12:魔女見習い、お茶会をする
暖かな日差しが丁度頭上を越えた頃、メアリ主催のお茶会は開催された。お誕生日席にメアリが座り、右側にアベル、左側にエリスが座った。そしてメアリのお友達はというと。
「これは変わった催しですね」
「メアリさんから誘いを受けた時は驚きました」
驚いた表情のジェイル、爽やかに笑うウィリス。
何とも変わった顔ぶれが集まった。
「メアリ……ちょっと」
エリスににこやかに言われ、アベルには首根っこを掴まれる。ズルズルとお茶会の席に声が届かないところまで連れてこられた。
「どういうことなの? これは」
その表情は相変わらず穏やかだが、言葉に怒りの色が見え隠れしている。しかしメアリはそれを全く意に介さない。単に能天気なのか、はたまた気づいていないだけかは定かではないが。
「わたしのご友人方です。お茶会を開くからぜひいらしてくださいって」
「あなたがウィリスとご友人って初めて聞くのだけれど?」
「あれ~言ってませんでしたっけ? エリス様と殿下が庭園のベンチで座っていた時にちょっとお話ししたんです」
「――そのくらいで友人だと?」
エリスの冷たい目が恐ろしい。彼女は自分に黙ってウィリスを連れてきたことに怒っているのか、それとも知らない間にウィリスとメアリが仲良くなっていることに嫉妬しているのかは分からない。しかし案外どちらも当てはまるのかもしれない。
「俺だってこんなことになるとは聞いていないんだが? ウィリスはともかくどうしてジェイルまでいるんだ」
「だって殿下、ジェイルさんと未だにギスギスしてるそうじゃないですか。お城のメイドさんたちに聞いたんです」
当初、メアリもウィリスだけを招く気でいた。そうして折を見てアベルとメアリでお茶会を抜け出そうと画策もしていた。しかしお茶会の準備のため、キッチンへ出入りしたり小物を借りるためメイドのたまり場へ顔を出したりしているうちに、なぜだか彼女たちの噂話に付き合う羽目になってしまったのだ。何でも、アベルとジェイルが不仲の様だ、と。
「気の利くわたしは、それを聞いたらもう黙っていられなくてですね、お節介を働こうと思ったんです」
「本当にお節介だな」
アベルがグチグチと言う。しかしメアリはもちろん聞こえないふり。
「とにかくみなさん! それぞれのお相手と焦れ焦れ、ギスギスの状態じゃ嫌でしょう? 此度のお茶会でそれを一気に解消しましょう!」
メアリは拳を突き上げる。それとともに、同志の歓声も聞こえるとばかり思っていたが、一向に聞こえない。見ると、やる気なさそうに、どうでも良さそうにそっぽを向いていた。何だか腹が立ってきた。
「わたしが折角お茶会の場を設けたというのに、何ですかそのやる気のなさは!」
「だってねえ」
「何だかなあ」
「何ですか」
煮え切らない二人に、メアリは鋭い眼光を送る。それに観念したわけではないだろうが、アベルが渋々口を開いた。
「なんか、ぐだぐだだし」
「ぐだぐだって……どこがですか」
「ほら、向こうだよ」
アベルはくいっと親指をつき出した。思わずメアリもその方向へと顔を巡らすと――。
「たまにはこういうのもいいですね。気分が朗らかになりますなあ」
「そうですね、お茶会にはもって来いの天候です。ジェイルさん、紅茶を入れましょうか」
「あ、これはどうも。ではお返しに私も」
――二人だけで仲良くお茶会が始まっていた。
「ちょ……! ジェイルさん、ウィリスさん! 何勝手にお茶会始めてるんですか!」
メアリは憤慨してつかつかとテーブルに歩み寄った。その様子に二人はビクッとし、ばつが悪そうに笑った。
「いや……メアリ殿。これは、まあ……何というか」
「あくまでこのお茶会の主催はわたしですよ! それを主催者の音頭もないまま始められちゃったら立場がないじゃないですか!」
「いやあ……すみません、メアリさん。つい紅茶の良い香りに誘われてしまって……」
「いや、ウィリス殿、お菓子もおいしそうですよ。私はあまり甘いものは得意ではないのですが、こう天気が良いと、どんどん食欲がわいてきますねえ」
紅茶だけでなく、彼らはあろうことか菓子にまで手を伸ばそうとしている。このままではらちが明かないと一瞬で見切りをつけ、素早くアベルたちのところへ戻った。
「――皆さん、これでいいんですか?」
名目上は、一応エリスとウィリスを仲良くすることと、アベルとジェイルを仲直りさせることが目的のはずだった。しかし。
「いや、ウィリス殿もなかなかの体をしておられる。加えてその歳で王女様の護衛とは、相当な修練を積んだのでは?」
「いえいえ、まだ未熟者です。王女様が幼い頃から一緒に遊んだりしていたので、その温情というか流れというか、そんな感じで護衛に就かせてもらってるだけです」
何だかジェイルとウィリスの方が仲良くなっているような気がする。そのことに気付いたのか、二人の顔は次第に蒼白になっていく。
「殿下、まだジェイルさんと仲直りしてないんですよね?」
メアリはまず標的をアベルにした。
