13:魔女見習い、やさぐれる
「もういいです、もういいですよ!」
暗い部屋の一角で、メアリはぶつぶつと呟きながら着替えていた。お茶会で暗い色のローブは似合わないということで、わざわざ仕着せに着替えていたというのに、肝心のお茶会はほとんどぐだぐだな状態――しかも最後はメアリが覗き魔だというレッテルを張られたままで幕が閉じてしまった。全てが投げやりな気分のまま、豪快に仕着せを脱ぎ捨てる。しかし、仕着せに罪はないと思い直し、それを優しく畳んだ。
けれどもそんな温かい気分もつかの間、じっとしているとすぐに怒りが沸き起こってくる。なんとなんと、お茶会の後始末まで全てメアリの仕事だったのだ!
別に、後始末を手伝ってくれなかったことについて怒っているのではない。お茶会はメアリ自身が計画したものだし、彼らは王族とその護衛。手を煩わせようなんて思ってはいない。しかし。
「一人で準備して、一人でお茶会やって、そして一人で片づけをする……。こんな虚しいことってないよ!!」
一人でお茶会って何だ、一人で。
本来は二人以上でするものだ。暖かい紅茶を飲んで、甘いお菓子を頬ばる。合間に近況報告や世間話、噂話に興じる。それがお茶会というものだろう。それなのに。
「ぜんっぜんお茶会っぽくなかった……」
一人で皆を仲良くさせようと躍起になって、その後何だか良い雰囲気だから見守ろうと思っていたら覗き魔扱いされるし……。
「その後は一人寂しく片付け、ですよ……。はは、独り身って寂しいですね」
メアリはボーッと虚空を見つめる。その目はもはや何も映してはいなかった。
「お茶会……のおかげなのに」
ぽつりと呟き、ため息をつく。
散々怒った後は虚しさがこみ上げてきて、そして最後は無気力に。
「はあ……」
再びため息をついたところで、遠くからトントンと足音が近づいてくるのが聞こえた。
メアリが今いる部屋は当然借り物で、女性専用の使用人部屋の一つだ。借りていた仕着せを返してもらいに来たのだろうか――とメアリは仕着せを手に取る。しかし自分が未だ下着姿であることに気付き、苦笑しながらローブを探す。
足音が丁度部屋の前で止まったので、メアリは入出を少し待ってもらおうと声を上げた。
「あの、すみません。今ちょっと取り込み中――」
「メアリ、ここか?」
デリカシーの欠片もないその足音の主は、ノックもせずにドアを大きく開けた。
メアリとその主の視線が交わる。
「な、なな、何勝手に入って来てんですか、殿下!!」
「い、いや……ちょっと……」
デリカシーの欠片もない人――アベルは、目に見えて動揺していた。メアリは怒りのあまり大声で言い放つ。
「ノックくらいして下さい! そんなこともできないんですか!?」
「い……いや、お前だってよく俺の部屋にノックしないまま勝手に入ってくるだろ!」
「男性の場合と女性の場合は違うんです、それに! 殿下はまだ被害を受けてないじゃないですか!」
わたしは見られました……もうお嫁にいけない……と、メアリは項垂れる。何を勘違いしたのか、アベルは手を打った。
「それ……俺の下着姿が見たいってことか!」
「誰がそんなこと言いましたか!!」
メアリが鋭く突っ込む。アベルは一瞬たじろいだが、すぐに体勢を整える。
「というか……というかだな」
「何ですか」
「――お前、俺の寝間着姿は見ただろ!」
「そんなの誰得ですか!!」
謝るどころか、難癖をつけてくるアベルの態度に腹が立ち、こっちだって応戦してやろうとメアリは身構える。しかしはたと気づく。――メアリは、未だ下着姿だった。
「――ちょっ! いい加減むこう向いてください!!」
メアリは大きく叫ぶと、咄嗟に手に持っていた仕着せを投げた。それはアベルに到達することもなく、力なく数メートル先にひらひらと舞い落ちた。それを見ながら、アベルは馬鹿にしたように鼻で笑ってから後ろを向いた。――無性に腹が立った。
鼻息を荒くしながら、メアリが無防備なアベルの後ろ姿を睨み付けていたら、予告もなくアベルが振り向いた。呆気にとられていると、彼はあろうことか部屋の中にまで入り込み、そしてドアを閉めた。ご丁寧に鍵まで閉める。
「で……殿下……」
彼の突然の行動に、メアリは恐怖を飛び越してドン引きした。蔑むような視線も送る。
「かっ、勘違いするなよ!? 誰かがこっちに来てるんだ!」
両手を振りながら彼は慌てて弁明した。仕方なしにメアリも耳を澄ませると、確かに遠くから足音が聞こえてきた。地獄耳め。
