

「お前にとっては肉がよっぽどのことなんだな」


 アベルは頭を抱えたくなったが、ジェイルとの会話を思い出し、すぐに切り替える様に頭を振った。


「とりあえずこれから毎朝、俺の部屋に集合な」

「えっ?」

「作戦会議だ。間違ってもそのまま姿を消そうとするなよ? そんなことしたら国中にお前の人相書きをばら撒いて探し出してやるからな」

「はいはい、大丈夫ですって。わたしは約束を違えたりしませんから」

「ならいいんだ。じゃあそういうことで。お前はこのまま家に帰れ。くれぐれも衛兵に見とがめられるなよ。って、そういえば門のところにも衛兵がいるな……。ったくめんどくせえ。俺が門のところまで送ってやるからそこからは大人しく一人で帰れよ」


 歩きながらどんどん先のことを決めていくアベルだが、ふとうるさい娘が隣にいないことに気づいた。


「おい――」

「待ってください」


 振り返ろうとしたアベルと同時に、メアリも声を上げてアベルの裾を掴んた。


「おい、さっさと歩けよ。急いで広間にいかないといけないんだ」

「――わたし、まだです」

「はあ?」


 アベルはその意味不明な言葉に眉を寄せながら振り返った。すぐにメアリと目が合ったが、その熱くも切なげな眼差しに、不覚にもどきっとした。そんなアベルを差し置いて、メアリは一言。


「わたし、まだお肉食べてません!」

「……お前の頭は肉だけか」


 静かな廊下に、脱力したアベルの言葉と鉄槌が下った。

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