「このままだとどんどん拗れちゃいますよ。取り返しがつかなくなる可能性だってあるんですから」
押し黙るアベルを放ると、今度はエリスの方を向く。
「エリス様、ここでうじうじしてていいんですか? ウィリスさん、ジェイルさんに盗られそうな勢いですけど」
メアリの言葉に、ふっとエリスはお茶会中の男性二人を見やる。
「いや、面白い方だ。どうです、夜に一杯。良い店を知ってるんです」
「いいですねぇ! 私、お酒結構強いんです」
「ほう、では飲み比べでもしましょうか」
「望むところです」
ハハハと陽気に笑う男たち。置いてけぼりな子供たち。
「このままだと、彼ら、本当に――」
主のことなど放っといて仲良くなっちゃいますよ。
そんな言葉など聞かずとも察したのか、アベルとエリスは黙って早足で彼らの方へ向かった。その足のなんと速いこと。
「世話のかかる人たちですね」
メアリは母親のような気分で二人を見守った。彼らはテーブルにたどり着くと、それぞれの目的の人のところへと歩み寄る。
「ジェイル! 話がある!」
「ウィリス! あの、ちょっと……よろしいかしら」
どちらもしおらしい様子で声をかけた。メアリはてっきり隣同士の席で話をするものだと思っていたが、どうやら違うようだ。アベルはジェイルと連れだってベンチの方へ、エリスはウィリスと一緒に東屋の方へと向かった。
「あ、あれー? おかしいな」
メアリは戸惑いの声を上げる。
「確かに、このお茶会は殿下とジェイルさん、エリス様とウィリスさんが仲良くなるために開いたものですよ?」
実際、そうなるように計らっていた。二人をけしかけもした。
「でもわたしは、みんなでワイワイお茶を飲んだりお菓子を食べたりするうちに自然と仲良くなればいいなあって思っていたのであって」
次第にメアリはわなわなと震えだした。
「決してこんな風に別行動したかったわけじゃありませんよー!?」
メアリの怒りの一声が辺りに響き渡る。メアリのあまりにも理不尽な待遇に、遠くで様子を見守っていた侍女たちがそっと涙を拭いた。
――こうして、メアリ主催のお茶会は、わずか数分で幕を閉じることとなった。
*****
しかしいつまでも一人寂しくテーブルを囲むわけにもいかない。メアリにも一応羞恥心という物がある。まずはそこから離れることにした。とはいっても、後片づけはまだしない。話が終わったら、きっと彼らだって戻って来てくれる。そうして本来メアリが描いていたお茶会が始まってくれるのだ。そう期待して。
どこへ行くともなしに、メアリは庭園をぶらついた。本来のお茶会が始まるまで一人で時間を潰さなくてはいけないのだ。本当は侍女たちのたまり場へ行って噂話に混ぜてもらうことも考えたが、彼女たちは、今の時間メアリ達がお茶会を開いていることを知っている。にもかかわらず一人でのこのこと出向いたら、自分が寂しい余り者だということを暴露するようなものではないか。
やはりここは一人で時間を潰すか……と落ち込みながら広い庭園の中を歩き回っていたら、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。
一つはアベルで、もう一つはおそらくジェイルだ。彼らはベンチに腰を下ろしていた。いつぞやのベンチである。彼らの仲睦まじげな後ろ姿を見、メアリは丁度良い暇つぶしを思いつく。
「そうだ、わたしにはお茶会の主催者として、彼らの行く先を見守る権利がある」
言葉だけだと立派だが、要するに覗きだ。ニヤニヤと変態臭を匂わせながら、メアリはベンチから少し離れた木の陰に身を隠した。ちょうどそこは居心地も悪くないが、しかし会話内容はほとんど聞き取れない。
「こうなったら……」
メアリお得意、風の魔術の出番だった。風の流れをわずかに変え、メアリのいる方向に吹くようにする。するとあら不思議、微量だがわずかに二人の声がこちらまで届くようになるのである。
以前はよっぽどのことがない限り使わなかった魔術だが、アベルと出会ってからずいぶんと仕様もないことにも使う様になってきた。師匠にばれたらお仕置きものだ、とメアリは震えながらも嬉々として彼らの会話に耳を澄ませる。
「近ごろのアベル殿下の振る舞いは目に余るものがあります」
いきなりジェイルの説教が始まった。
「誕生祭を抜け出し、招待客に待ちぼうけを食らわせるどころか、自分はその間私室に女性を連れ込む。隣国から婚約者候補の王女がやって来るにもかかわらず、その直前で城を抜け出し泥まみれになって帰ってくる。加えてメアリ殿を池に突き落とし、挙句に王女を放って二人で口喧嘩。――将来国を担うはずの者がすることとは思えないほど考えなしで幼稚で乱暴です」
……み、耳が痛い……。
なぜかジェイルが怒っているのは、メアリがアベルと共にいた時起こった出来事ばかりだ。これでは暗に、メアリのせいでアベルが間抜けな行動をしていると言われているようで――。いや、実際そう言いたいのかもしれない。
「確かに……そうだな」
アベルが頷いた。
いや、止めてください! いつもわたしにするみたいに真っ向から噛みついてくださいよ!
