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20:魔女見習い、尾行する

 カフェを出たエリス達は、うろうろしながら街をぶらついた。普通にデートでもするのか、と思いきや、彼らは服飾店を探していただけのようだ。アイスで汚れたエリスのドレスを着替えようとしてのことだろう。


 先ほどのカフェのように、この店はほとんど仕切りもないので一緒に中へ入ることはできない。よって、不審者のごとくガラスに張り付いて中の様子を窺うしかなった。


「おい……ここまでして見守る意味あるのか?」

 先ほどから通行人の視線が痛い。羞恥心から、いっそのことメアリを放っておいてさっさとどこかへ行ってしまいたいが、この今では完全なる覗き魔と化したメアリ一人置いていくのも不安だ。

 結局、ため息をつきながらもガラスに張り付くこととなるのである。


「二人とも、傍目から見たらただのカップルですね。しかも美男美女の」

「へー」

「エリス様……良かったですね! 初デートなんじゃないですか!?」

「ほー」

「あーウィリスさんがエリス様の服を選ぶみたいですよ。カップルっぽい」

「ふーん」

「エリス様、ドレス姿も素敵でしたけど、やっぱり普通の服も似合うんでしょうね」

「はあ」

「殿下はどんなのが好みなんですか?」

「……は?」

「殿下の好みですよ」

「好み?」

「服ですよ、服」

「な、何でそんなこと突然」

「えー、何となくです」


 幸せそうなカップルを見ていると、何だか自分が枯れた生活を送っているような気がして寂しくなってくる。故の問いだった。リア充っぽい台詞を、一応若い隣の男子に投げかけてみたのである。


「だってほら、ウィリスさんの選んだ服はバッチリですよ。エリス様によく映えてます」

 小さい頃から傍にいるので、自然と相手の好みや何が似合うかなども分かっているのだろう。それにあの紳士な彼のことだ、まだ付き合いの日が浅いメアリ相手でも、似合うかは置いておいて無難な服を選んでくれそうだ。しかしこの隣の男子はどうだろう。気になった。


「同じ男として、ウィリスさんはバッチリな選出をしましたけど、殿下の好みはどうなのかなーとちょっと思っただけです」


 何だかメアリの物言いにとげを感じるのは気のせいだろうか。

 アベルは少々ムッとする。

「――見くびるなよ」

 そして一言告げると、ずんずん店内に進んだ。


「ちょ、エリス様達に見つかりますから! せめて違う店にしません?」

「俺はこの店がいい。この店で見つけてやる」


 正直なところ、アベルは女性の好みなど分からない。だからエリス達が選んだこの店の方が間違いが少ないと思ってのことだった。皮肉気にああ言われてしまえば、誰だって応戦したくなるし、ぎゃふんと言わせてみたくもなる。


 やる気に満ちてアベルは店内を探した。幸い、エリス達は奥の試着室の方へ行っているので、まだ気づかれてはいないようだ。


「ほら、これなんかどうだ」

 アベルは目に着いた服を手に取る。遠くから見た時も気にはなっていたが、近くで見ても可愛らしいような気がする。そう思ってメアリの反応を窺った。


「いや……確かに可愛いんですけど」

 反応は上々かと思わせておいて。

「え、殿下、そういうのが好みなんですか?」

 落とす。


「い、いや! そんなわけないだろ! 一般的に見てだな、こういうのが女の好みなんじゃないかと思っただけだ!」

 アベルは怒った様に服をメアリにつき出した。思わずそれを受け取る。


「ま、まあ……一般的に見れば、可愛いんですけどね。ヒラヒラしすぎて、ちょっと少女趣味な気が……」

「別にピンクとかじゃないぞ。綺麗な水色じゃないか」

「うーん……そうなんですけどね……」


 煮え切らないメアリに、更に闘志を燃やしたのか、アベルは店の奥へと突き進んでいった。


「あ……っと、そっちは!」

 エリス達がいたはずだ。慌ててアベルの手を掴み、その歩みを止めた。と同時に素早く周囲に目をやったが、どこにいるのか彼らはいない。思わず安堵の吐息を漏らすメアリ。しかしすぐにその肩を叩く者がいた。


