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18:魔女見習い、お見舞いされる

 晩餐会にて倒れて数日、メアリはしばらく城で厄介になっていた。さすがに始めはメアリも家に戻ろうとしたのだが、エリスをはじめとする心配性組――ジェイルとウィリスに説得され、完全に体力が回復するまで城で養生していた。問題は、共に暮らしている師匠の方だったが、とりあえず風邪なので家には帰れないという簡単な文を風の魔術で送ってみた。返事は来なかったが、彼女の偏屈ぶりは今に始まったことではないので、心配することもないだろう。


 メアリは現在に至るまであまり風邪をひいたことがなかったので、心配性組の過剰な世話焼きぶりにやきもきしていた。


 ウィリスは体力のつくものを食べた方がいい、とどこから聞きつけたのかメアリの好物の肉――食べやすいように骨付きだ――をよく持ってきていた。もちろん、そんな重いものは食べられないと涙を呑んで丁重にお断りした。


 エリスはというと、何かにつけて世話をしたいのか、何度も何度も、汗をかいただろうから服を替えようと提案してくるので、一日一回でいいとやんわりお断りした。


 ジェイルの方は、遠くに嫁ぎに行った妹のことを思い出すと、終始優しい表情、しかし無言でメアリの寝顔を見つめてくるので、気になって眠れない、また後で思い出話に付き合うからと自重していただいた。


「ふぁ……やっと一人になれた」

 心配性組の気持ちは大変ありがたいが、その相手をするとこちらも体力を搾り取られるような気がするので、丁重にお帰り頂いた。ようやくこのふかふかのベッドで寝れる――と倒れこむと、コンコンと控えめなノックの音が響いた。


「はい」

 狸寝入りをするわけにもいかないので、しぶしぶメアリは返事をした。そっと開かれた扉からおずおずと顔を出したのはアベルだった。


「殿下……?」

 黙ったままベッドに近づいてくると、傍に置かれた椅子に腰かける。


「……この間は悪かった」

 珍しく殊勝なアベルに、メアリはきょとんとなる。この間と言われても、メアリがアベルに迷惑をこうむったのは数知れないので、どれを言われているのかさっぱりだ。


「ほら……酒場でのことだよ!」

「何ですか今更」

「いや……あれからエリスに散々怒られた。あの時の俺の醜態ともども」

「はあ……」


 とっくの昔にメアリの中では清算されていたので、本当に今更感がある。


「悪かったな。あの時……お前に変な疑いとかかけて」

「変な疑いって……ああ」


 緊縛趣味、ですか。

 思い出してメアリも一気にげんなりとした表情になる。


「本当、あれはもう勘弁してほしいですね。仮にもこっちはうら若き乙女なんで」

「お……」


 乙女って柄かよ、とまたアベルは茶々を入れそうになったが、すんでのところでそれを引っ込める。先日からの一連出来事は、完全にアベルの失態だ。ここは殊勝にいかなければ。


「それに……あの酒場でお前、ローブが破れただろ」

「あ……」

 思い出すのも腹立たしい。あの髭面馬鹿力。


「お前……結構ローブ大事にしてたことを思い出して、な」

「はあ……そりゃあ大切ですよ」

「だから……ほら、これ」


 静かにアベルは手をつき出した。その手には、メアリ愛用のローブが握られていた。


「あ……それ……」

「エリスに教わって……その、直してみた」


 ずいっと差し出されたので、メアリは恐る恐るそれを受け取った。破れた箇所を見てみると、不格好ながら、確かにぶらついていたフードが繋ぎ合わされていた。何だかその縫い目が、アベルの性格を現しているようで、思わずメアリはくすっと笑った。


「……笑うなよ」

「すいません。つい。――あれ、何だか良い匂いがしますね」


 ローブを鼻に近づけると、何だか甘い香りがする。石鹸の香りと言うか、太陽の匂いと言うか。

 不思議に思ってメアリが見上げると、アベルはそっぽを向きながら黙っている。


「…………」

「…………」


 沈黙が続く。

 それに耐えきれなくなったのは、やはりアベルだった。


「……酒場に長くいたせいで、やたら酒や煙草臭かったら洗ったんだ」

「も、もしかして」

 アベルの態度に合点がいった。


「殿下が、洗濯までしてくれたんですか?」

「……まあ」

「…………」


 意外過ぎて言葉にできない。

 唯一言葉にできるとすれば。


「に……似合わない……」

「言うな!!」

 アベルが真っ赤になって叫んだ。


「俺だって恥ずかしいんだ! 何で男の俺が裁縫やら洗濯なんて!! でも、でもお前がやたらそれを大切にしていたし! エリスが土下座土下座とうるさいし! 償いがこれくらいしかできないだろ!!」

「つ、償いって……。別にそんなに気にしなくてもいいんですよ?」


 目に見えてアベルに恥ずかしがられると、逆にこちらが申し訳なくなってくる。


「あ、あの……」

 何を言えばいいのか。そっぽを向いてしまったアベルの機嫌を直す言葉。散々考えたが、大した言葉は思い浮かばない。


「ありがとうございます」

 メアリはそっとローブを抱き締める。


「すっごく嬉しいです」

「お、おう……」


 素っ気なくそう返事をしたきり、それ以後アベルから反応は無かった。

 何だか気まずいような、照れるような、そんな気分を抱えながら、メアリは口火を切る。


「わたし、エリス様とウィリスさんの仲を応援しようと思うんです」

「何だ急に」

 やっとアベルがこちらを向いた。その表情はいつも通りだ。


「だって、このままじゃ何だか……やるせないというか、悔しいっていうか……。とにかく、わたしはこのままじゃ嫌です」

「は、はあ……。まあ俺もその意見には賛成だ。彼らがくっつけば、俺は婚約せずに済むからな」


 なぜだかは分からないが、やたらとその瞳が気合に満ちているのを見、アベルは適当に返事を返す。彼女の瞳が、キッとこちらを向く。


「わたし、殿下のためじゃないですから」

 アベルも借金も関係ない。


「殿下のためじゃないですから!!」

「そんなに何度も宣言しなくても……」


 メアリが何を言いたいのか全く分からない。おまけに、言外にお前など知らん!と言われているようで、アベルは少々哀しくなった。

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