「殿下、足音とかどうでもいいので、早く出て行ってください」
「静かに。バレるだろ」
「一人で勝手にバレてくださいよ! わたしにまで被害及ばさないでください」
「そんなわけにいかないだろ……。女性の使用人部屋に入ったことが知れたらジェイルに叱られる」
「考えなし過ぎでしょう……」
もう呆れてものも言えない。ジェイルに最近の所業が目に余ると小言を食らったばかりだというのに、またもやこんなことをしでかしたのか。
アベルとジェイルの会話を盗み聞きした時は、アベルのおかしな所業は自分のせいではないかとそれはもう申し訳なく思っていたが、今回のことでそれは無いと断言したい。
きっと、殿下の元来のおっちょこちょいというか、考えなしというか、馬鹿というか――とにかく、そんな感じの性格のせいだ、うん。
メアリは一人で納得すると、そそくさと服を着た。ローブを羽織り、フードまできっちり被ったところで、ようやく一息つく。
やはりいつもの恰好が落ち着く。
その間にも足音は着々と近づいており、ついにメアリ達の部屋にたどり着いた。
「メアリさん? 何か騒がしい声がしたのだけど、どうかしたの?」
「あっ……、いえ、大丈夫です! ちょっと大きい虫が入ってきちゃって――」
あなたのことですよ、殿下。
不穏な気配と声色で察したのかアベルが睨み付けてきた。負けじとメアリも睨み返す。
「まあ、大丈夫? 私も手伝いましょうか?」
「大丈夫です、本当に! もうすぐ叩き潰しますから!」
怖すぎだろ……とアベルが呟いたのが聞こえたが、無視に徹する。
「た、たたきっ……? そ、そう、頑張ってね」
明らかに引いた様子で彼女は去って行った。
アベルは脅威が去ったことにホッとし、息をついた。しかし、すぐ後ろに新たな脅威が近づいていることには気づいていなかった。
「ほーんと、どうやって叩き潰しましょうかね……?」
メアリはにこやかに微笑みながらアベルに近づいた。
「か弱き乙女が着替えてる部屋に侵入、あまつさえ鍵までかけるとは……」
「い、いや、落ち着け。俺がここに来たのには訳があってだな……」
「そういえば、どうしてわたしがここにいるって知ってたんですか?」
まるっきりアベルの声を無視してメアリは尋ねた。しかし無視よりも話題を逸らせたことの方が重要なのか、アベルはどことなく嬉しそうだ。
「手あたり次第に聞いたんだよ。メアリがどこにいるのか」
「……侍女さんたちに、とかですか?」
「ああ。そうしたら女性用使用人棟の角部屋にいるって聞いてな」
得意げにそう語るアベルに、メアリの視線が馬鹿を見るようなそれへと変わるのは仕方のないことだった。
女性専用と聞いて、どうして侵入することを諦めなかったのだろう。そもそも躊躇すらしないってなんですか。得意げなのはどういうことですか。
侍女に手あたり次第にメアリの場所を聞き、そして堂々と女性専用の場所へと入って行ったのなら、その姿を目撃した人も多数いたはずだ。
――ジェイルさんの耳に届くのも時間の問題では、とメアリは束の間のアベルの幸せを憐れんだ。
「って、結局殿下がここへ来た理由って何なんですか?」
くだらないことだったら承知しない。
そんなメアリの心中を察したわけではないだろうが、アベルは勿体ぶった様子で咳ばらいをした。
「俺がここに来た理由、はな……」
「変な溜めはいらないです」
「――お茶会だ!」
「はい?」
珍しく、アベルの目は輝いていた。
「昼のお茶会の仕切り直しをするんだよ」
その目に、彼は嘘を言っているのではない、からかってるのではないという確信が持てた。
「お……お茶会って」
しかしどうも自信が持てず、メアリはおずおずとアベルを見上げた。
「昼はなんかぐだぐだになっただろ? あれから皆で話し合って、またお茶会をしようってことになったんだ」
「みんなって……」
「ジェイルとエリス、それにウィリスさんもだ」
アベルは爽やかに笑う。
こんな殿下、今までに見たことない!
「昼はメアリ一人に任せっきりだったからな」
照れたように頬を掻くアベルが何だか輝いて見える。
「で……殿下……!!」
メアリは感極まって涙ぐむ。一人で寂しく後片付けなんてとやさぐれていたが、その間、彼らはメアリのために新たなお茶会を計画してくれていたという。
これほどの感動があるというのか。
「殿下ぁ~、わたくしメアリ、どこまでもついていきます!」
にやりと微笑むアベルの後ろを、メアリはほいほいとついていった――。