「メアリじゃない。どうしたの?」

「あ……あわわ、エリス様……!」

「奇遇ですね」

「いえ、あの……」


 きょとんとした表情で、後ろにエリスとウィリスが立っていた。


「何この服? メアリの趣味?」

 慌てた様子のメアリを気にする風でもなく、エリスはメアリが持っていた先ほどの服を触った。


「わ、わたしじゃないですよ! 殿下の趣味です!!」

「――はあっ!? 別に俺の趣味とかじゃなくて一般的な男の好みとしてだなあ……!」

「いいんじゃない?」

「え、エリス様?」


 唐突な好意的な感想に、メアリは固まる。


「ちょっとヒラヒラし過ぎな気がするけど、いいんじゃない?」

「え……」

「だよな、だよな!? ほら、俺はやっぱり女の好みもちゃんと知り尽くしてるんだ」


 自慢げにアベルが腕を組む。それに渋々メアリも口を開いた。


「まあ、可愛くないわけじゃないですけど」

 傍目に見れば、確かに可愛い。至る所にレースがふんだんに使われ、透けるような空の色も可愛らしい。確かに、女心はくすぐられる。ただし自分が着るとなると話は別、ということだ。といっても、この場合は別にメアリ自身が着るわけでもなし、このまま同意しても――。


「メアリ、着てみたらどう?」

「は……はあっ!?」

 メアリは驚愕する。


「せっかくアベルが選んでくれたんだし、着てみたらいいじゃない。きっと似合うわよ」

「いや……いやいやいや! 絶対似合いませんし、そもそもわたしの趣味じゃないです!」

「そうですよ、せっかくですからメアリさん、着てみたらどうですか」

「ええー、ウィリスさんまで!」

「ほらほら、さっさと試着するわよ」


 戸惑うメアリの背を押し、エリスはどんどん奥へと進んだ。アベルとウィリスは、さすがに男二人で店内をうろうろするのは恥ずかしいのか、外へ出る。


「じゃ、着替えたら呼んでね」

 一言告げると、エリスはシャーっとカーテンを閉めた。一人取り残されたメアリはもちろん途方に暮れる。手にヒラヒラの服を持って。


「早くしてね」

 メアリの思いを呼んでいるかのように、外の彼女は声をかける。しばらくヒラヒラと睨み合ったが、そんなことをしても無駄だということはとっくに知っている。どうせエリスを言い負かすことはできないのだから。


 仕方なしにメアリはローブを脱ぎ、服も脱ぐ。ヒラヒラの服に手を通そうとしたが、何とも繊細な飾りが壊れそうで、ものすごく気を使う。やっと首まで通し、身なりを整える。ついで設置されている鏡に自分の姿を映してみるが、どうもこっぱずかしくて、満足に見れない。


「はあ……」

 思わず息が漏れる。そんな些細な音が聞こえたわけでもないだろうが、外のエリスが声をかけ、カーテンを開けた。全身を見られているだろうその時間が妙に恥ずかしく、メアリはせめてもの抵抗で顔を俯けた。


「あ……あの……」

「うん、いいんじゃない?」

「――え?」

「似合ってるわよ、メアリ」


 こ、こんなヒラヒラが?と問いたい。しかし恥ずかしい。


「いつも真っ黒な恰好か仕着せしか着ていないから想像できなかったんだけど、やっぱり女の子らしい服も似合うじゃない」


 エリスの言葉は真っ直ぐだ。女性を口説く軟派な男のように。だからこそ余計恥ずかしい。

 やっぱりってなんだ、やっぱりって……!