メアリは心中で叫んだ。
だってそうだ。当事者にまで肯定されてしまったら、それこそ一緒にいるメアリのせいで彼の所業がおかしくなっているということが大々的に証明されてしまう。
否定するんです! あの時はただ少し調子が悪かっただけだと! 決してメアリのせいではないのだと!
幸か不幸か、アベルの所業がおかしくなった原因までジェイルは追及しなかった。アベルがきちんと反省しているのを見届けると、彼はふっと笑った。
「どうですか、ひとっ走り」
「ひとっ走り?」
ランニングでもするのか、とメアリは疑問符を浮かべたが、同じく不思議そうな顔をしていたアベルは、すぐに合点がいったのか、すぐににやりと笑った。
「たまにはいいかもな」
二人は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく立ち上がった。そして二人一緒に歩き出した。あの方向は、確か厩舎だ。
そうか、乗馬に行くのか……。
やってメアリも納得がいき、すっきりした面持ちだったが、すぐにそれも豹変する。
「お……おーい! 酷いよ、ってかそのまま乗馬!? 絶対忘れてる、絶対この人達お茶会の存在忘れてる!!」
百歩譲って二人だけの存在になるのは良い、しかし二人の仲を取り持ったお茶会の存在まで忘れるのは頂けない! いわば救世主じゃないか! にもかかわらず……乗馬とか……。
「もういいです。今度はエリス様の方の様子を見ます」
メアリはぶつぶつと独り言を吐いた。もう完全にただの覗きになっている。それもお茶会主催者としてではなく、単なる野次馬根性丸出しの。
彼らは確か、東屋の方へ行ったはず――と、そちらへ行くと、確かに二人の姿が確認できた。アベルたち同様、仲良くベンチに腰かけていた。こちらからは表情は分からないが、時折見つめ合い、微笑む様子から、それなりに上手くいっているように見える。
メアリはまたもやニヤニヤと笑いながら近くの茂みに身を寄せた。
そして風の魔術で風の流れを変えようとした瞬間――。
「何してんだ、メアリ。そんなところで」
「へっ!?」
突然後ろから声をかけられた。驚いたまま振り返ると、きょとんとした顔のアベルとジェイルがいた。それぞれ馬を引いている。
「え……ちょ、殿下、どうしてここに? 乗馬に行ったんじゃなかったんですか?」
「いや、引き返して裏口から行くことになった。表から堂々と出ていくといろいろとうるさいからな」
「なるほど、そうやっていつもアベル様は私達の目をかいくぐっていたのですね」
アベルの隣でジェイルがすました顔で言った。途端にアベルは苦い顔になる。
「では、これからは裏門も見張ることにしましょうかね」
「――たまの息抜きじゃないか」
「しかしそれにしても一声かけてもよろしいのでは?」
「……そうしたらついてくるくせに」
「それはもちろん殿下の安全のためですから」
何だか存在を忘れ去られているようなので、これ幸いと、メアリはここから抜け出そうとした。しかしすぐにその肩に手が置かれる。
「おいメアリ、どこに行くんだ?」
「あー、ちょっと用事を思い出しまして……」
「ここで何をしていたんだ?」
「あっ……いえ、ちょっと」
あははーとメアリは愛想笑いを浮かべた。相変わらず歯切れの悪いその様子に疑問を持ち、アベルは茂み越しにメアリが見ていた方向を覗き見る。そして一気に幻滅したような表情になった。
「覗き見……」
「違いますって! そんなんじゃないです!」
メアリが慌てて両手を左右に振る。しかしアベルの瞳には相変わらず失望の色が見えていた。
「そういえば……何で俺たちが乗馬しに行くっていうことを知ってたんだ……?」
「へ……!? い、いや、それは……!」
「まさか……俺たちの話も聞いていたのか?」
「い、いや……あの、その」
「この覗き魔が」
もはやアベルの視線は絶対零度のそれだった。それと共に吐き捨てる様にして言われた台詞に、メアリの心も折れそうだった。
「だから……そんなんじゃなくてですね? 歩いていたらちょうど目の前に殿下たちの姿があってですね――」
「だから覗いたのか」
「違いますって!!」
アベルはメアリの言い分を全く聞いてくれない。そのことに腹が立ち、次第に声も大きくなった。すると当然、二人の近くにいるエリスとウィリスがそれに気づく。
何事か、と振り返った二人の目に、メアリとアベル、傍らに申し訳なさそうに佇むジェイルの姿が映った。彼らははじめは驚いたような表情だったが、次第に幻滅の表情へと変わっていった。慌ててメアリが否定の声を上げる。
「い……いや、違いますって! 覗き見とかしてない……いや、止めてくださいその目! 本当に違いますから! ちょ、わたしから距離を取らないでください! ほんとっ、違っ――」
メアリの物悲しい言い訳だけが、静かにその場に木霊した。