 無意識であろう言葉の端々がものすごく恥ずかしかった。


「こ、こんなヒラヒラした格好、今までしたことなかったんで恥ずかしいんです」

「そうなの? 似合うんだから恥ずかしいことなんてないわ。むしろ慣れるためにはもっと回数をこなさなくちゃ」

「え……」

「まずは慣れるための第一歩、アベルたちにも見せに行きましょうか」

「へっ!?」


 メアリの瞳は驚愕に見開かれる。


「な、なな何でですか。もう着たんだから気は済んだでしょう!」

「何言ってるの、アベルたちに見せてこそ、ようやく私の気は済むのよ」


 エリスは言いながら片手を上げ、店員を呼んだ。


「そのまま着て行ってもいいかしら」

「ええ、もちろんでございます」

「ちょ、エリス様。わたし、お金持ってないんですけど……!」

「あら、ここは私が払うから大丈夫よ。後でアベルに請求するけどね。こういう場は男に花を持たせなくっちゃ。それも女の嗜みよ?」

「いやいやいや、意味分かんないんですけど。何で殿下が払うことになってるんですか。殿下に払わせるくらいなら自分で買いますし。……いやいや、そもそも買いませんし」

「すいませーん、お会計お願いしまーす」

「話聞いてますかね!?」


 メアリは思わず腕を掴んだ。まるっきり話を聞いてくれない相手には、呑気に流されるままではいけない。


「いや……本当に着ていくとか無理ですから!」

「どうして?」

「だって……恥ずかしいじゃないですか!」

「似合ってるからいいじゃない」

「似合ってませんから!!」


 思わず大きな声が出る。エリスが驚いているのが目に入る。しかし自分でも感情が制御できない。


「わ、わたし……本当に無理ですから!」

 大きく叫ぶと、メアリはそのまま店を飛び出した。もちろんアベルたちのいない反対側の扉からだ。


「メアリ! ――ああもう、まだお会計してないのに!」

 エリスは言いながら急いで会計を済ませる。ウィリスたちにも探してもらおうと同時に素早く店内を見渡すが、残念なことに彼らはすぐ目につく所にいない。


 メアリを見失ってしまう、とエリスは彼らを探すことを諦め、自身もメアリを追って店を飛び出した。


「メアリ、メアリ待って!」

 必死に走るが、メアリの小柄な黒い後ろ姿はどんどん遠くなっていく。次第に行きも切れてくる。


「メ……メア……メアリ……!」

 先ほどのメアリの様子がおかしかったのは何となくわかっていた。強要し過ぎたのかもしれない、と今になって後悔の念が押し寄せてくる。


「メ……メア……ごほっごほっ」

 息が苦しくなってきて咳が出る。そのことに気を取られ、足が縺れた。固そうな石畳に、鈍い音を立てて衝突する。


「…………」

 それきり動かなくなる。そんな彼女の元に、影が差した。


「エリス様……足遅いんですね」

 顔を上げると、呆れたような表情のメアリが立っている。哀れなものを見る目だった。


「いや、あの……運動苦手なら無理しないでくださいよ」

 自分の遥か後方で、苦しそうに自分の名を呼び、そうして躓き倒れ、挙句の果てには今にも死にそうな呼吸を繰り返すので、あまりに気の毒になって戻ってきたのである。


 エリスを支えながら立たせた。背中を叩き、砂を落とす。


「あの、メアリ。さっきは――」

「すみませんでした、エリス様」

「――え?」

「大きな声を……出してしまって」

「あ、ううん。いいの、私こそ、無理に強要してしまってごめんなさいね」


 メアリがにこやかに笑うので、エリスもおずおずと笑顔を見せる。しかしその笑顔が線を引いているようで、もう一歩を踏み出させないような距離感を感じた。


「あ……わたしのローブ、持ってきてくれたんですね」

 メアリはエリスの手から自然にローブを受け取ると、これまた自然な動作でそれを身に纏った。


「って、それ着ちゃ台無しじゃない! せっかく可愛い服を着てるのに!」

 先ほどの後悔も忘れ、思わずエリスは力説した。しかしメアリは気を悪くした様子もなく、腰に手を当てる。


「これが落ち着くからいいんです。ほら、この恰好なら殿下の前に出てもいいですよ?」

 そういうメアリは、ちゃっかりいつもの様にフードまで被っている。


「それじゃ意味ないでしょう……」

 エリスの力無き呟きが響いた。


「もう仕方ないわね。帰りましょう」

「でもわたし、帰り道分かりませんよ? エリス様ご存知ですか?」


 歩き出そうとするエリスに、メアリは問いかけた。ギギギ、とゆっくり彼女は振り向いた。


「そういえば、私も知らないわ」

「ですよねー」

「適当に目についた店に入ったから、あの服飾店の名前も分からないし」

「……来た道を戻りますか?」

「そうするしかなさそうね」


 二人してため息を尽きながら、元いた店へと歩き出した。

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